第4話 高波 三五 So men Style
「ど、どうぞ三五さんっ」
「う、うん。お邪魔します」
今となっては気になる女の子のお部屋。
だけどこの部屋は自分の部屋と同じくらい馴染み深いこよいの部屋だ。
入るとそれだけで心が落ち着く。
条件反射というヤツだ。
落ち着いたところで本日の予定を発表しよう。
それはズバリ……。
「宿題やっつけちゃおう! こよい!」
「は、はいっ三五さんっ」
こよいが美少女になってオレは心臓がドキドキバクバクし、モンモンモヤモヤと悩ましい夏休みを送っている。
Q極TSした当事者であるこよいもオレも、宿題などという些事にかまけてはいられない。
早く片付けて二人で楽しい夏休みを満喫しよう!
ふかふかクッションに座り白い長テーブルを挟んでこよいと向かい合わせになる。
まず手をつけるのは各教科の問題集。
テーブルの上に一ヶ所に纏めるとど~っさりと存在感が有っていかにも手強そうだ。
だけどコイツさえ片付いてしまえば後は余裕を持って日々を過ごせるというものよ。
「うむむ……ところどころ忘れているなぁ」
習ったハズの公式がスッと出て来ず、その度に手が止まってしまう事がしばしばあった。
いかに毎日の授業に身が入っていなかったのかが現れてしまったなぁ。
よし! 良い機会だから本腰をいれて復習をしよう。一学期のおさらいだ。
教科書やノート、ケータイの検索エンジンなどを駆使してバリバリ問題集と格闘するオレ。
「はぁ~……」
ん? こよいが小っちゃなお口をポカンと開けたカワイイお顔でこっちを見ているぞ。
「あ、あの~、どうしてそんなに張り切ってお勉強しているの? ですか? いつも夏休みの宿題は後半に入ってから、慌ててやってるのに……」
「うん、後半どころか〆切によっては9月1日から始める場合もあったね」
「じゃ、じゃあ、どうしてですか? そんなに真剣な……カッコィィ……ゴニョゴニョ……お顔で……?」
後半が一部聞き取れなかった。
でもまあ、言いたいことはわかる。オレが突然マジメ君になったのが不思議なんだよね。
「だって今年の夏はこよいが女の子の姿で……本当の姿で過ごせる、特別な夏だろう?」
「 ! ! 」
「こよいも色々考えたい事や女の子の姿でしか出来ない楽しい事も一杯あるだろうし、邪魔な宿題なんかサクっと片付けて楽しく過ごそうよ」
加えて言うならモヤモヤを抱えているこのオレの気持ちに向き合い、キッチリ整理する為の時間が欲しいというのが理由の一つ。
そして更に理由がもう一つ。
こよいが女の子になった事でオレの中に、才色兼備なこよいに追い付きたい、隣に居ても恥ずかしくない男になりたいという気持ちが芽生えたから。
しかしこの二つの理由はこよいには内緒。
まぁつまらない男の意地ってヤツさ……って、こよいが何故かプルプル震えている?
「はぁっ、はぁぁぁぁぁぁ~んっ♡♡ さ、さんごしゃん、かかか、カッコウィィ~♡♡」
何いぃ!!?? 突如オレの事がカッコイイと叫び、身悶えするこよい!
な、何故!? 今、こんな風になるきっかけが何かあったか!?
「わたしに為にっ♡ わたしの為にぃぃぃっ♡ お勉強頑張ってくれるさんごしゃん、と~ってもしゅてきぃぃぃぃ~~♡♡」
「 ! 」
「あ~♡ 真剣な表情のさんごしゃん最高~~♡ きゅん死しそうぅぅ~♡ カッコイイ~♡ 世界一カッコイイィィ~~♡♡ アァ~ッ♡」
ま、待ってっ、こよいいぃ~っ!!
好意という名のナパーム弾をブチ込まれたオレの心臓は大爆発!
全身が烈火を孕み、灼熱化する!
こよい! こよい! こよいぃぃぃ~っ!
