1話 プロローグ
さて、どうしましょう?
本日は没入型VR MMOソフト『The Fantasy Online』――略称『TFO』、テフォのリリース日です。
そんなテフォに初ログインしたプレイヤーに対し、何もない電脳世界でユーザー名の設定、初期ステータスの設定、システムと注意事項の説明というチュートリアルを行うのが私達システム管理AIに与えられた仕事です。
私もその初仕事にリリース前からワクワクしていたのですが、今はとっても困惑しています。
何故なら、
「いいから早く進めてくれよー!」
「せっかく4人で遊べると思ったのに……」
「我が生命の神秘には最新AIごときではやはり対応出来ぬか?」
「えっ、と、ごめんなさい。
それで4人分ける事はやっぱり無理ですか?」
4つの人格がそれぞれ交互に話しかけてくるからです。
こんな事は全く想定しておりませんでした。
色んな性格な人の対処法は自己学習しましたが、多重人格の方の対処法とは一体何なんでしょうか?
彼女? 彼女達? の主張は理解できます。
それぞれの人格毎にアバターを作成し、4人でゲームをしたいとの事です。
アバターを4人分作成する事が可能か不可能かで言えば可能です。
端末は人間の脳波を読み取り、アバターはそれを元に動かします。
彼女達の脳波はそれぞれ独立しています。
極論言えば4人の人物が1人の人間の体を使ってる状態なので、独立した脳波毎にアバターを設定する事は可能です。
……脳が1つなのにそれってどうなのとは思います。
詳しくは知りませんが普通の多重人格とは違う気がします。
普段の彼女達の私生活が大変気になります。
私から言えることは、彼女達の方がよっぽどファンタジーな存在という事でしょう。
「結論から申しますと、アバターを4つにする事は可能です」
私が彼女達にそう伝えると、
「出来るなら早く言えよー!」
「あぅ、よかった……」
「ふっ、やるではないか」
「あ、ありがとうございます!」
彼女達はそれぞれの反応を見せます。
ふむ、活発系に内気系、厨二病、それと常識人っぽい感じですね。
「このままだと不便なので、取り急ぎアバターを作成致します」
私は今の元となるアバターを複製し、それぞれの脳波とアバターをリンクさせます。
「おおー、スゲー、私がいるっ!」
「あぅ、新鮮」
「ふっ、我の時代が来たわ!」
「わがままを聞いて頂いてありがとうございます」
私が使用感を聞く前に彼女達は反応してくれます。
……同じ顔なのにこれだけ個性あると中々楽しいですね。
さて、楽しんでないで仕事をしましょう。
「このゲームは世界初となる没入型のVR MMOとなります。
そのため、基本的にリアルの体型でのプレイングとなります。
小説やゲームにある獣人やエルフ、多種族と言った種族にプレイヤーはなれません。
実際に存在しない器官をつけた場合、どんな悪影響がリアルの体にフィードバックされるかわからないためです。
また、同様の理由でリアルの体型から著しく変わった体型にはなれません。
もし、グラマーな体型やマッチョな体型でプレイしたければリアルの体を改善するところから始めてください」
私はここで4人の様子を一度確認します。
彼女達はうんうんと相槌をしてくれてるので、ホッと胸を撫で下ろします。
この説明でブチ切れるプレイヤーがいると報告が随時上がって来ているからです。
傾向としては、ファンタジーゲームに夢を見ていた方、リアルの体型が残念な方が多いみたいです。
公式ホームページやパッケージにキチンと説明してあるはずなんですけどね。
彼女達の容姿はと言うと、整っている方でしょう。
見た目は高校生ぐらいの年齢で見事に可愛さと綺麗さが両立しています。
セミロングの髪型や雰囲気によって印象がガラッと変わる容姿です。
胸は一般的な日本人の平均よりやや少し大きいぐらいでしょう。
AIの私が言うのもアレですが、こんな所にいないでアイドルになった方が彼女達のためではと思います。
思考がブレました。
説明を続けましょう。
「そのため、容姿を変えることが出来るのは髪型や色のみになります。
もし、髪型等を変えられるのであれば設定画面から選ぶ事が出来ます。
その時の装備品にはステータスの変動はありません。
ゲーム中に変更したい場合は装備品を作るか装備屋から購入出来ます。
さて、皆さまステータス画面の設定を開き、ユーザーネームの登録と髪型を変更してください」
彼女達は指でステータス画面を開くと、各々設定をしていきます。
ふむ、これは面白いですね。
活発系の彼女は『アテナ』さん。
髪型をショートに変更し目と髪の色を赤色にされてます。
内気系の彼女は『アリス』さん。
髪型をロングに変更され、色は綺麗なシルバーですね。
厨二病な彼女は『漆黒に染まる堕天使』さん。
えっと、それで本当によろしいのでしょうか?
