第1話 繊月 湖宵の一発ギャグ……と見せかけて?
全国の学生達が待望する夏休みが遂に始まった。
だけれども高校一年生のこのオレ、高波 三五はヒマを持て余していた。
特に人より秀でているモノも無く、人気者という訳でも無い。
おまけに部活動もやっていないオレの予定は、幼馴染みの家に行ってダラダラ遊ぶことくらい。
宿題も一応用意してきたけれど、流石に夏休みが始まったばかりではやる気になれないなぁ。
それにオレの幼馴染み君はとても楽しくて面白いヤツなので、一緒に遊んでいるとついつい時間を忘れてしまって、尚更勉強が進まないんだよね。
幼馴染みにして親友の、繊月 湖宵。
コイツは勉強にスポーツ、何をやらせても上手にこなしルックスも抜群に良い。
家もお金持ちでお手伝いさんが居るような豪邸に住んでいる、超ハイスペックな王子様系美少年だ。
これで女子にモテなければ嘘だと思うだろう?
だが湖宵に彼女は居ない。
何故なら湖宵は言動や行動が残念すぎる三枚目キャラだから。
どのくらい残念かというと、例えば体育の時間にジャージのズボンをぐいぃ~っと首まで引き上げて「三五、ほらほら見てみw 新人類w」などとほざくくらい。
おまけに湖宵は女子が苦手で、女子が話し掛けようとすると、8割増しでハイテンションに振る舞う。
女子達はクラス一の美少年がクラス一のお調子者であるというギャップに耐えきれず、偏頭痛を起こして保健室へ直行するハメになるのだった。
そんなこんなでヒマ人であるオレと残念坊やである湖宵は、今日も今日とて二人で仲良く遊んでるという訳だ。
オレん家のリビングより数倍は広い湖宵の部屋で、ふっかふかのソファーに座っておやつタイム。
あ~、クーラーもよく利いていてすずし~。
快適だぁ~。
「おおっ! この月餅、クルミがゴロッと入ってて美味い! スーパーのヤツより75倍くらい美味い!」
「ふはははw バクバク! 大げさすぎw バクバクバクバク!」
こ、湖宵のヤツ両手に月餅だと!?
まるで腹ペコキャラ!
「湖宵っ! そんなにバクバク食うなや! 良いトコのボンボンのくせに!」
「むふふふふw バクバクボンボンww 新発売ww ぬぐっふぅぅ!?」
ああっ! 自分のネタにウケて月餅を喉に詰まらせやがった! 今日はどうしたよコイツ!
「あ~あ~ホラ、背中さすってやるから。お茶も飲んで、ホラ」
「ゲホゲホッ! ゲェッホ! あ、ありがと三五。ゴクゴク! ゴクゴクゴク!」
湖宵が冷たくて美味しい緑茶を凄い勢いで飲み干していく。
このお茶も凄く良いヤツなのにもったいない。
さて。おやつも美味しいし、湖宵の部屋には大型プラズマテレビとか良いものがたくさんある。
だから退屈する事は無いんだけれど……せっかくの夏休みなんだから、特別な遊びがしたいなぁ。
「あのさぁ、湖宵さぁ、何か面白いイベントとかあったっけ? 直近でさぁ」
「フフフフゥ~! あれあれぇ~? 三五、欲しているのぉ~? 特別な刺激を欲しているのぉ~?」
おもむろに立ち上がり、オレの座ってるソファーの周りをグルグルと回りだす湖宵!
何かいつもより増しでテンションが高い!
夏休みだからかなぁ?
「じ · つ · は! あるよおぉ! とぉ~っておきのビッグイベントっつ~ヤツがさぁ!」
このキラッキラした満面の笑みよ。
う~ん、ロクでも無い事企んでそうな予感。
「これを見ろおぉっ! 三五ぉぉ! 遂にいっ! 遂に手に入れたぁぁっ! “Q極TSカプセル” ゥゥ! 今から! これで! ボクは! 女の子になりっマース♪」
Q極TSカプセルだとおぉぉ! そ、そいつは狂った天才が造り出した、キセキのカプセル!
一錠飲めば、男が女に! 女が男に! たちどころにTSするという魔法の医薬品!
その気になるお値段はなんと……。
「って、バッカヤロwww それって一錠で20万円はするだろwww その金で旅行連れてけやアホwww」
「ナッハッハッハwww くつろいで待ってなwww モテない三五きゅんの前に、超絶美少女様が降☆臨すっからさぁ!」
「余計なお世話じゃアホww 早くしろよーっ!」
「いってぇきマース♪」
テケテケテッテーッ(SE)
意気揚々と部屋から出ていって、バタンとドアを閉める湖宵。
はぁ~! アイツ、ホンッと、バカだねぇ~っ!
まさか一時のウケ狙いのギャグの為に20万円も投資するとは……。
行動力のあるおバカ金持ちってヤツは本当に手が付けられね~な!