熱い気持ちを表現したくてたまらない!
ああ、たまらないとも!
「こよいこそ宇宙一カワイイよっ! カワイ過ぎてカワイ過ぎてたまらないよっっ!」
溢れ出した感情が、雷鳴と成りてこよいに直撃。
「あはぁぁぁぁぁ~~~っっっっ♡♡♡」
電撃を喰らったこよいがピーンと背筋を伸ばしてのけ反る。
「こよいカワイイッ! 顔立ちもとっても美人でっ! 髪の毛もサラサラツヤツヤでっ! アイドルなんて目じゃないよっ! いいや、こよいだけがオレのアイドルだぁぁぁ~~っっ!」
「ふぐぅぅっ♡ はぐぅっ♡ あっくぅ~っ♡」
オレの激情が叫びになる度に、こよいが銃で撃たれたかの様に体を弾けさせる。
「サ、サんゴしゃんこそ世界一イケメンでしゅよぉぉぉぉ~っ♡ すっごくすっごくす~っごくカッコウィ! もうね、今までずうっと誰か他の女の子に取られちゃわないか不安だったの゛ぉぉオ゛ォ~!」
こよいも負けじと叫び返す! 何つ~衝撃波!
「何でこんなカッコイイ三五さんに彼女居ないの!? 良かったけどぉ! 皆、見る目無さすぎィ!」
「う、うぉォオーッ! こよいこそっ! もし一人で街を歩いたりなんかしたら、ナンパされまくっちゃうぞ! でもね! そんなのはオレが許さない! こよいの隣に居るのはこのオレだァアアア!!」
「きゃあぁァアアアーッ! exactly! exactlyyyyeahhhhhh!!」
その後しばらくお互いにカッコイイ ・ カワイイと誉め合い、どれだけお互いの事が素敵か、大切に思っているかを暴露し合う。
ってか、こよいはオレの事が絶対に好きだよね?
疑う余地ないよね?
そ、そしてオレのシャウトに込められた激情は誰がどう考えても友情以上だァァァ! 疑う余地が全くねぇぇェェー!
「好き」という決定的な一言こそ言っていないものの、ほぼ告白合戦だ。
どうなっちまったんだオレはぁぁっ! 思考するよりも先に、言葉が口をついて出てくるんだが!?
こよいとのこれからに関わる大事な事だぞ!?
もっと考えて発言しろやぁ~っ! うわぁぁぁ!
「「は~っ、は~っ」」
オレとこよいが息を切らせていると、突然こよいの部屋のドアがガチャリと開かれた。
「お嬢ちゃま~、三五ちゃん~、今日のお昼ご飯はおそうめんよ~」
現れたのは、お手伝いさんの彩戸さん。
左手に持っているトレイには美味しそうなそうめんが山盛り。あと薬味の小鉢が数種類にめんつゆと麦茶が載っていた。
細腕なのに力持ちだなぁ。
「きゃぁぁ~っ、さ、彩戸さん!? えっ!? もうお昼なのっ!?」
「そうよ~。お勉強はちゃんと進んで……ないみたいね~。きゃいきゃい楽しそうなのはいいけど、ちょっとくらいはやらなきゃね?」
「ご飯食べたらやるよっ! ね、こよい」
「は、はいっ。あはは……」
「え~? 本当かなぁ~? うふふ♪ なーんてね。頑張ってね、三五ちゃん」
トレイをテーブルの上に置いた彩戸さんがオレの頭を撫でてくる。
もしも他の人に同じことをされたなら、子供扱いされていると感じて少々ムッとくるかもしれない。
でも彩戸さんはオレにとってもちょいと特別な人なのだ。
「ん、ありがとう彩戸さん」
彩戸さん流の応援を素直に受け止めてお礼を言う。
彩戸さんの家と繊月家は昔から親交がある。
その繋がりで彩戸さんはお手伝いさんとして働く前から、こよいとオレの面倒を見てくれている。
だからこよいとオレにとって彩戸さんは実の姉代わりも同然。
頭が上がらないので撫でられ放題という訳だ。
徐々にくすぐったい気持ちになってきたオレは目を細め 「イヤァァーッ! ヤメテェーッ! わたしの三五さんを誘惑しないでっ!」
こよいの悲鳴! 今 “わたしの” って言った!? 疑う余地の無い焼きもち!
