あなざ~彩戸すと~り~ ⑧ お姉さんの夢を見る アンルート
『三五さん! 私、ドーパミンが分泌しなくなりました! なので突然ですがお別れです! 今日は最後のご挨拶に参りました!』
『えっ!? ア、アンさん!? お別れって!? 何で!?』
『親元に……華の N . Y . C に帰るのです! あの大都市でなら、きっと私の運命の人に出逢えるハズです!』
『そ、そんな! オ、オレのことはもう良いの!?』
『ハイ。だって三五さんは普通の男の子じゃないですか。選べるのならハイスペックイケメンを選びたいですもの』
ズガガガガガガ~ン!
『それではさようなら、三五さん』
タタタタタ~ッ!
グウの音も出ないオレを一度も振り返ることなく、アンさんは駆けていく。
新しい恋を目指すその足取りには一切の迷いが無い。
『フン、やっぱりあのコは高波家の嫁には相応しくなかったわね』
『悪女が居なくなってせ~せ~した。ホラ行こ、三五』
メイおねえさんと湖宵が両側からオレを引っ張り、アンさんとの距離はますます離れていく。
遂にはその姿が完全に見えなくなって……。
「ア、アンさぁぁ~んっ!」
ガバッ!
オレは叫び声を上げながらベッドから飛び起きた。
「ハァ……ハァ……! ゆ、夢……!?」
冷たい汗がパジャマをグッショリ濡らしている。
「い、いやいや、あんなの本物のアンさんなワケないじゃん。あんな酷いこと、絶対に言わない人だよ。ハハ、ハハハハ……」
あまりにも生々しい夢だった。
ジットリとした不安感を拭い去る為に、ワザワザ声を出して夢の内容を否定した。
そう、確かにアンさんはオレを傷付けるようなやり方で別れを告げたりはしないだろう。
だけど展開としては現実でも起こり得るんじゃないだろうか?
むしろアンさんの心がオレから離れるのは望むところだったハズだ。
オレはアンさんに何もしてあげられない。
向けられる熱い想いにただ戸惑うことしか出来ないんだから。
それなのに何だろう、この言い知れない不安は。恐怖感は。胸にポッカリ穴が空いたような喪失感は。
頭をブンブン振ってモヤモヤする思考を追い出す。
嫌~な汗を熱いシャワーで洗い流してしまおう。
気持ち的にはそのままフテ寝してしまいたいところだが、学校があるからそうもいかない。
身支度を整えて、朝ご飯を食べたら玄関を出る。
ガチャリ。
「おはようございま~す♡ 今日も素晴らしい朝ですネ、三五さん♡」
当然のようにそこに居るアンさん。
「おはよう。ファンの女の子かな? 出待ちしてたの?」
「そうでぇ~す♡ 握手してくださ~い♡ キャッキャ♡」
差し出された白い手をキュッと握る。
指が細くて柔らかくてスベスベだ。
でも何だか俄にシットリしてきたんだが。
「今、ど~ぱ出てる?」
「メッッチャ出てましゅぅぅ~♡ あヒィィ~ッ♡ き、きもちぃぃ~♡」
そっかそっか。ど~ぱ出てるのか。
「待ちなっさ~い! って、コラ! 三五ちゃん、悪女で遊んでニヤニヤしてるんじゃありません!」
「ウフフフ♡ キャハハハッ♡ 勝ちでぇぇす♡ メイ、湖宵さん! 今日は私の勝ちですよっ♡ 三五さんにぃ♡ 握手してもらっちゃったもぉぉん♡」
「キ~ッ! 悔し~! これでも喰らえ! ハリセンアタ~ック!」
パシパシ~ン!
「キャハハァ♡ そんなのマジで全く効きませんよ、湖宵さぁん! ぜ~んぜん痛くも痒くも……アレ!? じゃあこれって夢!? そんなのイヤ~ン! ちょっと湖宵さん、もっと強く叩いてくださいよ!」
「望むところだ~っ!」
パシパシパシン! パシパシィ~ン!
「あ~も~、悪女の手汗でお手々ビッチャビチャじゃないの。お姉ちゃんがフキフキしてあげる」
アンさんと湖宵がキャイキャイじゃれ合ってて、メイおねえさんがオレの手をハンカチで丁寧に拭いてくれる。
すっかり見慣れた光景だ。
ホッと一安心するオレがいる。
そんなオレを疑問に思うオレがいる。
オレは一体どうしたいんだ?
ホントはアンさんとどうなりたい?
アンさんの気持ちもわからないけど……今はそれ以上に自分自身がわからない。
そしてその疑問は日を追う毎に深まっていく。
何故ならあの夢を見てからのオレは以前にも増して、いや、以前とは比較にならないくらいガムシャラに勉強や運動に打ち込むようになっていったからだ。
定期テストでは一点でも多くの点を取れるように。
スポーツでは誰よりも活躍出来るように。
トレーニングでは一日でも早くカッコ良い理想の体型になれるように。
湖宵とメイおねえさんがビックリするくらいのスピードでメキメキと実力を伸ばしていった。
オマケにオシャレ雑誌を定期購読。
恥も外聞もなく 「モテ」 に関する情報を集めまくり、実践しまくっていった。
「普通の男の子」 のままではいられない。
超絶ハイスペックイケメンとやらに一歩でも近付いてやる!