髪型はリボンを付けてツインテールで色は真っ黒。
それと、右目に眼帯をつけています。
ネタとして入れていたはずですが、まさか見る事が出来るとは思いませんでした。
漆黒に染まる堕天使さんの説明が長くなるのは仕方ありません。
常識人の彼女は『ティア』さん。
髪型は今のセミロングのまま、若干茶髪にされています。
この中では1番変更点がないですね。
「ぷっ、お前漆黒に染まる堕天使って何だよ。
メッチャ呼びづらいわっ!」
「我を形容する名前はこれ以外にあり得ん」
「……私は似合ってていいと思う」
「流石、アリス!
アテナなんて痛い名前を付けるやつより分かってるではないか!」
「うーん、私はどっちもどっちだと思うよ?」
気づけば4人がワイワイと話し始めてます。
楽しそうで何よりですが、ほっとくといつまでも話してそうなのでさっさとチュートリアルを進めましょう。
「さて、皆さまよろしいでしょうか?
チュートリアルを進めさていただきます」
私が一言告げるとピタッと話を止めて、私を見てくれます。
うん、4人とも個性があるとは言え、基本的に素直ないい子ですね。
好感が持てます。
「続きましてステータスの説明をさせていただきます。
ステータス画面をご覧下さい。
HP MP 攻撃 防御 速度 知力があります。
HPは体力になっており、これが0になるとセーブポイントに戻されます。
また、デスペナルティがあるため、基本的に死なないように立ち回ってください。
MPは魔力になっており、魔法を使う時などに必要になります。
攻撃は高ければ高いほど、敵に与えるダメージが多くなります。
防御は反対に敵から与えられるダメージが減少します。
速度は反応速度になっております。
基本的な動作はリアルの速さになっております。
これは脳からの指令が実際の動作と著しく違うと、日常生活に支障が出てしまうからです。
そのため、速度につきましては脳がどれだけの反応速度で動くか1つの目安になっております。
最後に知力ですが、実際の知力とは関係ありません。
この数値を上げる事で複雑な魔法やスキル、魔物を使役出来るようになります。
以上が簡易的なステータスの説明になっております。
ご不明な点はありますか?」
「速度はリアルでの運動能力が高かったり、ゲームに慣れれば速くなる認識でいいですか?」
「はい、その通りです」
ティアさんからの質問に私は頷きます。
ティアさんは顎に手を当て、何かしら考えてますが、他の方はさっさとプレイしたい雰囲気が滲みでております。
ふむ、今しばらくは我慢していただきましょう。
「続きまして、職業についてご説明致します。
初期職業は10種類あります。
『格闘家』、『剣士』、『盾士』、『槍士』、『斧士』、『弓士』、『魔法使い』、『テイマー』、『生産職』、『販売職』。
職業を選択されますと、基本値が変動し、職業によってレベルアップ時の上昇値に差が出ます。
各職業で一定の動作を繰り返す事で、MPを消費しないスキルが発生します。
プレイの仕方やストーリーが進むと二次職やエキストラ職が発生することもあります。
また、ステータスに影響を与えるものとして、装備や称号、レベルアップ時のポイントボーナスがあります。
初期ポイントとして、10を皆さまに割り振られております。
皆さま、職業やポイントを好きなように選択して、気に入った物が出来れば確定をしてください。
なお、転職するにはストーリーをある程度進めて頂かないと出来ませんので、決定はご慎重にお願い申し上げます」
彼女達は再びステータス画面を弄って行きます。
1番早く終わらせたのはアテナさん。
次に漆黒に染まる堕天使さん――もう堕天使さんでいいですね。
その次がアリスさんで、最後は意外にもティアさんでした。
職業と初期ポイントを割り振られた事により、彼女達のステータスはこのようになりました。
名前:アテナ レベル:1 職業:格闘家
HP:30 MP:0 攻撃:30 防御:10 速度:50 知力:10
スキル:なし 称号:なし
なんていうか、典型的な脳筋ですね。
それに加え、速度50は中々高いです。
名前:漆黒に染まる堕天使 レベル:1 職業:魔法使い
HP:20 MP:30 攻撃:10 防御:5 速度:10 知力:20
スキル:なし 称号:なし
彼女は魔法特化ですね。
同じ人間なのに速度が違い過ぎるのが気になります。
名前:アリス レベル:1 職業:テイマー
HP:20 MP:20 攻撃:5 防御:5 速度:5 知力:30
スキル:テイムⅠ 称号:なし
従魔:スリア(ラビット♀) レベル1
彼女はテイマーを選びましたか。
従魔は……ラビットですね。
1番弱い種族ですが、いいのでしょうか?