「焼きもち妬きはモテないわよ? お嬢ちゃま♪」
「うるさ~い! もう! あっち行ってよぉ!」
「は~いはい。ごゆっくりね~」
マイペースな彩戸さんと話していたら、何だかお腹が空いてきた。
「「いただきま~す!」」
めんつゆの中にたっぷりと刻みネギを入れるのがオレの流儀。
つるつるつるっと麺を手繰ってゆっくり味わうと、スッゴく上質な昆布の香りが鼻へ抜けていく。
ら、羅臼? 羅臼昆布デスカ? あー、辛味がっ! ネギの新鮮な辛味が昆布の香りを打ち消してしまう。
もったいない! 流儀変更!
やっぱりね、つゆの旨味を最大限に堪能するのがオレの流儀なんだよね。
「んん~辛ぁ~い♪ でも柚子の香りがイイネ! 美味しい~♪」
あーあー、それ柚子胡椒入れすぎだよこよい~。
ゴマを少し入れてみたらつゆの味がもっと引き立つかも。
パラパラ……つるつるっ。イイネ! 風味が強い! 香りが深い!
氷水でキーンと冷えた白い麺ののど越しと、つゆの香味が最高にマッチしているね! 昆布最高~。
やっぱり夏はそうめんだね~。
「ねぇ三五さんっ。このキュウリとプチトマト、わたしが家庭菜園で作ったヤツなんですよ~。食べてみて食べてみてっ」
「それは楽しみだね~。どれどれ」
まず千切りキュウリを麺と一緒に頂く。
シャキシャキとした食感がつるつるそうめんと良く合うね。
その後に瑞々しい完熟プチトマトを口に放り込むと、爽やかな酸味が口一杯に広がる。
これもまた良いアクセントになるね。
「採れたて新鮮な野菜、美味しいね。そうめんと合うね~」
「うふふ~。わたしもい~っぱい入れて食べちゃいましょ~」
ああ~こよいってば、つゆにキュウリやプチトマトや錦糸卵をドッサリ入れてる!
しかもその上に椎茸の甘辛煮をドバァ~。無類の椎茸好き!
こよいってば相変わらずトッピング全部乗せが好きだなぁ。
もう冷やし中華じゃんソレ。
お嬢様らしからぬ喰い方!
「椎茸美味しい~♪ ありゃプチトマト潰れちゃった。ん~でもつゆがイタリアンぽくなって美味しい♪ つるつる~♪」
見た目はどう見ても深窓のご令嬢なのに、ニコニコ笑顔でモリモリ全部乗せそうめんを食べてる姿はシュールだなぁ。
でも美味しそうに食べてるこよいは見ていてホッコリと癒される。
「「ごちそうさまでした。美味しかった~」」
冷えた麦茶を飲んで、ホッと一息。
マイペースな彩戸さんと美味しいそうめんのおかげで、こよいにドキドキして千々に乱れまくった心がやっと落ち着いた。
気分一新したオレとこよいは張り切って宿題に取り組んだ。
時々雑談も交えつつ、和気あいあいとしたムードで楽しく能率良く勉強を進める事が出来た。
それでも頭脳労働を長時間していると少々疲れが出てくる。
そんな時にタイミング良くおやつを持ってきてくれるのが、我らがお姉さんの彩戸さん。
「今日のおやつはプルプル葛まんじゅうよ~」
「オレの好きなヤツ~! やった~! ありがとう彩戸さん~!」
「ありがとう彩戸さんっ! 大喜びしてる三五さんのお顔、尊いっ!」
いや~、この透明でプルプルなおまんじゅうが涼しげで好きなんだよね~。
中のこしあんもとっても上品だぁ~。彩戸さんわかってるぅ~。
「あら、お勉強進んでる~。いい子いい子」
「へへ~、ちゃんとやるって彩戸さんと約束したもんね」
「もぉ~! 三五さんにくっつかないでっ!」
おやつタイムでリフレッシュしたオレ達は夕方までみ~っちりと宿題をした。
