第2話 繊月 こよい 女の子宣言!
「ボク、わ、わたしっ! が、女の子になりたいと思った特別なきっかけや事件は実は無いの……な、無いんです。ただ単純に、わたしの心は生まれた時から女の子だったというだけ……それだけなんです」
一呼吸置いたこよいは瞳に決意を宿して、再度語り出す。
「わたしのお母様が小さい頃のわたしによく女の子の格好をさせていましたよね? ……あれ本当は、わたしがおねだりしていたんです。お母様の小さい頃のお洋服を着せて欲しいって」
「あったよねぇ~、そんな事も。あれ? でもあの時こよい、ママったらボクを着せ替え人形にしちゃって困るな~とか言ってなかったっけ?」
「ごめんなさい~! つい、付き合ってあげている風を装ってしまったんですぅ! 許して下さい~!」
「あっあ~っ! そ、そうだよね! 女の子の服が着たいって言えなかったんだよね! いいんだよ! 謝らなくていいんだよ!」
小さな頃のこよいは少女趣味丸出しなお人形さんが着るようなフリフリのお洋服をよく着ていた。
よく似合っていたし、お母さんの言い付けで着ているんだと言っていたからオレは全く気にしていなかった。
こよいのお母さんは浮世離れした性格をしているから、まあそういう事もあるのかな、と思ったくらいだ。
だけど周りの子供達はそうは思わなかったらしく、女の子の服を着たこよいをからかったり囃し立てたりしてよく泣かせていた。
その度にオレはいじめっ子を追い払って……って待てよ。
「こよいの心が昔から女の子なら、いじめられてたあの時はオレが思っていたよりもずっと辛かったんじゃないのか!? あのクソいじめっ子共……! もっとキツくブッ飛ばしてやるんだった!」
「ううん、ううん! そんな事ありません! わ、わたしあの頃すっごく泣き虫でしたし……! 三五……さんがいっぱい怒ってくれて嬉しかった……です! だから気にしていませんよ!」
超々絶々美少女になったこよいに見惚れ、のぼせ上がっていた脳味噌に氷水を浴びせられた気分だ。
小さな頃から一緒に過ごしてきたのに、オレはこよいの心情を全く理解出来ていなかったという事なのだから。
「それでね。成長していく内に、自分の身体が男の人の身体に変わっていって、生まれた時からあった違和感がドンドン膨れ上がっていったの……です」
「そう、だったんだね……」
曖昧な相槌を打つ事しか出来ないのがもどかしい。
「極めつけは女の子に恋愛感情が持てないこと。わたし、何回か女の子に好意を向けられたけれど無理で……全然無理のムリムリで……それにわたしは昔から、えっと、えっと、さ、さん……えっと! とにかく無理なの! 絶対無理なのです!」
とにかく女の子との恋愛が絶対無理だという事はひしひしと伝わってきた。
「だからわたしは学校ではワザとハイテンションな三枚目キャラを演じていたんです。女の子から距離を取るために」
「異議あり! 学校に居る時じゃなくても、こよいはいつもハイテンションじゃんw」
あ、ヤベ。真面目な話の最中に、ついツッコミを入れてしまった。
だってこよいが真顔で変なこと言うから。
「違いますよw 学校に居る時のわたしは演技なんですっ! わたしは女優なんですっ! そんなに言うなら検証してみましょうよ。いいですかぁ?」
● 検証1 : 女生徒との日常会話
女生徒A 『繊月くんの好きな食べ物は何?』
美少年 ・ 湖宵 『ザリガニw 無論フランス料理の方じゃ無いぞぉ! 甘い期待を持つなよぉ! アメリカザリガニの方さぁ! 自分でザリガニを釣ってえ! 炭火で焼いて! 食べる! 美味い! テレッテ~!』
女生徒A 『あぐぅ! 頭がっ! 割れるぅ!』
キリキリキリ! (偏頭痛)
「ほら、わたしはザリガニ釣りは嗜みますが釣ったザリガニなんて一度も食べた事無いでしょう? それに本当の好物は三五さんが作ってくれるホットケーキと筑前煮 (椎茸多め) ですし」
「ええ~? でも釣りエサのさきイカは美味しい美味しいって言って、モリモリ食べてるじゃんw」
「それは別に良いでしょーよw お店で売っている食べ物食べて何が悪いのw ですかw」
● 検証2 : ラブレターをもらって屋上に呼び出されちゃった! 事件
女生徒B 『繊月くんきてくれるかな……ドキドキ』