…………………………。
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? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
? ? ? ? ? ? んんんん~っっ ? ? ? ? ? ?
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
待て。待て待て待て! ちょぉ~っと待てよぉ?
あのカプセルって一回飲めば、一ヶ月はそのまま性別が変わりっぱなしになるんじゃなかったっけ?
いくらなんでも一発ギャグの為にそこまでするか?
そもそも単純に金を積めば手に入るってシロモノでも無かったハズだ。
専門の医師からトランスジェンダーであると診断された上で、その人の身体に合わせたカプセルが手間暇かけて処方される。
そのためQ極TSカプセルは、処方された本人以外の人間が服用しても一切効果が無い。
例えばネットオークションの様な人伝てによる方法では絶対に入手出来ないのだ。
つまり。湖宵は、オレの幼馴染みの繊月 湖宵は、本当にトランスジェンダーだった……?
いやいやいやいや! マジで寝耳に水なんだが!?
だってさぁ! だってさぁ! 湖宵とは小さな頃からずっと一緒に楽しく過ごして来たんだぞ!?
まさかこんなメガトン級の悩みを隠していたとは思わないだろうよ!? えぇ~っ!?
確かに湖宵はあれで繊細な所もあるし、気持ちを内に秘めがちな所もあるけどさぁ!
それにしたってこれは無いわ!
本気で大混乱に陥るオレ。
正直、湖宵に何て言って声を掛けてやるのが正解なのかが全くわからない。
湖宵は悩んでいたのだろうか。
苦しんでいたのだろうか。
オレと一緒に居る時にも笑顔の裏で辛い想いをしていた……?
いや、他のヤツと一緒に居る時は知らないが、少なくともオレと居る時の湖宵は自然な、心からの笑顔を浮かべていたハズだ。
ここで湖宵との思い出を振り返ってみよう。
● 中学校の林間キャンプ
「三五~っ! 沢ガニとか捕まえてきたよ~っ! クレソンとか食べられる野草も一杯! カレーに入れちゃおうよ! 全部!」
「迷惑千万w お前、飯テロやめーやw 他のヤツも食うんだぞw この小鍋に入るだけにしときなw」
● 合同家族旅行
「遊覧船に乗って、そよ風を感じながら食べる……バッタソフトw これマジでヤバいw 特にこの見た目w こーやってイナゴにクリームをつけてパクリw 美味しいw むふふふw 変な笑いが止まらないw」
「イナゴのことをわざわざバッタって呼び直してるのがヤベェよなあw 食えるもんなら食ってみろって熱いハートを感じるw 勇気を出して食うしかないw」
● 小さい頃のトラブル
「やーいやーい! 男のくせに女の格好してる!」
「おかしいねぇ~湖宵ちゃぁ~ん!」
「ちがうぅ……ボクが自分で着たんじゃないもん! マ、ママに着せられたんだもん……う、うえぇぇん!」
「湖宵をいじめんなあぁぁ~っっ! 叩きのめしてやるうぅ~っ!」
「「ウワーッ!!」」
「だ、だいじょうぶだよ、三五ちゃん。た、助けてくれてありがと。え、えへへ♪」
……うん。やっぱりどれだけ思い返してみても湖宵との楽しい思い出は、オレ達の笑顔は、絶対に本物だったと断言できる。
そうだな! 湖宵は湖宵だよ! 女の子になったからって何も変わんねぇよ! 平気平気!
とか何とか言いつつも湖宵を待つ間、クシで寝癖なんぞを直してみたり、じっとして居られずに主不在の広い広い部屋を歩き回ったりする落ち着きの無いオレであった。
気を紛らわすために出しっぱなしの雑誌を片付けてみたり、ベランダに出て湖宵の家の見事な庭園を眺めたりしてみる。
だが、いくら部屋をキレイにしてみても、美しく剪定された花壇や日の光を反射しキラキラ輝く噴水をどれだけ眺めてみても、オレの心は依然としてソワソワと浮き足立ったままだ。
時間の流れがひどく遅く感じる。
10分……いや30分? 1時間は経過しただろうか?
コンコンコンッ。
突然、湖宵の部屋のドアがノックされた。
「は、はい、どうぞ!」
自分の部屋だというのにわざわざノックをする湖宵と、声が上ずってしまうオレ。
調子が狂ってしまう。
そしてドアを開けて現れたのは、湖宵の宣言通りの超絶美少女様……。
いや、そんな表現では言い表せない程の飛びっ切りに美しい女の子だった。
「お、お待たせしました……」
「……!」
本当に、本当にこの美しい少女が湖宵なのか……?