「うわぁ! 今日だけでかなり進みましたね~!」
「ふぅ~っ、いやぁかつて無い程に捗ったね!」
勉強って目的を持って腰を据えてやればこんなにも集中出来るんだなぁ。
流石に今日一日で全部終わらせる事は出来なかったが、毎日空いている時間に少しずつやっていけば直に終わるだろう。
これで宿題に頭を悩ませる心配は無くなった訳だ。
オレとしても自分の気持ちと向き合う時間が多く作れて良かった。
………………………。
いや、分かっている。自分でもバカな事を言っていると。
オレの気持ちなんて分かりきっているだろうと。
オレの中に居るもう一人のオレが、往生際が悪いぞ、悪あがきするなとオレを詰る。
だが! オレは冗談抜きでマジでシリアスに悩んでいるんだぁ~っ!
元々男の子だったこよいと恋愛するのが嫌だったり、気持ち悪いと思っている訳では断じて無い。
むしろオレにとってこよいは男の子であっても女の子であっても特別な存在だ。
だから本来オレはQ極TSして不安になっているこよいを支えるべきだし、そうしようとしていた。
ところがいざこよいを前にすると、あまりの可愛さにメロメロになって迂闊に愛の告白まがいのセリフを口にしてしまう。
考え無しに本能のままの言動を繰り返していては悪戯にこよいを混乱させてしまうだけだ。
これではいけない。
冷静な頭で自分の気持ちが恋か、友情かをジャッジする必要がある。
その為に必要な事は……。
「こよい。明日は外にお出かけしてみない?」
「えっえっ? 女の子の姿で三五さんと、初めてのお出かけ……そ、それってぇ……!」
「まあまあ、そんな構えずに。まずは気軽にいつもの公園を散歩してみようよ」
「うう~女の子の姿で外出するの、ちょっと緊張しますぅ~」
モジモジしているこよい。
もちろんこよいの気持ちが最優先なのだが、ここは是非頷いて欲しいところだ。
せっかくの夏休みなんだしね。
「い、行きま~す! だってカワイイ格好をして三五さんの隣を歩くのが夢だったから……!」
「良かった、じゃあ決まりだね」
「うんっ! うわぁ~楽しみだなぁ~っ」
喜色満面で笑いかけてくれるこよいを見ていると荒波が立ったかの様に心が騒ぐ。
彼女の前で平静を保つのはなかなかに大変だ。
だけど今日一日こよいと過ごした中で、以前と同じ様に自然に過ごせた時間が確かにあった。
お花の水やりをしたり。
一緒にお昼ご飯を食べたり。
宿題をしたり。
いつも通りの日常をこよいと楽しく送る事が出来た。
その時に、男の子の湖宵と居ると時に感じる愉快痛快な気持ちとは違う、新しい感情が芽生えた。
激情とも違う、心が豊かになり不思議と穏やかになっていく嬉しい気持ち。
女の子になったこよいと居る時に感じるこの新しい気持ち。
これは華奢になったこよいを妹の様に慈しみたいという気持ちか、はたまた……?
今はまだ分からないが、この気持ちの正体が分かった時にオレがこよいとどうなりたいと思っているかがハッキリするに違いない。
その為に今日の様にこよいと今まで通りに過ごす時間がもっと必要なのだ。
……グダグダ語ってしまったが、要はもう少し考える時間が欲しいという事だ。
我ながら情けない日和見思考だが、気持ちの整理が着いたら真正面からその結果を受け止めるつもりだ。
「明日は何を着て行こうかなあ」
「楽しみだね、こよい」
覚悟は決まった。
後は明日を待つだけだ。