女生徒C 『落ち着いてね! ゆっくりで良いから、しっかり自分の気持ちを伝えるのよ』
女生徒D 『ガンバッテ! (ダメだったら次は私が告白しよう)』
♪ パパパパーパーパパパパーパーパパパパーパーパパパパー ♪ (ワルキューレの騎行)
王子様系美少年 ・ 湖宵 『K ! O ! Y ・ O ! I ! (全身で人文字を作っている) ワァ~ッ! KOYOIィィ~ッ!! KOYOIがやってキタァァ~ッ!! KOYOI最高~ッ!!』
女生徒B 『ぐっふぅぅ!』
ガクン! (膝から崩れ落ちる)
女生徒C 『ああっ! 保健委員! 保健委員ーッ!』
女生徒D 『がっはぁぁ!』
バターン! (後ろに大の字になりぶっ倒れる)
女生徒C 『保健委員も隠れファンだったんかい!』
女生徒B & C & D 『ごめんなさい、やっぱりもういいです……』
王子様系美少年 ・ 湖宵 『女子心情理解不能w 超複雑怪奇w』
「ほらほらぁ、わたし、三五さんと居る時はここまでハイテンションじゃないでしょう? 演技ですよぉ。いつもこんなんだったら鉄格子付きの病院に入れられちゃいますよ」
「それにしても断り方が異次元すぎるだろ……」
「仕方が無いんです! 悪かったとは思いますけど、女の子から告白されるのがスッゴく嫌だったから全力でテンパっちゃったんですぅぅ!」
話が思い切り脱線してしまったが、こよいといつもみたいなバカ話が出来て楽しかった。
肩の力が抜けて、こよいの表情から険が取れた。
カワイイ。
今ならば若干の心の余裕を持って話の続きが聞けそうだ。
ふかふかソファーに二人並んで、ゆったりとした姿勢で座る。
「コホン。わたしの世界がひっくり返った日……天才Dr.グレースが現れて、Q極TS手術がお披露目された日。わたしは思い切って、家族に自分の心が女の子だと打ち明けました」
こよいの美貌が、ほんの少し曇る。
彼女の心情を推し量る事が出来ないオレの目にもそれが酷く痛ましく映る。
「初めは取り合ってもらえませんでした……でも長い間必死に説得して、TS関連の心のお医者様に診断してもらって……それでやっと両親の許可が出て、この度晴れてQ極TSカプセルを処方してもらえたのです」
「そうだったのか……こよいはこれからはもう、ずっと女の子で居るの?」
こよいは残念そうに首を横に振る。
「いいえ、お父様からある条件を出されました。それは高校を卒業するまでは生まれ持った性のまま、男の子のままで居ること。お父様はこう言いました……」
こよいの目が伏せられる。
「大人として一人立ちする年齢になった時にもう一度よーく考えて、それでも女の子として生きたいという結論が出たならQ極TSする事を許す、と。今回はそれを判断する為のお試しTSなのです」
この夏が終わったら、こよいはまた男の子の姿に戻ってしまうのか。
こよいは家族や医師とよくよく相談した上でQ極TSカプセルを服用したのだ。
こよいの家は所謂地元の名士というヤツで、跡取りはこよいのお兄さんが務めるという事になっている。
だけど、だからといってそう簡単にこよいがQ極TSする事をご両親が許してくれるとは思えない。
こよいが心の底から思い悩んでいたからこそ、条件付きとはいえ許したに違いない。
女の子として生きる新しい人生を手に入れる為に、こよいは一生懸命頑張ったんだ……。
オレは……オレは自分が不甲斐なくて、情けなくて仕方が無い。
一番近くに居た幼馴染みのオレに相談したい事もあっただろう。
悩みを打ち明けたい時や、苦しみを分かって欲しい時だって間違い無くあったはずだ。
しかし悩みを相談される側の人間にも資格というものがある。
オレはこよいに相談してもらえる資格の無い男なんだ。
何故なら、オレは男として生まれて来た事に心から満足しているから。
小さな頃から男の子がする遊びが大好きで。
男の子用の服を格好良いと思って好んで着て。
心行くまま気の向くまま、何不自由無く暮らしてきたのがこのオレだ。
Q極TS手術が世に広まり大騒ぎになった時も、オレは男に生まれて良かったと言ってそれっきり無関心な顔で世間を眺めていた。
そんな男に誰が、心と身体の性別が一致していないという重大な悩みを相談する?