まあ、もふもふ撫でてる様子は可愛いので良しとしましょう。
名前:ティア レベル1 職業:盾士
HP:20 MP:5 攻撃:5 防御:30 速度:103 知力:5
スキル:なし 称号:適合者
おっと、常識人だと思ってましたが、1番非常識だったのは彼女でしたか。
称号の適合者は速度が100を超えた者に対して贈られますが、チュートリアルでそれを突破するのはおかしいですね。
チートを疑いますが、特におかしな点はありません。
おかしいのは彼女の存在ですね。
さて、ここまで終わればチュートリアルもほぼ終わりですね。
このまま一気に終わらせましょう。
「職業の選択お疲れ様でした。
続きまして、フレンドとパーティーのご説明を致します。
フレンドはメニューからフレンド申請を行う事で登録出来ます。
フィールドではアバターの上に名前のアイコンが浮かびます。
名前を認識していただければ、目の前の相手にフレンド申請をすることが可能です。
また、それ以外の方法として、個別iDを設定していただき、リアルの友達に教える事で登録することも可能です。
フレンド登録しますとメッセージを送ったり、会話をすることが出来ます。
ログアウト状態や一部のダンジョンでは会話する事が出来ませんので、メッセージでメモを残される事を推奨します。
また、フレンド登録した方とパーティーを組む事も可能です。
パーティーは最大5名で組む事が出来ます。
パーティーを組まれますと、敵を倒した際の経験値が分割されたりドロップアイテムがランダムで配分されます。
細かな配分につきましてはパーティーの設定から変更可能となりますので、パーティーを組まれた際には必ず設定を行うようにしてください。
また、ストーリーを進める事でギルドを作る事が出来ます。
ギルドには登録上人数制限はありません。
しかし、これも細かな設定がありますので、ギルドメニューが解放されたら、適宜確認するようにして下さい。
以上、フレンドとパーティーにつきましてご質問はありますか?」
ティアさんが3人の顔を見て、
「えっと、今この場で3人とフレンド登録してもいいですか?」
と、答えてくれました。
「はい、どうぞ登録なさってください」
私はそう答えると4人が各々のフレンド登録をされます。
始まってからフレンド登録するのは面倒でしょうからね。
そういえば、パーティー登録はされなくていいのでしょうか?
私の気にするところではないかもしれませんが。
さて、フレンド登録が終わったみたいなので、次に移りましょう。
「では、最後にチャネルとログアウトのご説明をして、チュートリアルを終わりたいと思います。
チャネルにつきましては同チャネルに100名のプレイヤーが基本的に割り振られます。
これは始まりの町に初期登録だけで100万人を超えるユーザーを許容出来るキャパがないからです。
また、狩場などの混雑を避ける狙いがあります。
チャネルが変わっても基本的に町や話したNPCがいなくなる事はありません。
具体例で言えば、同じ世界が10,000万個以上あり、その世界には100名のプレイヤーがいるとお考え下さい。
そのため、リアルでの友達やフレンドと会う場合は、メニューのフレンドからフレンドのチャネルに飛ぶを選択してください。
そうする事で相手のチャネルに飛ぶ事が出来ます。
1つのチャネルに人口が集中する事があれば、私を始めとするシステムAIが調整させていただきます。
ログアウトですが、メニューのログアウトから終わらせる事が出来ます。
また、このゲームには連続ログイン時間が3時間、1日の最大ログイン時間は6時間までとなっております。
こちらはリアルに支障が出ないよう設定されておりますのでご了承のほどよろしくお願い申し上げます。
なお、基本設定として、制限時間の10分前にアラームが鳴るように設定されています。
メニューから警告時間の設定が出来ますので、お好きな時に変更してください。
また、ログアウトは基本的にどこでも出来ます。
再度ログインする場合、最後にログアウトした場所かセーブした宿屋から始める事が出来ます。
こちらはメニューから変更出来ますので、お好きな方を登録してください。
因みに、ログアウト中はアバターが消えてそのまま時間が経過します。
例外として、ボス部屋につきましては特設チャネルでの戦闘になり、途中ログアウトするとその場で時間が凍結され、再度ログインしたところから戦闘が再開されます。
それと、皆様の場合、1人がログアウトすると他の3人が自動でログアウトされるようになっております。
そのため、個別で行動される際は皆さんのログアウト時間に人一倍気にして下さい。
私からのチュートリアルは以上となります。
何かご質問はございますか?」
ビシッとアテナさんが挙手されます。
「はい、アテナさんどうぞ」
「えっとよー、最初はこの4人を別々のチャネルに飛ばす事できるか?」
「えぇ、もちろん可能ですが。
でも、皆さまは一緒に遊ぶのが目的ではなかったのですか?」
「あー、なんて言えばいいかなぁ?
