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幼馴染み♂「今からQ極TSカプセルで♀になりマース♪」  作者: 山紫朗
運命の日 こよいの憂い 三五の誓い
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第73話 繊月 こよい 8月31日 落涙

 夜が開けて部屋の窓から朝日が差し込んできた。


 さあ、朝の日課をこなすとしよう。

 継続は力なり。毎日の積み重ねが将来の成長に繋がるんだ。

 夏休みが終わっても毎日続けよう。


 パジャマを脱いで専用のランニングウェアに着替えてから外に出る。


 「ハッハッハッハッ!」


 見慣れたご近所の風景の中を、軽快なテンポで駆けていく。

 ランニングを始めて一ヶ月程だが、オレも結構走れるようになったもんだ。


 ランニングによる体力作りだけではなく、自主勉強したりファッションに気を遣ったりと、この一ヶ月はとにかく思い付く限りの手段を用いて、自分を磨くために一生懸命だった。


 最早夏休み前には一人の時間をどうやって過ごしていたかが思い出せない程に生活習慣が様変わりしてしまっていた。


 一重にこよいに釣り合う男になる為。

 恋が人を変えるとはこのことだ。


 近所をグルッと一回りしてから、帰宅して冷たいシャワーを浴びる。

 冷水を浴びると火照った身体がサッパリして気持ち良い。

 

 気分がリフレッシュしたら身嗜みを整えよう。


 身体を磨き清めた後は、清潔な服に袖を通す。

 爪も綺麗に切ってヤスリをかけ、髪型もキチンと整える。

 良し、バッチリだ。


 時計を見てみるといつもこよいに会いに行く時間よりも少し、いやだいぶ早かった。


 だけど今日は夏休み最終日。


 きっとこよいはオレが会いに行くのを今か今かと待っていることだろう。

 オレもそうだ。早くこよいに会いたい。

 だって今日を最後に女の子のこよいとは高校卒業までお別れしないといけないんだから。


 フライング気味だが我慢出来ないのでもう家を出る。


 

 朝早く、と言っていい時間帯に繊月(せんげつ)邸の立派な門の前まで辿り着くと、そこにはメイお姉さんが立っていた。


 「お、おはよう、メイお姉さん。えっ? もしかしてオレを待っていてくれたの? 一体いつから?」


 お姉さんに待ちぼうけを食らわせてしまったんじゃないかと焦るオレだったが、メイお姉さんはそんなことは気にも留めていない様子だ。


 「おはよう、三五ちゃん。実はね、伝えたいことがあるの。言おうかどうか迷ってたんだけどね……」


 「え? な、何?」


 メイお姉さんにしては珍しく歯切れが悪い。

 それにこの真剣な面持ち……。心して聞かねば。

 自然と背筋が伸びる。


 「ラブパデートの日にね、三五ちゃんがお家に帰った後……あの娘泣いちゃったのよ。ワンワン大泣きワケじゃないんだけど、我慢してたのが堪えきれなくなったって感じで、しばらくずっと泣いてたの」


 「そ、そんなっ!? だ、だってあの日は一日中楽しそうにして、あんなに幸せそうだったのに……!」


 メイお姉さんの言葉じゃなければ間違いなく嘘だ! と叫んでいた。

 それ程オレにとっては意外で考えられないことだった。


 「そうよね。幸せそうにニコニコしてたと思ったら突然泣き出したんだもの。私もビックリよ。抱っこして何で泣いてるの? って聞いても 「夕陽が綺麗だったから」 とか 「夏休みが終わっちゃう」 とか言うだけでそれ以上は何も言ってくれなかったのよね」


 夕陽。観覧車で一緒に見た夕陽のことか?

 確かにあの時こよいは沈みゆく夕陽を何とも言えない表情でジッと眺めていた。

 それに夏休みが終わっちゃうって……もしかしてこよいは夏休みに何かやり残したことがあるのか?


 オレとこよいが夏休みにやり残したこと……それってもしかして。


 「ねえ、三五ちゃん。私、お昼ごはんをお部屋に持っていった後はもうお部屋に近付かないし、誰にも近付かせないから。だからお嬢ちゃまと夜までずっと……ね?」


 「ちょ、メイお姉さん!?」


 「ホラこれ。もしもの時の為の準備。持って行って」


 そう言われて秘密のアイテムを色々渡される。


 邪魔の入らない密室で恋人同士がすること……それは。

 ゴクリ、と喉が鳴る。

 オレだってこよいとそういう関係になりたいし、こよいだってそう思ってくれているだろう。

 でも大事なことだから慎重になって先送りにしてきた。

 オレのその態度が逆に不安にさせてしまったのかもしれない。


 既成事実を作ると言ったら人聞きが悪いけれども、それは確かな絆を結ぶという風に言い換えることも出来る。

 その絆こそをこよいは求めていた……?