こよいが女の子の服を着ている事をからかわれた時はどんなに辛かっただろう。
好きな服を着る事を他人から否定されるってどんな気持ちなんだ?
女の子がする遊びが出来ない気持ちは?
女の子の話し方が出来ない気持ちは?
心と身体のカタチが違うってどんな気持ちなんだ?
頭が痛くなる程想像力を働かせてみても、オレには分からない。
「ごめん、ごめんなさい、こよい」
気付けばオレは、こよいの白くて小さな手を取って深々と頭を下げていた。
「えっ? えっ? えっ!?」
戸惑うこよいに、オレは謝罪の言葉を重ねる。
「オレ、肝心な時に何の役にも立たなくてごめん。苦しいのに気付いてあげられなくてごめん」
この時オレはどんな顔をしていたのだろう?
オレの顔を見たこよいが心底驚いた声を上げながらソファーから立ち上がる。
「ち、違うっ! 違いますっ! 三五は悪くないっ! な、何で三五……さんがそんな辛そうな顔をするの……ですかっ!? わ、悪いのはわたしです!」
「それこそ違うっ! こよいに悪い所なんてあるもんか!」
「お、怒って良いのですよっ! こよいは、ずっとずっと小さな頃から大事な事を隠していたって! し、しかもいつもの悪ふざけのノリで打ち明けるなんて酷いって!」
こよいの悲痛な叫びにオレは首を横に振る。
そんなバカな。
悩んでいたのも苦しんでいたのもこよいなんだ。
こよいを責めるなんて出来るハズが無い。
「嫌だ……! 嫌ですっ! お願いだから自分を責めないでっ! 三五を悲しませるくらいなら、まだ引っ叩かれる方が良いよ……! わたしがバカだったの!」
こよいの口調が変わり、身ぶり手振りを交えながらオレに切実な想いを訴えてくる。
「本当は三五がわたしを嫌ったり気持ち悪いって言ったりするワケ無いってわかってた……でも万が一、今までみたいに一緒に居られなくなったらって思ったら、どうしても打ち明けられなくて……!」
「それでもオレは気付かなきゃいけなかったんだよ。ずっと一緒に居たんだから」
「三五が気付くわけ無いよっ! だって、あなたと居ると本当に楽しくて嬉しくて、その時は悩みが吹っ飛んじゃうんだもの! だからこそ、その時間を失いたくないから言い出せなくて……!」
「オレだってこよいと居ると本当に楽しいよ! でも本当の兄弟みたいに過ごしていたのに……オレってヤツは毎日のほほんとして自分だけ幸せで……恥ずかしいよ」
口論が激化するにつれ、こよいの美貌が悲しみに歪み、宝石の様な瞳に涙が煌めく。
その度にオレの胸が針に貫かれたように痛む。
オレもこよいと同じ表情をして同じ様な心の痛みを与えてしまっているのだろうか?
