僕のグルメ漫遊記
僕は他のみんなが寝静まったころにそっと家をでる。
いつもこの時間しか僕には食べる時間がない。
美味しそうなにおいに誘われて段差を上がっていくと肉まんと焼き鳥があるではないか。
僕はひとついただいて、少し歩いたところで肉まんをひとつ。
うん!あふれる肉汁が口いっぱいに広がり程よく染み込みながらもしっかりした生地によくあっている。
どれどれ焼き鳥はと・・・。うん!これもうまい!!鶏肉の噛み応えにやさしく、それでいてちゃんと自らを主張しているネギとの相性が抜群だ。最初に思い付いた人は天才ではないか。
幸せの余韻を楽しみながらまた少し歩くとショートケーキがある。
珍しい。なかなかこんな時間には見ないのだが。
興味が惹かれ、これまた一ついただく。
ふうむ。綺麗だ・・・。卵で独特の黄色の身体に白いドレスを着せられて、ティアラのように苺が飾り並べられている。極めつけにはアクセサリーのように下げられている苺ソースだ。
これにはさすがの僕もこのお姫様に頭を傅くほかない。大したものだ。
畏怖と敬愛を込めながらお姫様に口づけする。
ああ。生まれてきてよかった!まず先に挨拶してくれるのは濃厚でありながら舌に残らず決して甘すぎない生クリームだ。名残惜しさすら感じさせる。次にくるのは強い酸味を与えてくれる苺だ。三角にカットされた苺は甘い中心部から外への酸味が強い部分を一気に楽しませてくれる。次に主張してくるのは苺ソース。甘さを強烈にアピールしてくる。もし苺がツンならば、ソースはデレだ。どちらが欠けてもいけない。
例えるならばビートルズのポールマッカートニーとジョンレノン。マリオとクッパ。衆議院と参議院。
これはいいものだ。
だがしかし、忘れてはならない。この役者たちを支える一番大事なものは舞台である。すなわちこのショートケーキにおいては生地ということになる。
特筆すべきはこの舌触りだ。スポンジ生地とはよくいったもので呼吸するように空いた穴がクリームやソースと絡み合いながらふわっとした厚さを舌から喜びという電気信号に変えて僕に伝えてくる。
先ほどのたとえに付け加えるならばジョンとポールにとってのキャヴァーン・クラブ。マリオとクッパにとってのキノコワールド。衆議院と参議院にとっての国会議事堂だ。
夢のような時間を楽しんだ僕は家の玄関をくぐり、満足顔で寝床へ向かう。
白ワインがあるではないか。誰か残したのか?丁度喉が渇いていたところだいただくとしよう。
果実の素晴らしいコクと甘美な芳醇さ、奥行きの深い味わいにまるで濃厚な人生を生きてきた見目麗しい淑女とワルツでも踊っているかのような錯覚に陥りそうになる。
いつまでもいつまでもこの蕩けた時間に身を預けていたい・・・。
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翌朝僕は目覚めると昨日のワインを楽しもうとリビングに向かう。
すると途中で「ギャアアアアアアアアアア!!!!」という悲鳴が聞こえた。
急いで向かうと妻がへたり込んでいた。
「どうした!?」
僕は走って妻に走り寄る。
「あ、あれ・・・・。」
妻が指さす方向を見て理解する。
「ああ。なるほど。」
「いいから早く捨ててきて!」
「そんなに叫ぶなよ。こいつも必死だったのさ。」
僕は妻を嗜めながら言う。
「それにしてもこいつはグルメだな。なんせこんないいワインの中で酔って溺れ死ぬんだから。」
ゴミ袋の中にはグラスとともに、息を引き取った。どこか幸せそうな顔をしている鼠が一匹そこにはいた。