草も生えない。
目の前の美少女から視線を外すことが出来ない。
湖宵は元々中性的な美少年であったが、165cmあった身長が10cmほど縮み、体つきも華奢になり、今や純度100%の女の子になっている。
髪の毛は肩にかかる程の長さに伸びている。
更に髪型は毛先をキレイに切り揃えたサラサラのストレートボブカットに整えられている。
キューティクルに浮かぶ天使の輪が美しい。
肌は白磁の様に白く瑞々しく、輝かんばかり。
手も小っちゃくて指が細くて……男のゴツゴツした手とは全然違う。
装いはシンプルなデザインの半袖ブラウスシャツと女性用のジーンズなのだが、それが逆に全体的なシルエットの女性らしさを強調させて……。
「あ、あ、あの……」
「っ! ご、ごめんっ!」
うわあぁぁ! 衝撃が先立ち、つい上から下までジロジロ眺めてしまっていたぁ!
別にいやらしい目で見ていた訳ではないが、あまりにも不躾であると言わざるを得ない。
頬を赤く染め恥じらう、美しいレディ……もしもこの御方の桜色の唇から嫌悪の言葉を浴びせられたら、もはや割腹して果てるしかない。
中身が湖宵であると分かっていてもだ。
「い、いえ……」
「キ、キミが……キミが湖宵……なのかい?」
キモッ! オレの口調と声色キモォッ!
なのかい? じゃねーよ! どうしたよオイ!
「は、はいいっ、はいっ! わ、わたし? ボ、ボク? こよいですっ。さ、さささ……三五さんっ!」
微笑んだ湖宵……こよいが嬉しそうにオレの名前を呼ぶ……。
それだけの、いつもの事のはずなのに、かつて感じたことの無い喜びが胸の中で爆発し、オレの全身の血を沸騰させるかの様に過熱させていた。
って落ち着け! 落ち着け落ち着けぇ! どうしちまったんだオレはぁぁ!
相手は元男だぞぉぉ! 親友だ! 残念な親友だ!
でもカワイイ! カワイイィ!
ああ、オレのバカ! バカ! ホモ!
ええいもう! 調子が狂う! こよいもこよいで、何でこんなにしおらしいんだ!? いつものハイテンションはどうした!? 何故敬語で話す!? 何故オレにさん付けをするんだ!?
カワイイカワイイこよいchanに、三五と呼んでもらいたい! 親しく話し掛けて欲しい!
「こよい? どうして敬語で話すの? 寂しいな。いつもみたいに三五って呼んでもらいたいな」
誰だよテメー!
と自問するぐらい自分が気持ち悪い!
「はうぅっ! あ、ああのあの。わ、わたし? ボ、ボク? え、えっと……ど、どうやって話したら良いのか分からなくて……。男口調で話せば良いのか、女口調で話せば良いのか……もし三五さ、さ、さささ……」
ここでこよいが口ごもる。そしてプルプルと震えながらも、言葉を絞り出した。
「さんごっ! はあぁっ、三五……に気持ち悪いって思われてしまったら……わたしは、ボクは、どうしたらいいか分からないからっ! だからっ!」
大丈夫。
今のオレの方が100億倍は気持ち悪いから。
でもヤバい。女の子になったこよいのカワイイ声で、名前を呼び捨てにされるのヤバいっ!
歓っ喜イィィィ!!
理屈じゃなく脳髄が歓喜の雄叫びを上げているぅ!
こんなに素晴らしい美少女の顔を曇らせたままではいられない。
不安を取り除いて差し上げなければ。
そして笑わせて差し上げなければならない!
他でもないこのオレが!
男の本能ってヤツがオレに芽生えた瞬間だ。
オレは一歩近づいてこよいの瞳を見つめながら断言する。
「オレがこよいを嫌いになるなんて、絶対に有り得ないよ! どんな話し方のこよいでも気持ち悪いなんて思ったりしないよ!」
オレのベストアンサーによって、こよいの不安は吹っ飛び笑顔になる……ハズだったのに、あれ?
何だかぽかんとした顔をしている…………と思ったらボボンと火が着いたみたいに赤面したァァ!?
「ふくぅああぁぁ!! きゃきゃきゃきゃきゃ……きゃっこゥィ~~っ!!」
奇声を発するこよい!
「どっ、どうしたの!? オレが顔を近づけたのが嫌だったの!?」
「ち、違うっ! そんな事、絶対絶対ないぃっ!」
オレからの問い掛けに、ブンブン首を振って否定するこよい。
「それじゃあどうしたの?」
「そ、それはぁぁっ! さ、さんごサンがぁぁっ、すっごくぅぅっ」
「オレが? すっごく?」
「きゃあああぁぁぁ~~っこおおぉぉぉイイィィのおォォオ~~ッッ!!」
わかんね~っ!
しかも呼び方がさん付けに戻ってるし!
でも赤面しながらバタバタ大騒ぎをする美少女を見て、オレは実感した。
この娘はやっぱり湖宵なんだなぁ……。
オレ達が落ち着くまで少しの時間がかかった。
こよいがこほんと一つ咳払いをしてその美しい顔をキリリと引き締めると、場の空気にもピリリと緊張感が漂う。
こよいが、Q極TSした理由を語り始めた。