第25話 高波 三五 根元的な怒り
※暴力描写があります。お気をつけ下さい。
時間の流れが酷くゆっくりに感じる。
スローモーションでオレに迫ってくる野卑で野太い腕。
捕まったら、逃れられない。
掴まれたら、終わる。
オレが終わったら、こよいはどうなる?
四人の男達に寄って集って慰みものにされる?
ヤツ等は車を持っている。連れ去られる可能性は? 何度も何度も玩具の様に、奴隷の様に、扱われてしまう?
殺されてしまう可能性は? この場で殺されなくても、連れ去られてしまったらいずれは……?
命が助かったとしても、心の傷は? 消えない心的外傷が一生残り続ける? もう二度とこよいが笑わない? 自分を傷つけて、自殺してしまう可能性は?
ブチッと何かが切れる音がして、オレの脳裏が真っ赤に染まる。
可能性のどれ一つを取っても、絶対に絶対に許せない……!
許せない! 許さない! 許さないのなら……!
オレは浴衣の帯に手を滑らせて、仕込んでいたあるモノを取り出す。
ソレは彩戸さんから預かっていたモノ。
迫ってくる大柄男の腕にソレを接触させて、スイッチを入れる。
バヂバヂバヂィィッ!
ぬばたまの闇夜に火花が爆ぜる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッハァァァーッ! ァッグァァ! ァァアアーッ!」
スタンガン。
それも繊月家のお手伝いさんである彩戸さんが厳選した、本気の対暴漢制圧仕様。
大柄男の腕に捩じ込む様に当て続け、通電スイッチを入れ続ける。
彩戸さんからはまずスパークを見せて威嚇する様に、と教わっている。
だがこの期に及んでは威嚇どころじゃない。確実に仕留めきってみせる!
「アーッ ガ……アアッ! アアアァー!……ガッハァー……」
大柄男は崩れ落ち、動かない身体を何とか丸めようと足掻いている。
スタンガンを喰らう事なんてそうそう無いだろう? 未知の痛撃に相当混乱しているみたいだな。だがお前にはもっと痛い目に遭ってもらう……!
歯を思い切り食い縛り、腿を大きく上げ、足元の大柄男を目掛けて踵を落とす!
全体重をかけて、何度も! 何度も! 踏んで、踏んで、踏み抜きまくってやる!
「ンンンンンン~ッ!」
「アッギァ! ギァッ! ギァァァァァッ!」
踏む! 踏む! 踏む! 踏む! 踏む! とにかく踏みごたえの柔らかい所を狙って踏みまくる! クソッ! 雪駄じゃなく鉄下駄でも履いてくるんだった!
パッキィィィィィン!
ぃ良し!
乾いた木の枝が砕ける様な良い感触だ! この調子でヤツの喉笛目掛けて思いっ……切り体重をかけた踵を……!
「危っねぇぇ!」
「集中ぅぅ!」
ドーン! と踏み抜こうとしたところで、脱色男と髭面男が大柄男を引っ張って助け出した。
「バ、馬鹿野郎っ! オレ達が止めなかったら最悪死んでたぞっ! わかってんのか!」
「ゲェェェェッホ! ゲェッ! ゲェェェーッ!」
「ヒィィィ~ッ!」
最悪? 最悪だと?
「クズ共が死ぬことの何が最悪なんだバカヤロウ! ア゛ア゛ッ!?」
最悪とは、こよいが乱暴されて心身を深く傷つけられること。それ以外は些事に過ぎない。お前等がそこまでオレを追い詰めたんだ……!
「ヤベーよ! アイツの目、完全に据わってる! やっぱり格闘技やってるんだ!」
腰が引けている脱色男。
格闘技なんてやってねーっつってんだろボケが。
だが今のオレはお前等を殺傷することに何の躊躇いも持たないがな……!
「ヒィィィッ! ヒィィィッ!」
小男は大柄男への踏みつけにビビって腰を抜かし、その場に尻餅をついている。
「集中……集中ゥ……!」
髭面男だけがオレからスタンガンを取り上げようと、意識をこちらに向けていた。
まずこの髭面男を対処するべきだと思うだろう? 違うんだな。オレが狙うのは、尻餅をついている小男。
唯一コイツだけは高一のオレよりも体格が劣っているし、性格も臆病だ。
弱い者を大勢で囲んでどうこうしようなんて輩の中には、何故だか必ずこの小男の様な出来損ないが居る。
多対一ではまずこの様な男を潰すのがセオリー。
オレはイジメの事件が話題に挙がる度に不思議に思っていた。何故イジメが無くならない? イジメを無くすなんて簡単なのに。イジメっ子の中に居る出来損ないを無惨な方法で徹底的にブチ殺してしまえば良いだけなのだから。
オレは浴衣の帯に隠していた、もう一つの秘密兵器を取り出す。
「な、何だそれは!」
「ア? 催涙スプレーも知らねえのか。無知蒙昧な輩が」
オレの取り出した真っ赤なスプレー缶には熊の絵が描かれている。
そう、対人じゃなく対害獣 ・ 熊撃退用の特別製だ。
彩戸さんが半ばジョークで用意したシロモノで、これも威嚇に使うようにと教わっている。どうしても使うなら少量にしておくように、とも。
だがオレはスプレーの安全弁を躊躇無く外し、小男の顔面目掛けてノズルを全開にする!
失明するかも? 知らねーな。
ブッッシュウウウゥゥ~~ッッ!
凶悪な深紅の噴煙が、小男の顔面に叩きつけられる!
目を閉じても、手で押さえても、無駄無駄。
そんな程度じゃ防ぎようがないぜ。
「ピッギャアアアア~ッ! ピギャアアア! ピギャァァァ~ッ!」
醜悪な悲鳴を上げてみっともなくのたうち回る小男。
ハハハ! イイぞ。とてもイイ。この無様な姿を待っていた。
もっと悲鳴を上げさせる為、落ちている石を拾って執拗に小男に投げつける!
「ア゛ア゛ア゛ーッ! ヤメテェーッ! ユルシテェーッ! イタイ! 痛いいーッ!」
これこれ! この悲鳴が欲しかった!
「あ、ああ……」
「集……ちゅう……?」
ホーラな。脱色男と髭面男がドン引きして、青い顔してやがるだろ? これがイジメを無くす平和的な方法ってヤツさ。
だがヤツ等のやる気がなくなったところで、このオレは許さない。 絶対に手を出してはいけない相手に手を出した報いを受けさせてやる。
脱色男と髭面男をジロリ、と睨む。
「ヒッ……! に、逃げるぞぉぉ~ッ! お前そっちの腕持てっ!」
「キレたぁっ! オレの集中キレちまったぁッ!」
脱色男と髭面男は倒れている大柄男の腕を掴み、引きずって逃げ出した!
信じられない速さと勢いだ!
「なっ……!」
殺る気だったオレは、完全に意表を突かれてしまった。
「ピィィィーッ! 置いていかないでぇぇっ! 殺されるぅぅーっ!」
小男も見当違いの方向に滅茶苦茶に走り出して、あっという間に暗闇の中に消えてしまった。
「なっ……! なっ……! なぁっ……!」
こよいから離れられないオレは、それを見逃す事しか出来ない……!
「ツラ覚えたからなぁぁっ! 次現れたら親兄弟諸共、皆殺しにしてやるゥぅぅッッ!」
行き場の無い激怒がそのまま咆哮となり、暗闇の林に響き渡る。
「「「ウ、ウワァァーッ!」」」
手の届かない闇の向こうから、男達の悲鳴が届いてきた。




