第41話 彩戸 メイ お嬢ちゃまがね?
「こよいの事で……聞いて欲しい事?」
彩戸さんの言葉と表情でプール遊びで浮かれていたオレの顔がピリッと引き締まり、シャンと背筋が伸びる。
聞く態勢が整ったオレの様子を見て彩戸さんが話し始める。
「お嬢ちゃま、今日はすっごく楽しそうだった。一杯ハシャいで心からのニコニコ笑顔をたくさん見せてくれたわ。三五ちゃんが居てくれたからよ」
「え? オレと居る時は、こよいはいつもあんな感じで楽しそうなんだけど……」
彩戸さんの口振りだと楽しそうじゃない時があるみたいだ。
「あの子ね、最近一人で何かを思い悩んでいるみたいなの」
クラっと、一瞬意識が遠くなりかけた。
いやいや、待てよっ!
こよいが思い悩んでいる!? 今日だってあんなに楽しそうだったこよいが!? 彩戸さんの言葉じゃなきゃ、とても信じられない!
「悩んでいるって何に!? ……いや、もしかして、夏休みが終わったら男の姿に変わってしまうってことに?」
「それが一番ありそうね。もう夏休みも残り半分だし……。お嬢ちゃまったら、私にも相談してくれないのよ」
こよいは女の子の心を持ちながら男の身体で産まれた。それがQ極TSカプセルのお陰で身体も女の子のものとなり、ようやく本当の自分になれた。
高校卒業までとはいえ男の姿で過ごさなくてはならないというのは、オレ達が思っているよりも遥かにこよいにとって酷な事なのでは……。
「お義父さんに言って夏休みの後も女の子でいられるようにしてあげられないの!? こよいが可哀想だよ!」
「無理よ。 “高校卒業時にもう一度結論を出し、それでも女性として生きたいと願う場合のみQ極TSを許す” って誓約書をお医者様と作ったのよ」
「そこをなんとか……」
「ならないわ。旦那ちゃまは優しいけれど、繊月家っていう立派なお家のご当主様なのよ? 約束には凄く厳しいわ。お嬢ちゃまだってそこは納得しているハズよ」
夏休みが終わり、それから高校卒業まではこよいは絶対に男の姿でいなければならない。それってこよいにとって、どんなに辛いことなんだろう?
自分に置き換えて考えてみる。もしオレが女の子の姿で過ごさなくてはいけなくなったとしたら?
「……ダメだ。全然想像すら出来ない。心と身体の性別が違うって一体どんな気持ちなんだろう?」
「そうね。私達にはわからない。だから私にも相談しないで一人で悩んでいるのね、きっと」
オレは悩んでいるこよいに何をしてあげられるんだろう。う~ん、こよいの悩み……。悩んでいるこよいかあ。
「そもそも、オレはこよいが何かを思い悩む姿が全然想像出来ないんだけど」
だってこよいは小さい頃からオレと居る時はずっと今日みたいに楽しそうだったから。
だからこそこよいがトランスジェンダーだって聞いた時は、死ぬ程驚いた訳で……。
それまでず~っと根明でストレスフリーな性格だと思ってた。
「あの子、家では案外大人しめなのよ。声を立てて笑うのだって珍しいわ」
「ええぇ~?」
信じられない。そんな表情のオレを見て、クスッと彩戸さんが笑う。
「あの子、三五ちゃんがだいだいだ~い好きだもの。一緒に居ると嬉しくなっちゃって、世界で一番幸せになれるの。それこそ悩みになんか構ってられなくなるくらいに、ね」
「彩戸さん……。でも……」
それで最愛のこよいが悩んでいる事に気付いてあげられず、何もしてあげられないのはどうなんだ?
「貴方は、お嬢ちゃまと一緒に居てあげるだけでいいのよ」
「本当に? 本当にそれだけでいいの?」
「勿論。貴方はお嬢ちゃまに幸せと絶対の安心を与えられる人。この前、立派にお嬢ちゃまを守ってみせたしょう? 守ってくれて安心させてくれるって、女の子にとって大事なことよ」
彩戸さんの確信を持った言葉に気持ちが軽くなり、自信が湧いてきた。
オレとこよいをずっと見守って来てくれたお姉さん、彩戸さんの言葉だから。オレは無条件で信じられた。
「彩戸さん、話してくれてありがとう。残された夏休み、出来る限りこよいと寄り添っていきたいと思います」
オレの出した結論に、彩戸さんは満足そうな微笑みを浮かべてくれる。
そして彼女は弟分のオレに、美しい所作で頭を下げたのだ。
「三五ちゃん、お嬢ちゃまのことを宜しくお願いします」
寄せられる信頼にジンと胸が熱くなる。これに応えねば男じゃない。
オレは胸を叩いて彩戸さんに宣言する。
「任せてください、彩戸さん」
言い切るか、言い切らないか、というタイミングでシャワールームのドアが控え目にカチャッと開かれた。
「失礼しまーす……彩戸さんは……あ~っ! 居た~っ! また三五の事を誘惑してるぅ~っ! 胸の谷間なんて見せちゃってぇぇ!」
誤解だよこよい! 彩戸さんはお辞儀してるんであって、胸の谷間を見せている訳では! ってか、色々台無しだよこよい~っ!
「三五はわたしの胸の谷間しか見ちゃダメっ! ほら、近くで見てっ!」
「わわぁ~っ! ちょっと近過ぎるよこよい~っ!」
こ、こよいの水着が目の前に! タッチすれすれの距離にぃぃ~っ! すっごく嬉しいんだが冗談抜きで鼻血が出てしまいそうなんだがぁ~っ!? こ、こよいの大事な白ビキニが汚れてしまうぅ~っ! た、耐えろぉ~っ! 耐えるのだ、オレよぉ~っ! (それでも目は閉じない男)
「はいはいは~い、アンタ達。はしたなさトリプル役満よ。ホント、ハコラレカップルなんだから」
おおっ! 彩戸さんがこよいを離してくれた! ありがとう、ライフセーバー!
「彩戸さんありが……ブブゥッ!」
ここで我慢の限界! 鼻血が勢い良く出て、シャワールームの床にポタタっと零れた。
「三五ちゃんマンガみたいw」
「キャーッ! ごめんね三五っ! でもなんだか、ちょっと優越感っ!」
オレと居る時のこよいはやっぱり楽しそうで笑顔も満開だ。
オレが居ることでずっと幸せでいてくれるなら、いつまででも一緒に居てあげたい。
オレ自身も、幸せになるためにこよいの側に居させて欲しい。
心からそう思った。
血が足りなくなり、ぼんやりとした頭の中で、ね。