 「もちろん強制じゃないからね。でも三五ちゃんにはお嬢ちゃまとトコトン向き合って欲しいの。悔いななく明日を迎えられるように、ね」


 「……うん。ありがとうメイお姉さん」



 メイお姉さんの言葉を頭の中でグルグル反芻しているウチに、気が付けばいつの間にかオレはこよいの部屋に通されていた。


 「おはよう、三五。今日はいつもより早く私に会いに来てくれたんだね。ありがとう」


 こよいがニコッと笑いかけてくれる。

 本当に嬉しそうに。

 不安に悩まされているとは思えないくらいに。


 「おはよう、こよい。今日は夜までずっと一緒にいるからね」


 「うん♡ とっても嬉しいよ]


 今日のこよいの衣装は簡素な白いワンピース。飾りといえばお気に入りの三日月バレッタのみで凝った装飾品などは身に付けていない。


 それが何だかオレには男の子の姿になった時にすぐに脱げるような衣装を選んだんじゃないかと感じて胸に詰まる思いがした。


 そして今日、こよいと大人の階段を昇れるかもしれない。その事実がオレの胸を騒がしくさせていた。


 下心が全く無い……などとは口が裂けても言えないけれど、男としてのケジメをキッチリつけてこよいを安心させたい、その憂いを晴らしたいという想いが何よりも強い。


 深呼吸を一つ。


 だけどまだその時じゃない。

 今は何でもないこの時間を噛みしめるべき時だ。

 お姫様の魔法が解けるまでの大切な時間を。



 こよいと取り留めの無い話を楽しんでいたらメイお姉さんが昼食を運んできてくれた。

 でもせっかく作ってくれたメイお姉さんには申し訳ないがその時のメニューが何だったか、どんな味だったかを全く覚えていない。


 平静を装ってはいたものの、心ここにあらずといった有り様だったようだ。

 こよいに変に思われていなかっただろうか。


 食後に冷たいお茶をグイッと一気に飲み干して、フゥッと一息。



 もうこの部屋にメイお姉さんは入ってこない。


 オレとこよいはどちらからともなく、ソファーに身を寄せあって座っていた。


 最初は戯れの様に手と手を触れ合わせていただけだった。

 だけど一度触れ合ったらお互いを求める気持ちが止まらず腕、肩、背中と撫で合いっこがドンドンエスカレートしていく。


 すぐに胸がきゅっと苦しくなったオレとこよいはたまらない気持ちのまま、思いきりの力と思いを込めて抱き締め合うのだった。


 こうしてこよいの体温の熱さを直に感じていると、こよいのオレに対する熱い気持ちがそのままダイレクトに伝わってくる。


 逆にオレの気持ちも全部、こよいには筒抜けだ。


 溢れんばかりの愛情とその他もろもろ形容しがたい感情がない交ぜになった情念が渦巻くオレの胸中。


 それを完全に把握した上で受け止めてくれるこよいには感謝しかない。


 オレとこよいの心は一つになり、お互いの全てを理解しあっている。


 もうオレとこよいの間に言葉は要らない。


 だけど敢えてこよいの瞳を真っ直ぐ見つめて愛の言葉を囁く。


 「こよい、愛してる」


 「三五、わたしも愛してる」


 これは今からこよいの唇を奪うという、合図。


 こよいの瑞々しい唇にオレの唇を重ね、背中に回した腕に今度はゆっくり力を込める。


 限りなく優しいキスをして、ゆっくりと離す。


 「はぁ……♡ 何て甘ぁいキス……♡ 胸が切ない……♡」


 林檎の様に顔を赤くしたこよいが悩ましいため息を吐いた。


 こよいの真っ赤なお耳に唇を寄せる。


 「ベッドに行こう? こよい」


 「……はい♡」


 トロ~ンと弛緩したこよいの身体を、お姫様抱っこで持ち上げる。


 「キャッ♡ あぁ、幸せ……♡ わたし、女の子になれて良かった♡」


 「こよいはオレの一番大切な女の子だよ」


 「うん、うん♡」


 こよいはお姫様抱っこがいたくお気に召したらしく、嬉しそうにオレの胸にしなだれかかってくる。

 ベッドまでゆっくり運んで、たっぷりと楽しんでもらおう。


 天蓋付きの大きなベッドの真ん中にこよいを座らせ、もう一度抱き寄せてからキスをする。


 こよいの身体は熱いけれども、緊張による強ばりは見受けられない。信頼して身体を預けてくれているんだ。感動で胸が熱い。


 オレを信頼してくれるこよいをオレからも大切にしたい。


 抱っこしたこよいをベッドの上に優しく横たえる。

 

 「あっ……♡」


 「大事に、優しくするから。ね?」


 「う、うん♡ ありがとう……♡」


 お礼の気持ちを込めてキスをしようと、こよいの顔に自らの顔を近付けた時……。


 オレの背筋が凍った。


 「うぅっ……ひっく……ううぅ~っ……」



 こよいの愛らしい顔が、涙で濡れている。

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