その一念で毎日毎日クタクタになるまで必死に頑張り抜いた。
月日は流れ……。
「三五ちゃん、最近ちょ~頑張ってるわね♪ 偉い偉い♪」
「ねえ聞いてよ~! この前、他のクラスの女子達に 「高波君のこと教えて」 って聞かれちゃった~! か~っ! 見る目あるわ~! 正しい見識と審美眼をお持ちだわ~!」
メイおねえさんと湖宵はオレの努力の成果を手放しで褒め称えてくれる。
それが後ろめたくて仕方がない。
だってオレは……。
「さ、三五しゃぁぁ~ん♡ ま、前にも増してキラキラ輝いてまっしゅぅぅ~♡ 天国ですっ♡ 三五さんが光臨するこの時この場所がっ♡ 天国だったんですっぬぇぇ~♡」
コレだ。
オレはコレの為に……アンさんにチヤホヤされる為 だ け に 今まで頑張ってきたんだ。
意 味 わ か ら ん だ ろ?
何がしてえんだホントにオレは!
それに何の意味がある!?
オレはアンさんと突っ込んだ関係にはなれねえんだって結論を出しただろ~が!
だったら気を引くようなマネをしちゃダメだろ!?
アンさんとは一定の距離を置くべきだ……! と、頭では、理屈ではわかっているんだがっ!
あ、あの夢が、アンさんがオレから興味を失くすあの夢が、脳裏にチラつくんだよ。
その度にそんなのイヤだ、オレだってカッコ良くなってやる! って気持ちが湧いてきて勝手に身体を動かすんだよ……!
恥ずかしいことに、その気持ちはマジのガチのガチで本物だ。
人間というものは自分に必要の無い能力は決して身に着かないように出来ている。
エネルギーの無駄遣いを防ぐ為だ。
必死こいて努力しまくったら成果が出ちゃった。
その事実が示す真実はただ一つ。
アンさんにチヤホヤされなくなる、オレの側から離れてしまう、それらはオレにとって死活問題であるということだ。
何でだよ! 我ながらワケわからん!
今のアンさんの姿を見てご覧よ。
お手製の三五グッズ (ハチマキ ・ ハッピ ・ ウチワ : 自作イラスト付き) に身を包み、ハイテンションでサイリウムとウチワを振り回しまくっている。
オレの意味不明な頑張りのせいでこんなんなっちまってるんだぜ?
だのにオレときたら気を良くしちゃって、アンさんに愛想を振り撒いてしまう。
いけないことだと知りながら。
「あぁぁっ♡ 今、三五さんが私に笑顔をっ♡ あぁぁっ♡ 手ぇぇ!? 手まで振ってくれて……!? ア゛ア゛ア゛ッ! 撮りたいぃ! 動画にして無限リピートしたいぃぃ!」
オレのやっていることは実らない恋の火に油を注ぐようなもの。
ただひたすらに残酷だし、あり得んくらい悪趣味だ。
なのに、それなのに。
アンさんがど~ぱをどぱどぱ分泌してオレにメロメロになってるんだ、って実感すると凄い充実感がある。喜びが溢れてしまう。
オ、オレってこんな人間だったの?
こんな無責任かつ自己中心的な本音なんて、誰にも知られたくない……!
「でもさあ、三五。どうして最近そんなに頑張ってるの? やっぱり来年は受験生だから?」
ギクウゥッ! そ、それはぁぁっ!
「えっと……皆、よくオレのこと 「可愛い」 って言うじゃん? それが悔しくてさ……皆には 「カッコ良い」 って言って欲しかったから」
「「「キャ~ッッ♡」」」
何言ってんのオレ?? 自動的に口から出まかせが出てきたんだが??
しかも照れた表情も作ってポーズまで完璧にキメちゃってさぁ。
「もおぉぉ♡ 三五ったら三五ったらぁぁ♡ カッコ良いからぁぁ♡ 三五が世界一カッコ良いに決まってるじゃぁぁん♡」
「ハイでもやっぱ可愛い~♡ すねちゃって背伸びしちゃってんのマジカ~ワ~イ~イ~♡」
「う゛わ゛あ゛あ゛~! メッチャ濃い脳内麻薬出てきちゃぁぁ~♡ こんなの知らにゃいぃ~♡ 死にゅぅぅぅ♡」
皆がオレを誉めてくれる。
ウソ吐きのオレを。
女の子の心をイタズラに弄ぶこのオレをぉぉ~っ!
誰か。
誰かオレを叱ってくれっ!
止めてくれぇぇ~っ!
だけどオレを止めてくれる人なんて誰も居ない。
ひた隠しにしている心の奥底なんて誰にも覗けないから。
歯止めの効かないオレのアンさんへのからかいは更に更にエスカレートしていくのだった。