第61話 繊月 こよい 物足りないわね
オレはアンお姉さんという心強い味方を得た。
貴重なお話を沢山聞きかせてもらったし、連絡先も交換してもらった。
スマホのメールやチャットアプリなどでQ極TSした女性の観点で色々な意見を聞かせてもらえるので、大変参考になっている。
アンお姉さんが非常に好意的に接してくれるのでついつい甘え過ぎてしまったが、お陰で今後どう過ごしていくか方針が定まった。
それを一言で言うと。
『貴重な夏休みを大切に過ごす』
これに尽きる。
一人でいる時は自分を磨き、こよいと一緒にいる時は幸せな時間を満喫する。
あれこれ考えたけれど、結果的には今までと変わらずに日々を送るという結論に至った。
協力してもらったアンさんには少し申し訳ない気持ちになったけど、オレとしては今までの自分が間違ってなかったと実感出来て自信に繋がった。
そして夏休みに遂げるべき最大の目標はこれだ。
『こよいの胸の内の全てを知る』
オレにQ極TS願望は無い。
だがオレはQ極TS女子であるこよいの永遠のパートナー。
世間の風がいかに冷たくともオレはその風からこよいを守り抜き、身も心も暖めてあげられなければならない。
その為にはこよいの心を理解して悩みや不安を共有する必要がある。
どんなに微かな声でもこよいの口から出た言葉は絶対に聞き逃さない。
頼り甲斐のある大人の男になる為に日々の努力を怠らない。
もちろんこれらはとても大切なことなので常に実践し続ける。
その上で尚、最も重要なのは恋人としての仲をもっともっと深めることであるとオレは考える。
幼馴染みとして物心ついた頃からの付き合いがあるオレとこよいだが、恋人としてはまだまだ新米の一年生。
しかも夏休みが終わればこよいはまた男の子の姿へと変わってしまうのだ。
男女として触れ合えるのは今しかない。
花火の下でファーストキスした、あの時。
オレとこよいの距離は0になり、その心は一つに溶け合って何もかもを共有し合えたんだ。
そうだ。何も言葉だけで悩みや不安を打ち明けてくれなくたって良い。
オレはこよいと恋人として触れ合うことでこれからもずっとこよいと寄り添って生きていくという決意を表明し、もう一人で塞ぎ込まなくて良いんだよと伝え続ける。
そうすればこよいはきっと心の全てをオレに委ねてくれるに違いない。
一緒に不安を乗り越えて、夏休みの後も楽しく高校生活を送って行けると信じさせてあげられる筈だ。
その為に今日も今日とて、こよいとデート。
スペシャルな思い出が残るグッドデートにしなければ!
意気揚々と街に繰り出したオレ達だったが……。
昼下がりの時のこと。
喫茶店から出た後にこよいがポツリと独り言をこぼした。
「物足りないわね……」
それが失言だと思ったのかこよいはハッとして目を見開き、みるみる顔を青ざめてさせていく。
「ち、違うのぉ! 三五とのデートが物足りないんじゃないのっ! ごめんなさい~っ! 捨てないで! こよいを捨てないでぇ~っ! 三五ぉ~っ!」
半泣きでオレにしがみついてくるこよい!
何か情緒不安定になってないか、こよい!?
ちょっとヤバいぞ!? これも悩みのせいなのか!?
ならば全力でその不安を払わねば!
「こ、こよいを捨てるっ!? そんなのオレには絶対の絶対に不可能だよ! 自分の心臓を抉り出して捨てることが出来ないのと同じだ! そんなことしたら死んじゃうよ!」
「あっはぁぁぁ~っ♡」
オレの言葉が嬉しかったのか、今度は青白かった顔に一気にパァッと赤みが差した。忙しいな、こよい。オレも稀によく似たような状態になるけど。
「大丈夫。こよいの言いたいことはわかってるよ。さっきのイベントが物足りなかったんだよね?」
「そうなのそうなの! 流石わたしのダーリン♡ 以心伝心ね♡」
先程、喫茶店にてオレとこよいが行ったラブラブイベント。
“1つのジュースを2人で同時に飲む”
やり方は簡単。
吸い口が2つあるハート型のストローで、トロピカルなジュースをチュ~ッとする。
お互いの瞳を見つめ合いながら。
おまけに今日のオレとこよいは同じ柄のTシャツを着ている。つまりはペアルック!
周りのお客さんからはオレ達が頭の中までトロピカルなバカップルの様に見えていたに違いない。
だがそれでも、こよいは物足りないと言う。
オレも同感だ。
この程度のイチャイチャではもっとラブラブになる為には全くもって物足りない。
きっとオレ達が求めているのは一生忘れられない程のビッグインパクト。
バカップルと呼ばれるのはやぶさかじゃない。
しかし! どうせバカになるなら突き抜けたい!
もっとラブラブで! もっとクレイジーなトルネード級のイベントを、我々は欲している! 熱望している!
「このペアルックも嬉しかったけどぉ。やっぱりもっとオシャレしたいのよぉ~。ちょ~キメキメのコーデでデートしたいぃっ!」
「オレは可愛らしいと思うけどね。Tシャツとそのキュロットスカートの組み合わせ」
もちろん今日のデートだって楽しかった。ただインパクトがちょっと欠けていただけで。
早いもので夏休みも残り一週間と少し。
ここらで一発最後の大花火を打ち上げようか。
オレはこよいの手を引いて歩き出し、おもむろに空を見上げてこう呟いた。
「“時” が来た……か」
「“時” ? あの封印が遂に紐解かれるというの?」
ノリの良いこよいがオレは大好きだ。
そして封印とは言い得て妙だ。
赤信号の横断歩道で立ち止まる。
オレはこよいの顔を真正面から見据え、厳かに宣言する。
「ラブパに行こう。こよい」
「ラブパ……!? 伝説の遊園地、ラブラブ♡パークに行くのねっ!? 三五っ!?」
もちろん、そんな狂った名前の施設は存在しない。単なる通称だ。
正式名称は 『咲耶☆おたのしみパーク』 …………ゴメン、正式名称も狂ってたわ。
名は体を表すという諺通り、このパークはヤバい。
客層ターゲットはカップルオンリーロックオン。
ラブラブイベント365日、常時目白押し。それこそペアルックでハートストローをチュ~チュ~するのが日常茶飯事レヴェルの、だ。
風の噂によれば、教育に悪すぎる為にお子さんの来園数が限りなくゼロに近いとか。そんな遊園地があっていいのか?
このクレイジースポットに赴く為には相当の勇気と覚悟が必要とされている。
まず入場資格はバカップルであること。
全ての乗り物がカップルシートで、ものを食べるときは2人であ~んするのが当然。
キャストはカップルの仲の良さを囃し立てまくるのだという。カップル達はそれを涼しい顔で受け流さなければならないのだ。
マジで魔境だぜ。
「だけど、行こう! こよい! 封印の地へ! 時は来たんだ!」
「ええ! 何処までも付いていくわっ! 三五っ! こうしちゃいられない! 今日一日は準備に当てましょう! うぅ~燃えてきたぁ~!」
日の高いうちに次のデートの相談をするのは時間が勿体無い。だが今回ばかりは話が別だ。
周りは全て猛者。
どうせならラブラブ♡パークで一番のベストカップルになってみせる!
「よ~し! こよい! オレの服選んでくれる?」
「りょ~か~い♪ 忙しくなるわよ~!」
青信号になり、オレ達は走り出す。
未来を目指して……。
さあ! 行っくぞお~っ!