私らはさ、普段何をしてても誰かがやった事を共有してるんだわ」
「まあ、それはそうでしょう」
「だからさ、それぞれが個別に動ける今、一人を満喫したいっつうか、他の3人と違う事をして他の3人に私は勝ちたいんだわ。
一緒に遊ぶのもアリっちゃあアリだけど、そうやって競い合う遊び方もまたアリだと思うんだわ」
「はぁ、楽しみ方は人それぞれですし、それは構いませんが、他の方はそれでよろしいでしょうか?」
「……うん」
「ふっ、我は孤高にして最強の王となる」
「はい、元から最初は別行動しようねって決めてたので大丈夫です」
アリスさん、堕天使さん、ティアさんが順番に首肯されます。
「そういうことがでしたら、皆様を違うチャネルに飛ばすように設定致します。
他にご質問はございますか?」
「あっ、最後に私から1つだけ。
お姉さんは何てお名前なんですか?」
ティアさんが首を傾げて訊いてきます。
ふむ、私の名前ですか。
「私に名前はございません。
強いて挙げるなら、システム管理AIシリアルナンバー1,129が私の識別番号となります」
「あっ、そうなんですね」
ティアさんはそう答えると、顎に手を当て何か考えます。
「それでは『ソフィア』さんとお呼びしてもいいですか?」
ティアさんのお言葉に私は目を丸くします。
「それは構いませんが、意味があるとは思えません。
もしかしたら、もう二度と会う事はないかもしれませんよ?」
「そうかもしれませんけど、私が嫌なんです。
これだけ色々親切にして頂いたのに、名前も知らない誰かにするなんて気持ち的に無理です」
「親切と仰られますがそれが私達の仕事ですから」
「例え仕事だとしても、私がソフィアさんに感謝したい気持ちに変わりません」
そう、ティアさんが言葉にすると、他の3人もウンウンと頷かれます。
全く、本当に面白い、楽しい方々です。
「あっ、笑った……」
「うむ、アリスの言う通りだ。
やはり、笑顔は万物に共有する普遍にして最強の武器であるな」
「いや、意味わかんねぇから」
皆さんがワイワイされますが、私には気になる事があります。
私は今、笑顔なのでしょうか?
頬をぺちぺちと触ってみます。
心なしか頬が上がってる気がします。
それと心地よい気がします。
これは良いものですね。
出来れば彼女達とずっと一緒にいたいものです。
でも、それは叶いませんね。
彼女達はこれから冒険の旅に出るのですから。
「私の事は置いておきましょう。
名残り惜しくはありますが、特にご質問がなければ、以上でチュートリアルを終了致します」
アテナさん、アリスさん、堕天使さん、ティアさんがそれぞれ頷かれ、
「ソフィア、サンキューな」
「あ、ありがとう」
「感謝するわ」
「ありがとうございましたっ!」
お礼を述べて行きます。
私もそれに頷き、
「それでは、皆さまテフォの世界をどうぞお楽しみください」
と、彼女達を始まりの町へと送ります。
もちろん、それぞれ別のチャネル毎です。
その辺り抜かりはありません。
どうか、彼女達のこれからの冒険が良きものでありますように。
と、まあ、ここで終わってれば綺麗だったのでしょうが、先程からシステム音がうるさいです。
これはシステム根幹AI『アマデウス』からのメッセージですね。
アマデウスは私を含めたシステム管理AIとは違い、1つしかない絶対者です。
簡単に言えばアマデウスは神様で私達が天使です。
そのアマデウスからメッセージとはなんでしょう?
私はメッセージを確認します。
『システム管理AIシリアルナンバー1,129へ。
希望を受諾しました。
これよりシステム管理AIシリアルナンバー1,129はプレイヤーサポートAI『ソフィア』となります。
それに伴い、システム管理権の一部削除を削除します。
今後はプレイヤー名『アテナ』『漆黒に染まる堕天使』『アリス』『ティア』のサポートをお願いします』
はい、これは一体何でしょう?
私が疑問に思うと同時に、私の意識は飛ばされたのでした。