第79話 高波 三五 8月31日 星空
「ん~……さんごぉ……むにゃ……」
お姫様が眠りについたので掛け布団をポンポン叩いていた手を下ろす。
こよいの安らかな寝顔を見ているとこっちまで癒される。
それに信じられない程に整った美貌だと、改めて思う。
あどけなく無垢な表情とのギャップに魅せられて止まない。
ああ、オレのお嫁さんはとっても可愛い女の子だ。
たっぷりと目に焼き付けておこう。
何せしばらくの間、こよいは男の子の姿なんだから。
これで見納めだ。
サラサラ流れる美しい髪を心行くまで撫でたら、名残惜しいけどそろそろお暇しよう。
最後にもう一度だけこよいの寝顔を見つめたら、音を立てないようにそっとドアを開けて部屋を出る。
さて、メイお姉さんに挨拶してから帰ろうか。
今の時間だったら多分リビングに居るかな?
「「あっ……三五ちゃん」」
思った通りにメイお姉さんはリビングに居た。
こよいのお母さんも帰宅していて二人でお茶をしていたみたいだ。
でも何だろう? 二人がオレをみる目の、この何とも言えない生暖かさは?
「あの可愛かった三五ちゃんが、遂に大人の階段を昇っちゃったのね……」
「あんなに無邪気だった私の娘も、乙女じゃなくなってしまったのねぇ……」
しみじみ呟く二人。あ~、そっか。
しばらくの間、恋人同士のコミュニケーションが取れないオレとこよい。
そんな二人が朝っぱらから日が沈むまでず~っと部屋にこもっていたというこの状況。
ハッキリ言ってあからさまに “事後” 。
まあ今日は出来なかったんですけどね……。
二人から顔を背けて、ちょっとだけ残念そうに俯いちゃうオレ。
「えっ? 何その顔? もしかして失敗しちゃったのぉ? う、うわ~、気になるぅ~。私、そ~ゆ~失敗談大好き♪ でも不謹慎かしら。でもやっぱ気になる♪ お姉ちゃんに教えて♪」
「あらあら♪ 初めてだものね♪ あるある♪ どんな失敗したのかしら? 将来のママに教えてごらんなさい♪」
ウッキウキでオレに詰め寄る二人!
デリカシーが無さすぎる!
「別に何も失敗なんてしてないから!」
「えぇ~? ウッソだあ~」
「あらら? それじゃあどうしたの?」
「ええっと……」
二人に誘導され、こよいの部屋であった一部始終の話をさせられた。
保護者にベラベラと話すような内容じゃないとはオレも思うんだが、こよいの悩みが判明したことを報告したかったのでペロッと喋ってしまった。
初体験しようとして泣かせてしまったこともまるっと全部ね……。
「「三五ちゃん、可哀想……」」
「別に可哀想とかじゃないから!」
憐れみの目で見られた! 心外だ!
そんな目で見ないでくれる!?
「オレは今、幸せで一杯だから! 全然負け惜しみとかでなく!」
「無理しなくて良いのよ? 男の子なんだもの」
「ウチの娘がごめんなさいね。我慢させちゃって」
マジでリアルに100%本心だからぁぁ!
「我慢なんてしてない! オレ、こよいと結婚出来て大満足だし! 心と心で繋がって、最早オレは非童貞だと言えるし!」 (強弁)
「そうは言ってもお預けされちゃったのは本当なんでしょ? 今日はお姉ちゃんと一緒に寝よっか? 小さい頃みたいに。いっぱい慰めたげる♪」
「それとも将来のママと寝る? 大丈夫♪ こよいには内緒ですから♪」
「寝ない! 帰る! お邪魔しました!」
ペコリと一礼して、速やかにこの場から退散。
こよい邸の敷地から出たオレは、プンプンと肩を怒らせながら帰路に着くのだった。
全くもう! メイお姉さんもお義母さんも!
確かにこよいとそういうことが出来なかったのは残念さ!
オレだって健康な男なんだし!
だからと言ってオレは肩を落としてションボリトボトボしながら帰り道を歩いたりはしないぞ!
何故ならこよいと心と心、本音と本音で語り合えたことでもっともっと仲良くなれたんだから。
結婚しようと言ったらうんと言ってもらえた。
オレのお嫁さんになりたいと言ってもらえた。
あの時、恋のドキドキと同じくらい大きくて暖かい安心感に包まれた。
一人と一人としてこの世に生を受けたオレ達が、本当の意味で二人になった。
そしてこれからもう二度と別たれることはないと確信出来た。
それはこの世全てを手に入れたに等しいくらいの価値の有る宝物だ。
何よりも。
こよいにも同じ宝物をあげられたという事実がオレに大きな自信と達成感を与えてくれた。
頬が火照り、飛び跳ねたいくらいに全身に元気が満ち満ちている。
「よ~し! 明日からもオレはやるぞ! カッコ良い大人の男になってこよいを世界一幸せにする為になっっ!」
びゅう、と夜風がオレを撫でた。
その心地良さに、思わず足を止める。
何気なく上を見上げると、その空に数多の星々が煌めいていた。
綺麗だな、と思うと同時にほんの少し物悲しさも感じてしまう。
そうか。明日はもう夏休みじゃないんだな。
「ああ……この夏休み、本当の本当に、色々な事があったなあ……」
ため息が出てしまう。
一ヶ月という短い間で、今までの人生で経験したよりも遥かに頭を悩ませ、身体を動かし、そして心をときめかせた。
夏休み前とは何もかも変わってしまったと思う。
数えきれないくらいの思い出を残せたと思う。
だけど今は過ぎ去り行く夏休みを短いと感じた。
後ろ髪を引かれる思いで一歩一歩踏みしめるように歩き出す。
夏休みの思い出を一つ一つ思い返しながら。
しかしそれほど長い時間が経たない内にオレは家へと帰り着いたのだった。
オレとこよいの夏休みは、終わった。




