裏2話 高波 三五=エロいという風説② 高一 二学期
9月の半ば頃。
その折は残暑がとても厳しかった。
教室の窓際で、オレは制服のボタンを二つ外してバタバタと扇ぎ、風を送っていた。
今日も暑いなぁ~。
「あ、あのぉっ!」
クラス委員長 (女子) がオレに声をかけてきた。
「何? 委員長」
委員長は勝ち気で風紀の乱れにとても厳しい。
おまけにツリ目。
アニメの登場人物かよとツッコミを入れたくなるようなキャラクターだ。
ツンデレかどうかは知らない。
多分オレがだらしない格好をしているから注意しに来たんだろうなあ。
嫌だなあ。オレ、この人苦手なんだよな。
「お願いします! ボタンを留めて下さい!」
意外にも綺麗な姿勢で頭を下げられた。
「ただでさえ扇情的な高波さんが、そんな風に無防備に肌を見せたりしたら……! わ、わ、私気になってしまって……! え、エッチなこと考えちゃってお勉強が手に付かなくて、それで……!」
悲壮な顔でガチ懇願されてしまった……。
オレは直ちにボタンを留め直して、委員長に謝罪する。
「オ、オレが全面的に悪いから頭を上げて! ごめんなさい! 二度とだらしない格好しないから、許して下さい!」
「ああぁっ……! 良かったぁ……! ありがとうございます……っ」
あのツンツン委員長がお母さんを見つけた迷子みたいに安心した表情をしているよ。
いつの間にか委員長の周りで固唾を飲んでいた文学少女達もホッと胸を撫で下ろしている。
どうやら知らぬ間に委員長や彼女達の心を乱し、平穏を脅かしていた様だ。
湖宵の言葉を疑っていた訳ではないが、オレに男の色気が身に付いたと言うのは本当らしい。今回の件で身に染みた。
何せさして交遊関係の無い委員長から、沈痛な面持ちであなたは扇情的だと言われたのだから。
そっかぁ~、オレってエロいんだぁ~。
ヤダ……何この気持ち……。超やるせない……。
それからのオレは極力女子に関わらない様に気を付けて生活した。
ただただ無心で学業に励み、一ヶ月が過ぎた。
10月に入り、中間テストが終わった頃。
テストに充分な手応えを感じ、日頃の成果が出たなあと満足していた時。
一人の女生徒に中庭まで呼び出されてしまった。
嫌な予感しかしねぇ~。
「あ、あ、あのぉっ! 高波くんっ!」
小刻みに震えながらオレに何かを訴えかけようとする女生徒は、ウチのクラスの生徒じゃない。もちろん名前も知らない。
しかしこのシチュエーションはまさか……。
「私の知らない世界を教えてくださいぃっ!」
告白。しかもエロ過ぎる男という風評がたっているこのオレに。
間違い無く、オレを慕っての愛の告白では無い。
恐らく、抑えきれない好奇心が彼女を突き動かしたんだろう。もしくは罰ゲームか?
