第57話 彩戸 メイ 会って欲しい人が居るの
コンコンコンッ!
ガチャッ。
「ちょっとぉ~、二人共居ないの? って、な~んだ、ちゃんと居るじゃない。も~、帰ってきたらただいまくらい……い゛っ!? て、ヨ、ネ゛ぇぇ!?」
彩戸さんが部屋に入ってくる。
でも何だろう? こよいの顔を見てビックリしている?
というか彩戸さんらしからぬ表情をしているぞ?
「ごめんね、彩戸さん。さっき帰ってきたんだ。ただいま」
「お帰り! 私の方こそごめんね! お嬢ちゃまとの初めてを邪魔して! それじゃっ!」
バタンッ!
慌てて出ていってしまう彩戸さん!
何か誤解されてしまっている!?
「待って待って彩戸さん! オレ達そんなことしてないよっ! 今日はほっぺにチュ~ぐらいしかしてないよ!」
ガチャリ。
「…………えぇぇ~? 本当の本当に? いや、三五ちゃんが私に嘘なんか吐くワケないって思ってるわよ~? でもいくらお嬢ちゃまでもほっぺにチュ~ぐらいでそんなデロデロのヤバヤバな顔になっちゃう?」
「本当だって! ホラ、よく見てよ!」
こよいの着てる制服は全く乱れてなんかいないし、ベッドだって新品同然のピッカピカでしょう?
だってただ腰掛けていただけだからね。
「本当だ……。えっ? じゃあ何でお嬢ちゃま、こんな顔になってんの? な、何かの病気? た、大変! 救急車呼ばないとっ!」
彩戸さんの顔がサーッと青ざめる。
いつも飄々としている彩戸さんのこんな表情は非常に珍しい……とか言ってる場合じゃないよ!
ちゃんと一から説明して不安を取り除いてあげないと!
……………………………………………………。
「……大好きって100回言って欲しいって言われて本当に100回大好きって言ったんだ。そんでお嬢ちゃまはこの有り様、と。ええ~? アンタ強過ぎるでしょ……。言葉だけで女をメロメロにしちゃうとか。お姉ちゃん、三五ちゃんのことちょっと畏怖しちゃってるんですけど?」
ジト目で睨まれてしまった!
明らかにドン引きされている!
「だ、だってさ! こよいのおねだりに応えることが悩みの解消に繋がるんじゃないかって思ったからさ! ま、まあちょっと本気出し過ぎちゃったかな? とは思ったけどさ……」
「そっか、三五ちゃんは私のお願いを聞いてくれただけなのね。だからそんなに頑張っちゃったんだ。ウフフ♪ ありがとね♪ 良い子良い子♪」
いつもの柔らかい笑顔に戻った彩戸さんが頭を撫でてくれた。
良かった~。もし彩戸さんとの間に溝が出来ちゃったりなんかしたら一体どうしようかと思ったよ。
「お嬢ちゃまはこのまま寝かせといて大丈夫ね。三五ちゃん、今日もお夕飯食べていくでしょ? 私はお嬢ちゃまをパジャマに着替えさせてから行くから、先に食堂で待っててくれる?」
「うん、わかったよ彩戸さん。それじゃあお休み、こよい」
「ふにゃぁ~♡」
極めて幸せそうな顔をしている眠り姫様にお休みの挨拶をしてからオレは階下の食堂へと向かった。
「お待たせ、三五ちゃん。お腹空いたでしょ? いっぱい召し上がれ~♪」
「いただきま~す!」
今日も食卓に美味しそうな夕食が並ぶ。
こよいと一緒に食べられないのは残念だけど、今日は珍しいことに彩戸さんと二人きりで差し向かいになっての食卓だ。
何だか新鮮で面白いね。
「お嬢ちゃまってばだらしな~いゆるゆる笑顔で寝ちゃったわ。さすがに今日ばかりはウンウン悩んだりため息吐いたりはしないでしょうね。三五ちゃんのお陰よ。やっぱり貴方にお嬢ちゃまを任せて良かったわ」
「ねえ彩戸さん、こよいの悩みってそんなに根が深いものなのかな? 今日みたいにいっぱい可愛がっていくウチにパ~ッと晴れちゃったりはしないの?」
こうやって何でもかんでも彩戸さんに相談してしまうのはやっぱり甘えかなあ。
頼りにしてもらった矢先にこれだから少々情けなく思うのだが、事はこよいに関することだ。
オレもこよいのパートナーとして自分なりに一生懸命考えて行動してその結果にキッチリ責任を持ちたいと考えているのだが、まだまだ未熟者。
今はまだ彩戸さんを頼りにすることを許して欲しい。
「難しいと思うわよ。だって今のあの子、ちょっと様子がおかしいもの。時々お部屋で塞ぎ込んだりもしているのよ。三五ちゃんがお家に帰った後の少しの間だけだけどね」
塞ぎ込む……!? こよいが……!?