いつの間にか、オレ達はお互いの両手をぎゅっと握る様に重ね合わせていた。
両手に伝わるこよいの小さな手の感触がオレを少しだけ落ち着かせる。
このままオレが悪い、わたしが悪いと言い合っているのは不毛な水掛け論でしか無いな。
「……お互いに一回だけごめんなさいしたら、一旦この件は終わりにしようか?」
「そう、ですね……」
同じタイミングでペコリと頭を下げるオレ達。
「こよい、悩みに気付いてあげられなくて、ごめんなさい」
「三五さん、悩みを打ち明けられなくて、ごめんなさい」
同時に顔を上げると、こよいは胸のつかえが取れた様な表情をしていた。
オレも何だかホッと一息ついてしまう。
張り詰めた気持ちが少しだけ緩み、オレ達は何となく沈黙するのだった。
静かでどこか居心地が良い空間の中で、こよいの手の感触だけが妙に鮮烈だった。
「小さい手だね、女の子の手だ」
「うん。わたしは女の子ですから」
ジッとこよいがオレの目を見つめる。
その表情には万感の想いが込もっており、いかにもオレに伝えたい事があると訴えている。
オレは目を逸らさずに、じっとこよいの言葉を待ち続けた。
少しの間、オレ達はそのまま見つめ合う。
「三五さん……わたしは、繊月 こよいは、本当は女の子なんです。それでも。それでも今まで通り、仲良くしてくれますか? 一緒に居てくれますか?」
縋る様な熱い眼差しを真正面から受け止める。
「当たり前さ! 女の子になってもこよいはこよいなんだから。今まで通りオレはこよいの一番の友達で、一番の味方だよ!」
笑顔でこよいの全てを肯定し、何があっても側に居ると宣言するとこよいの顔から憂いが消し飛んでパァァッと輝く笑顔になった。
……かと思いきや、次の瞬間には表情がクシャッと崩れ、こよいの瞳がウルウルと潤みだす。
「うわぁ~んっ! あり、ありがとうぅ~っ! 良かったよぉぉ~! あぁぁぁ~んっ!」
ボロボロ涙を溢しながらオレにぎゅぅぅっと抱き付いてくるこよい。
「わぁぁぁぁん! わぁぁぁぁ~んっ!」
溜まりに溜まった心の澱を押し流す為に声を上げて泣くこよいの背中を、オレは何度も優しく優しくさする。
良かった。ようやくこよいの為になる事をしてあげられた。
「ぐすんっ、ふぅっ……はぁぁ~っ。ご、ごめんなさい。気持ちが抑えられなくて……」
「それで良いんだよ、こよい」
涙を拭いたこよいの顔は生まれ変わったかの様に、無垢であどけない。
非現実的なまでに整ったこよいの美貌が赤ちゃんみたいにフニャッと微笑むと、オレの中に限り無い喜びと、かつて識った事が無い気持ちが芽生える。
オレはこよいみたいに強い気持ちを隠す事が出来ない単純な性格をしている。
だからこの時のオレは何も考えずに芽生えたての想いをそっくりそのまま口にしてしまったんだ。
「こよい、可愛いよ」
「 え っ ? 」
「こよいは世界中の女の子の中で誰よりも、一番可愛いよ」
「 ! ! ! ! 」
本心からの言葉が紡がれた次の瞬間。
オレとこよいはビシィィッ! と凍りついてしまう。
解凍までたっぷり5秒。
「あう……あぅあ……! あぅぁぁぁぅ!」
オレの腕の中に居るこよいが先に反応を示した。
「きゃ、きゃあぁぁぁ~っ!! きゃぁぁぁ~っ!」
白い素肌がボイルされたみたいに真っ赤に染まったこよいは、オレの腕の中から床に倒れこむ様にして抜け出した。
そのまま四つん這いの状態で両手両足を忙しく動かしながら、ドタバタと部屋を出ていってしまった。
「さささささ、彩戸さぁぁ~んっ!」
「やぁん、お坊っちゃま……じゃなくて今はお嬢ちゃまか。急に抱きつかないでよ、もうっ。危ないじゃないの」
「さささささ! さんごシャンがぁっ! カカカ! 可愛いって! 可愛いってイッタァァ! 脈ある!? コレって脈あるぅぅ!?」
「え~? みゃく? どれどれ。うん、あるある。お嬢ちゃま脈あるよ。ちゃんと生きてる生きてる」
「そっちのみゃくジャないよぉぉぉ~!」
部屋の外ではこよいがお手伝いさんの彩戸さんに何かを捲し立てているようだが、その時のオレには全く耳に入ってこなかった。
オレは自分の発した言葉に自分でショックを受け、呆然としていたのだ。
「こよいは世界中の女の子の中で誰よりも、一番可愛いよ」 ……だって?
無意識のうちに口から出たその言葉の意味……それは、それは……!
オレは女の子になってもこよいとは変わらずに友達だ、何て言っておきながら、舌の根も乾かないうちに……。
女の子になったこよいに恋をしてしまった……という事、なのか……!?