第20話 高波 三五 わたあめ詰まってんぜ?
ライブイベントとはいっても参加者はほぼ素人さん達だ。
オレ達とそう年齢の変わらない学生バンドもちらほらと見られる。
なので観客の数はそこそこといったところ。
押し合いへし合いをする程には居ない。
こよいと二人でゆったりと余裕をもって観ることが出来そうだ。
♪ ~ ♪ ~ ♪ ~ ♪ ~ ♪
ライブが始まり曲が流れ出す。何だか聴いた事のあるメロディだ。
流石に夏祭りの大勢の前でオリジナルソングを歌うバンドはなかなか居ないみたいだ。
その曲のほとんどはJ-POPの有名な曲ばかり。
それも夏の恋をテーマにした、いわゆる定番ソングというヤツだ。
普通に学生生活を送っていたら、きっと何度も耳にする例のアレ。
もちろんオレとこよいも聴き飽きるくらいに聴いている。
でもね、その歌が何だか妙にオレの心に刺さるんだ。
「君が好き」
「君に逢いたい」
「いつまでも側に」
「一緒に歩こう」
「幸せになろう」
月並みでありふれたフレーズの羅列。
こよいに恋をするまで何とも思わなかったその言葉の数々が、ズンと胸にクルのだ。
こんなにも愛の言葉が溢れている国、日本。
オレはこの国に、この時代に。
こよいと一緒に生まれて来ることが出来て本当に良かった。
世界の全てに感謝を……ってヤベェ。何ポエってんだオレは。考え気持ち悪っ。
思考回路にわたあめ詰まってんなコリャ。
そう思いはするんだが、胸から沸き上がる感動は止められないんだなコレが。
「♪ ~ ♪ ~ ♪」
こよいも熱心に歌を聴いて自然と歌を口ずさんでいる。
何て美しい声だろう。耳が幸せだ。
手を繋いで歌に耳を澄ませるオレ達。
その間にある空気がまたしても盛り上がり始めたのを、オレは肌で感じていた。
オレに流れている血液がゆらゆら揺れている様な独特なもどかしさ。
もっと言えば、気持ちが身体の奥からせり上がってくる感じかな?
「はい、あ~ん♡」
そして時々こよいが思い出した様にハートのわたあめをあ~んしてくる。
血液の揺らぎがじわじわ~っと大きくなっていくのが自覚できる。
心なしか指先もピリピリと痺れてきた。
「あ、あ~ん」
パクリ。
相っ変わらず甘~いな、コレ~。本当に普通のわたあめか? 着色料に変なモン使ってないよね?
あ~本ッ当に甘い。
いっそのこと、歯磨きしてしまいたい。
……でも、この甘さをいつまでも噛み締めていたい。そんな気持ちも正直ほんの少しある。
自分の気持ちだというのに整合性が取れない。
モヤモヤしていると、こよいが瞳をキラキラ輝かせながらオレの顔を覗いてくる。
「わたあめ食べたいな♡ 食べたいな♡」 と口ほどに語るその視線。
言いなりのオレはわたあめを持っているこよいの手を握って口元へと運んであげる。
「はいこよい、あ~んして」
「あ~ん♡ ん~♡ あンまァ~い♡」
こよいはチマチマ~っとわたあめをかじる。
何度でも何度でもあ~んして欲しいって事だよね、こよい~。
例のアレが何曲も何曲も流れた頃にようやくオレとこよいは一つのわたあめを食べきった。
そしてその時にはもうオレとこよいの甘い空気は最高潮に達していた。
その空気の中に居るだけで、地味に血の巡りが速くなり頭がぽ~っとしてくる。
お互いの事を想うだけでその症状は更に進行してしまう。
それなのにお互いの視線はお互いの姿をガッチリ捉えて、逃すことを許さない。
心の中に渦巻き、熟成 ・ 発酵しきったこの想いを今こそ伝えたいっ!
「こよい……」
「は、はいっ」
こよいに向き合い、一度目を閉じて深く深呼吸。
覚悟を決めてキッと目を見開く。
オレの目に映るのは不思議そうな顔をした、愛しのこよい。
……と、楽しそうに行き交う夏祭りのお客さん達。
オレの耳にはワイワイガヤガヤと喧騒も届いてきた。
危ねぇぇっ! またバカやるところだった!
こんなに人がごった返している所で告白なんか出来るか!
そんなのテロだろ、最早。何が 「今こそ」 だ。全然 「今」 じゃね~よアホ。
いや~、思考回路のみならず目と耳にもわたあめが詰まっていたみたいだな。
「三五さん?」
「いや、えっと。もうそろそろ盆踊りの時間だと思ってさ。ヤグラまで行こうか、こよい」
「はいっ三五さんっ。楽しみましょうね♪」
オレはまだまだこのわたあめよりも甘ったる~くて、モヤモヤ~な空気の中で恋焦がれていなければいけないみたいだ。
かくなる上は盆踊りを踊って少しでも発散するしかないな。