オレと居る時はあんなに幸せそうにしているのに……。
「じゃあ日が経つ毎に甘えんぼになってるのって、やっぱり不安の裏返しなのかな?」
「多分ね。学校の図書室でも甘えられたんでしょ? それって普段のあの子からは考えられないわ。公の場で恥ずかしいことはしないようにってキッチリ躾られてるもの。でもそんなのがどうでも良くなるほど三五ちゃんに構って欲しがってるってんだから相当よね」
「こよいは彩戸さんに何か相談とかはしていないの?」
「聞いてもイマイチ要領を得ないのよね~。モゴモゴしちゃってさ。もしかしたら感覚的なものなのかも。私がQ極TS女子じゃないから共感してあげられない……だから相談出来ないってことなのかも」
オレと居る時は不安を表に出さない。
彩戸さんには不安を上手く言語化出来ない?
そして他に頼れそうな人物の心当たりはオレにはない、か。
これは根気が必要になりそうな案件だな。
「よし、取り敢えず今はこよいを支える根気や元気を養う為にモリモリご飯を食べるぞ! 彩戸さん、おかわり!」
「は~い。お姉ちゃん、アンタのそ~ゆ~トコ大好きよw」
美味しい晩御飯を食べ終わった頃にお義母さんが帰ってきた。
こよいも起きてこないしご挨拶をしてお暇しようかな。
「三五ちゃん、お姉ちゃんが車でお家まで送っていってあげる♪」
彩戸さんがそう提案してくる。
長い付き合いだ。
何かオレに用事があるんだろうな~ということが何となく察せられた。
「う、うん。ありがとう」
「それじゃあレッツゴ~♪」
玄関を出て車庫に向かう。
端っこに停められているのが彩戸さんの車だ。
「さ、乗って」
「うん」
ブロロロロロロ……!
車が動き出した。
彩戸さんの車は華美なデザインでこそないが機能美にとても優れている。
彩戸さん自身の運転技術もとても上手で乗り心地はいつだって最高。
一つ難点を挙げるとすればオレの家とは逆方向に突っ走ってるってことかな。
いちいち指摘したりはしないけどね。
だって彩戸さんはオレとこよいが誰よりも信頼している人だから。
赤信号になり車が止まる。
彩戸さんはオレの横顔を少し見つめた後、前を向いてこう言った。
「ちょっと寄り道していい? 会って欲しい人が居るの。私のイトコなんだけど」
「イトコ? そういえば彩戸さんって従兄弟のお兄さんが居るって言ってたね」
海外に行っているとかで会ったことはないけれど日本に帰って来たのかな?
「お兄さんじゃなくなっちゃったのよ、その人。お姉さんになって名前も変わっちゃったの」
お兄さんがお姉さんになった? それって……。
「彼女の名前は彩戸 アン。去年Q極TS手術で女性になったの。お嬢ちゃまの悩み、彼女になら見当がつくんじゃないかしら?」




