第22話 高波 三五 不穏を見落とした
「……」
「……」
手を繋いで行き交う人々の間を縫う様に歩くオレ達の空気に若干の緊張感が加わる。
予告していた告白タイムが刻一刻と近づいているのだから当然だ。
こよいを見つめてみる。ピリッと緊張しているものの瞳は熱く潤み、頬は染まって、そこはかとない色気を醸し出している。
胸が騒がしくなってきたオレは周りにウロウロと視線をさまよわせた。
すると、あんず飴の屋台が目に留まった。
ちょうど良い。少し間があることだし、あんず飴でも食べようか。
「こよい、あんず飴どう?」
「うん、食べたいです」
少ない言葉数。
でもオレ達の空気は悪くなった訳じゃない。
逆に甘く密なものになった為、言葉を交わすだけでも胸が苦しくなってしまうのだ。
「あんず飴下さい、スモモのヤツ」
「ウチとこのスモモちゃん、酸っぱみが深いけどヘーキ?」
「はァ? どゆ意味ッスか?」
「あんね? 酸っぱみがね? 深ーいの」
わっかんね。
「大丈夫っス。二つ下さい」
「りょ☆ はいスモモちゃん二つ~」
あんず飴屋の姉ちゃんにお代金を払ってあんず飴を二つ受け取る。
モナカの受け皿に冷たい水飴がた~っぷり。
真ん中には棒が刺さったスモモちゃんがデンとのっかっていた。
「わ、甘そうだね。はい、こよい」
「ありがとう、三五さん」
あんず飴を何気なくパクリ。
「んっ! コレ、酸っっぱい!」
酸っぱみが深いって酸っぺぇって事かよ! 普通にそう言えよ!
「んん~っ!」 (>×<)
こよいが酸っぱぁ~い (>×<) って顔してる!
酸っぱぁ~い (>×<) って!
そのお顔があまりにも可愛らしくて、オレは思わず笑ってしまった。
「ふふっ、こよい。大丈夫? 食べ切れそう?」
「くすくすっ、はいっ。酸っぱいけど美味しいですね」
こうしてこよいと笑いあってるだけでも胸が熱くなり、きゅ~っと苦しくなる。
こんな時には酸っぱいあんず飴をかじりたくなる。パクリ。
あ~っ、やっぱり酸っっぱいっっ! 唾液がめっちゃ出てくる。
でもこの酸っぱいあんず飴は今は逆にちょうど良いかも。
こんなに酸っぱいものを食べたら喉がヒリヒリに渇いて告白の言葉がつっかえてしまう、なんて事にはならないだろう。
そんな事になったらカッコ悪いもんね。
告白の前には、あんず飴。これマメ知識ね。
どんなにチマチマ食べても、小さなあんず飴。
そんなに時間がかからずに食べ終わってしまう。
食べ終わってしまったらいよいよ告白タイムだ。
実はこの期に及んでも、未だにオレは告白の為の言葉を思い付いていなかったりする。
だけどもう焦ってもいないし、不安にもなっていない。
それはオレとこよいの間に漂う、空気 ・ 雰囲気のお陰だろう。
甘酸っぱくて気恥ずかしくなる空気。
人混み中にあってもお互いの事にしか目がいかない雰囲気。
これらの正体は俗に言う 「ムードのある空気」 「良い雰囲気」 と呼ばれるものに違いない。
オレが探していたのはきっと言葉じゃなくて、この雰囲気だったんだ。
お互いの姿しか目に入らない二人の世界の中で。
今ならきっとオレの気持ちの全てを伝えられる。
「そろそろ……」
「……う、うんっ」
日もとっぷりと暮れ、きっと花火も打ち上げの時を今か今かと待っている事だろう。
オレはこよいの手を引き二人きりになれる場所へと誘う。
オレにはこよいしか。こよいにはオレしか。もう見えていない。
一刻も早くこの雑然とした人混みから離れ、二人だけしか居ない空間を作りたい。
それしか頭にないオレは、オレ達を注視する怪しい視線を見落としてしまっていたのだった。
その事に今だ気付かず、向かうのはオレ達二人の思い出の場所。
夏祭り会場の裏手にある暗い林を抜けた先にある小高い崖だ。
そこでオレとこよいは毎年二人でダベりながら花火見物をしているのだ。
やはり告白といえば二人の思い出の場所でする以外にはないだろう。
あまりにもベタだがそれが良い。
言外に 「今から告白します」 と宣言しているも同然のオレ。その緊張はピークに達した。
こよいも同じ様に緊張している様で、オレの手を握る力を強めたり弱めたりと落ち着かない様子。
今日を境に、オレ達は幼馴染みという関係の先に進むことになる。
そんな大きな変化を前にしているのだから当然といえよう。
でもこよいの手は暖かくって柔らかい。
ずっとずっとオレの告白を待ち望んでくれていて、希望に満ち溢れている。
そんな感情が繋いだ手から伝わってくる。
そのことでオレの緊張は少し和らぎ、ちょっと余裕が出てくる。
すると急にオレとこよいの繋いだ手の手首でキラキラ輝くサイリウムブレスレットが可笑しく感じられてしまう。
「ふふふっ」
「? あら……うふふふっ」
こよいも暗闇で明るく光る、ハシャいだ印象のサイリウムブレスを見て笑い声を立てる。
この局面で緊張を解してくれるなんて、こよいには良いものをプレゼントしてもらっちゃったな。
サイリウムブレスの光を楽しみながら少し歩くと、真っ暗な林の入り口に着いた。
「三五さん、コレ使って下さい」
「ありがとう、こよい」
こよいが可愛い巾着から取り出して渡してくれたのは、小型だけど高性能なLEDハンディライト。
流石にサイリウムブレスの明かりだけで暗闇を進む訳にはいかないからね。
ハンディライトのスイッチを点けた、その時。
ブロロロロロロ…………!
ハイビームを点けていないワンボックスカーが落ちている木の枝をバキバキ砕き折りながら、突然現れた。そしてオレとこよいの歩いてきた道を塞ぐようにして停車した。
バタンと大きな音を立ててドアが開かれ、一人の男が降りてきた。
「ヘヘ……オイお前、良い女連れてんじゃねぇかよ、ええ?」