故にオレの対応も投げやりなものとなる。
「あのさぁ~。オレのウワサ知ってんじゃん? 他を当たりなよ」
「ダ、ダメなのっ! だって高波君ってスッゴいんでしょう!? とてつもなくスッゴいんでしょう!? ハァ……! ハァ……!」
何やコイツ。
面倒だから適当にあしらって帰ろう。
湖宵を待たせてるし。
「フツーのコは、フツーのカレシに大事にしてもらいな。じゃ~な」
「まっ、待ってぇ!」
踵を返すオレの制服の袖を、ガシッと掴む女生徒。
この必死さは罰ゲームなどで無理矢理やらされている感じじゃ無さそうだ。
仕方無い。もう少し話を……。
「私も高波君みたいな、超ヤリまくりの超エロエロな存在になりたいんですっ! わ、わ、わ、私のことをムチャクチャにしてくださぁぁ~いぃっ!」
女生徒のそのセリフに、地味にオレの中のナニかがキレた。
オレは女生徒に詰め寄り、女生徒は後じさる。
そのまま追い詰めていくと、女生徒の背中が校舎の壁にぶつかった。
「ひいぃっ!」
オレは乱暴にドンッ! と壁を叩き、覆い被さる様に女生徒の顔に自分の顔を近付けていく。
「メチャクチャにして欲しいだと? それがどういう意味だかわかってんのか?」
決して大きくは無いが、冷えっ冷えの低い声で告げる。
「もう二度とママに会えなくしてやるよ。それでも良いんだな?」
「あ……あ……あ……」
たったの一秒で女生徒の顔が絶望一色に染まる。
後悔しているのが伝わってくる。
「ピイィィィ~~ッッ!」
悲鳴を上げる女生徒。彼女は腕を振り回し、足をもつれさせながら、バタバタと逃げ出していった。
これでもう、おかしな考えは起こすまい。
だけど当然ながら、この一件でオレの風評は更に酷いものになってしまった。
「捕まったらクスリ漬けにされる」
「高波の身体と性技そのものが麻薬」
「バックにはヤクザが居るに違いない」
死んだ魚の様な目になったオレは、更に更に学業にのめり込んでいった。
その甲斐あって、一学期の頃とは比べものにならないくらい成績が上がった。
中間テストに引き続き、期末テストの結果もバッチリだった。
元々の成績がそんなに大したものじゃ無いとはいえ、自分でも驚くくらいにメキメキと伸びている。
だというのに、どう頑張っても周りからはエロいという評価にしか結び付かない!
一体どうなってんだ!
勉強が出来たら「インテリエロス」だの、運動が出来たら「身体付きがA○男優のソレ」だのと、言われたい放題なんだよ! クソッタレ!
イジメかと言いたいところだが、どうやら畏怖されているのはオレの方らしい。
童貞チンパンに至っては嫉妬を通り越して、オレを 「エロ神様」 と呼んで崇め出す始末だ。
別に誰かに誉められたくて頑張ってる訳じゃ無いんだけどさぁ!
何だよこの現状は!
湖宵に釣り合う男になるという目標が無ければ、今頃グレてるぞ! あ゛~! フラストレーションが溜まるうぅ!
こんな日々での唯一の癒しと言ったら、湖宵との触れ合いをおいて他にない。
学校帰りには必ず湖宵の家に寄って、たっぷりとグチを聞いてもらうのだ。
「湖宵~! 皆が酷いんだよ! 陰でオレのこと、ヤリツィン大統領とか呼んでんの!」
「それ言い出したの先生じゃない!? 世代的に! 酷過ぎる!」
「ブッハァァァァww さ、三五ちゃん可哀想ww で、でもお姉ちゃん、ツボに入っちゃったww ご、ゴメンねww アッハハハハハハwww」
湖宵に抱っこしてもらったり膝枕してもらうと、浮き世の全てがどうでも良くなるなあ。
あ~落ち着く。
湖宵は何だかドギマギしているみたいだけど。
「湖宵、そろそろいつものヤツをして欲しいな」
「うっ!? う、うん……」
オレがおねだりしたのは、一日の最後のお楽しみ。お休みのキスだ。
湖宵はプルプル震えながらオレの頬に顔を寄せ、優しく口づけをしてくれる。
オレもお返しに右手で湖宵の顔を優しく抱いて、スベスベのほっぺにキスをする。
「ううぅ~っ! あ゛~っ! 男の子同士でちゅ~するの、スッゴい背徳感~っ! こ、このドキドキはヤバい! 癖になっちゃダメだぁ、ボク~っ!」
湖宵は頭を振り乱しながら見悶えているが、オレとしては物足りないくらいだ。
一言で言えば刺激が足りない。
夏休みには超絶美少女こよい姫様とイチャイチャしまくってたんだから当然か。
ここいらで一発、思い出に残るデートがしたい。
狙うのは当然クリスマス!
今年最後の思い出を湖宵と作るのだ!




