第26話 高波 三五は繊月 こよいを守る
悔しい……! 悔しい……! 悔しいっ……!
獣共をみすみす取り逃がしてしまった……!
「ハァァーッ! ハァーッ! ハァァーッ!」
自分でも感情の制御が利かない。オレには怒りにうち震えながら、荒い息を吐く事しか出来なかった。
ブロロロロロロ……!
ヤツ等の車のエンジン音が聞こえる……! まんまと逃げおおせやがったんだ……!
「クッッソオォォーッッ!」
何て事だっ! ゴミクズ共の息の根を止め損なった……! あとちょっとだったのに……!
…………………………。
……………………………………………………?
いや、ちょっと待て? 「息の根を止める」?
サーッと血の気が引くのが自覚出来た。
何だその発想!? マジでそこまで殺るつもりだったのか!? 怖っ!
オレ、完ッッ全に発狂してた!
逆上した自分の発想に自分でドン引きして一周回って冷静になったわ……。
いや、違うよねオレ?
「身動きを取れなくして警察に突き出せない」 のが残念だったんだよね? そうだよね? うんうん、間違いない。
「あいって……! 痛ってえ!」
落ち着いてきたら、身体のあっちゃこっちゃが痛くなってきた。
唇から血ィ出てるし、歯はガッタガタ。全身の筋肉がミシミシいってる。特に太腿から下がヤバい。
あと不思議なのが、右手の親指の付け根が赤く腫れている事。何かにぶつけたみたいにジンジンと痛む。何故? ヤツ等には特に何もさせなかったハズだぞ?
疲労感もズンとのし掛かってきているし、本当に紙一重だったんだな。
特に大柄男がブッ壊れたスニーカーを履くなんて大マヌケをやらかしていなかったら、もっと泥沼の喧嘩になっていたのは間違いない。事と次第によっては、死傷者すら出ていたかもしれない。
ヤツ等が逃げてくれたのは良かったんだ。悔しがる事じゃない。
車のナンバーもバッチリ覚えているし、通報すればヤツ等は終わりだ。
とはいえ、オレはオレでヤツ等に対して暴力を振るってしまっている。特にスタンガン ・ 熊撃退スプレーを積極的に使用して、だ。
大柄男への踏みつけで骨折させた可能性、小男へのスプレー噴射で後遺症を残した可能性は否めない。過剰防衛と言われてしまえば、ちょっと否定しにくい。
歴とした犯罪……だよな。留置場とかにブチ込まれたりする? 停学とか? 下手すりゃ退学まで有り得る? 有り得ない? 色々と考えてしまうな……。
いや、だがしかし。
オレは背中を振り返る。
「はぁぁっ ふぅぅっ さ、さんご……?」
全身の力が抜けてしまったこよいがオレを見上げている。
その表情はもう絶望に塗れてはいない。
凍える程冷たい涙は今、彼女の目元をキラキラと輝かせている。
そうだ。
オレは指一本触れさせる事なく、ヤツ等の魔の手からこよいを守りきった。
神様に感謝したい程のベストエンディング。
これ以上に望む事なんて何もない。
もしもオレのした事が罪に問われるならば潔く……。
いやまあ、この件は100%ヤツ等が悪いのでゴネるが。ゴネにゴネた上でそれでも尚、罪に問われるならば。オレは潔く (?) 罰を受け入れようと思う。
それで良いじゃないか。
オレには一片の後悔も無い。だってこよいを、大切な女の子を守り抜けたんだから。達成感を感じるし誇らしくさえある。
さあ、いつまでもこんな所に居ないで秘密の場所へ向かって身を隠そう。
「こよい、ホラ抱っこしてあげるから秘密の場所へ行こう?」
「う、うん……さんごぉ……だっこぉっ」
何だか幼児返りしちゃってるこよいがカワイイ。
正直倦怠感で身体が重いが、力を振り絞ってこよいをお姫様抱っこする。
ヤツ等が戻ってくる可能性も万が一ないとは言い切れない。
こよいにハンディライトを持ってもらって急いで移動する。
林をグルグル回ったり坂を登ったり降りたりして、やっと目的地の秘密の崖へと辿り着いた。これで一安心。
オレは地面に手拭いを敷き、その上にどっかりと座り込んで一息吐く。
こよいはそのオレのヒザの上に黙ってチョコンと座った。カワイイ。
さて、スマホで大人に連絡して指示を仰ごうか。
本来なら警察に連絡すべきだが、オレがこんな時に頼りにしてしまうのはスーパーお手伝いさんであり姉代わりの彩戸さんしか居ない。
迷わず彩戸さんにコール。
「もしもし? 彩戸さんですか?」
『あら、三五ちゃん? かしこまっちゃってどうしたの?』
「実は……」
オレは彩戸さんに起こったことを洗いざらい話した。
四人の男達に襲われたこと。四人の男達の人相風体。車のナンバー。脱色男が夏祭りの警備員をしていたらしいこと。
そしてオレは男達に暴力を振るって追い払ったと、正直に彩戸さんにゲロった。
言いにくかったけれど彩戸さんには嘘が吐けないから。
『そうだったの……それにしても車のナンバーや犯人達の特徴、よくそんなに詳しく覚えられたわね?』
「うん、覚えたっていうか……記憶に焼き付いちゃったっていうか……」
ヤツ等の車のナンバープレートに跳ねた泥の染みの形さえ覚えている。しばらくは夢にも出てくるかもしれない。
『大変だったのね……。大丈夫よっ! そのお陰で犯人はすぐに捕まるわ』
「あのー、それで彩戸さん。オレはどうすればいいかな?」
やっぱり警察に出頭して事情聴取かな? 今からだとしんどいなあ。
『私が今から迎えに行くから花火でも楽しんで良い子で待っててね』
「え、そんなんでいいの?」
オレってば事件の参考人ってヤツなのでは……?
『いーのいーの。色々手配してからになるから少し遅れるけど……それまでお嬢ちゃまの側に居て優しくしてあげてね? じゃーね』
電話が切れた。う、うーん。ま、まあ彩戸さんがそう言うなら花火でも見てようかな?
ドドーン ドーン ドーンッ パラパラパラッ。
ってゆーか彩戸さんと電話している間に花火始まっちゃってるし。
「どおん どおん ぱらぱら~」
オレのヒザの上のこよいも何だかぽかあんとした表情で花火を見ている。
あーあ。本当だったら良い雰囲気になって告白して、恋人同士になったこよいと花火を見る予定だったのにな。それどころじゃなくなっちゃったよ。
いや、でも文句を言うのは良くないな。
だって……。
「こよいが無事で良かった……」
それに尽きる。
これ以上を望むのは贅沢というものだ。
こよいを優しく抱き締めて、腕の中に最愛の人がいる喜びを噛み締める。
ってこよい? こよいの様子がおかしい?
「はぁっ……はぁぁっ……さんごぉぉっ」
こよいの顔が赤い……というより、こよいの身体全体が急に燃える様に熱くなってきた!?
「こよい? どうしたの? 具合でも……」
「さんごぉぉっ!」
こよいからの熱い、熱すぎる抱擁。こよいの身体の全てがオレの胸に預けられ細い腕が強く絡み付き、絶対に離さないという想いが伝わってくる。
こよいの熱く潤む瞳がオレの瞳を覗く。
その表情は先程までの無垢であどけないものとは打って変わって切なげで悩ましげで、オンナを感じさせるものだった。
彼女から匂い立つ色気が暴力的なまでにオレに訴えてくる。
「もう……もう我慢できない……っ、ハァ、三五ぉぉ……っ頂戴……っ」
貴方が欲しい、と。




