あなざ~彩戸すと~り~ ④ お姉ちゃん VS お姉さん アンルート
バスはオレ達が降りるまで降車ボタンを押されることなくノンストップで進み続けた。
つまりはバスを追いかけているアンさんもノンストップで走り続けるハメになったのだった。
偶然と言うべきか、はたまた運命のイタズラと言うべきか?
「天罰って言うのよ、三五ちゃん♪」
メイおねえさんの怒りが全然収まらね~! 笑顔が怖い!
「ゼパァ~ッ! ゼパァ~! ハアハアハアハアッ! ハアァ~! ハァ~ッ!」
オレん家に着いた頃にはアンさんは息も絶え絶えで滝に打たれたみたいに汗びっしょりだった。
昼間のおっとりフワフワお姉さんは見る影もない。
「ゲホッ! ゲホッ! う゛ぅぅ、こんな姿を三五さんのご家族にお見せするワケにはぁ……!」
フキフキ。フキフキフキフキ。
ああぁっ! 拭っても拭いきれない汗を小さなハンカチに吸わせようとする必死な表情! 涙を誘われずにはいられない!
居ても立っても居られず、オレはアンさんに自分のハンカチを差し出そうとした……のだが、メイおねえさんに阻止されてしまった。
「メ、メイおねえさぁぁん! 流石にかわいそうだよぉぉ!」
「情けをかけてはなりませぬ! 悪女 ・ アンの犯した罪には然るべき罰が必要なのっ! さあ、行くわよっ!」
有無を言わさぬパワーでグッ! と腕を組まれたオレ。
振り返ることすら出来なくて、結局アンさんをその場に置き去りにしてしまった。
ガチャッ、バタン。
「ただいま帰りました~♪」
「た、ただいま~……」
「お帰りなさ~い。あら~、メイちゃ~ん♪ 今日もウチの子の面倒見てくれたのね。いつもホ~ントありがと~♪」
「是非、夕飯を食べて行ってくれよ。帰りはおじさんが車で送るからさ」
「お父さんったらナイス提案♪ そ~しましょったらそ~しましょ♪」
メイおねえさんが来てくれたから母さんと父さんはメチャクチャ嬉しそう。
メイおねえさんはウチの両親に大 ・ 大 ・ 大人気で絶大なる信頼を寄せられているのだ。
ALL TIME 大歓迎だし、ちょっとくらい帰りが遅くなってもメイおねえさんと一緒ならお小言一つもらわない。
「おじちゃま、おばちゃま。聞いてもらいたいことがあるんです」
メイおねえさんはビッと背筋を伸ばして、見たこともないくらい美しい所作でお辞儀をした。
「私と三五ちゃんの結婚を認めてください! 私、高波家のお嫁さんになりたいんです! お願いします!」
「「おおぉぉ~! 喜んでぇぇ~!」」
秒で婚約成立!
「嬉しいわぁぁ♪ メイちゃんが私の娘になってくれるなんて! 今日はお祝いよ! お寿司取りましょ、お寿司♪」
「ありがとうございます、お義母ちゃま♪」
「お前良かったな~幸せモンだな~三五~! 父さん羨ましいぞ。だが、そうなると今まで以上に頑張らなきゃイカンぞ!」
「大丈夫です、お義父ちゃま♪ 三五ちゃんは私がシッカリ支えますから♪」
言祝ぎィィィ!
中学一年生になる前に生涯の伴侶が内定してしまったぁぁ! ……のだが、嫌だとか不満、抵抗感といった負の感情は不思議とカケラも沸いてこなかった。
それどころか胸がジ~ンと熱くなってくる。
ああ、オレはメイおねえさんと結婚するんだ。
感動と共に運命を受け入れようとした、その一秒前。
バタ~ン! と大きな音を立ててリビングのドアが勢いよく開かれた。
「お、お待ちを! どうかお待ちください! 私も三五さんと結婚したいです!」
アンさんのエントリーだ。
同時にメイおねえさんの雰囲気がピリつき、場の空気がお祝いムードから対決ムードへと移行する。
「だ、誰だ? 何でそんなに汗だくなんだ?」
「メイちゃんに似てる? と言うよりソックリ?」
ウチの両親は揃って困惑。
そこにすかさずメイおねえさんの初手!
「その女は悪女です! 三五ちゃんを騙して唇を奪おうとした極悪人です!」
「「な、なんと!」」
メイおねえさんの言うことならとりあえず何でも信用するのがウチの両親だ。アンさんのことを若干警戒の目で見始めた。
その視線にさらされるとアンさんは一転、オロオロと狼狽えだしてしまう。
「ち、ち、違……! わ、わたし、私は……!」
消え入りそうな声と泣き出しそうな顔がオレの胸を締め付ける。
ダメだ、もう黙って見てはいられない!
「その件はもう許してあげようよ! 未遂だったんだしさ!」
「三五ちゃんてば想像力が足りないわよ! もし三五ちゃんとお姉ちゃんの立場が逆だったらって考えてみなさいな!」
「えっ? う~ん……」
立場が反対?
つまりオレの名をかたるソックリさんが居て、そいつがメイおねえさんとデートを楽しんで……?
「アンタのニセモンがお姉ちゃんのファーストキスを奪おうとしてます! 未遂だからって許せんの!? ど~すんの!?」
「そんなのブチ殺……い、いやまあ、そう簡単に許すワケには~、いかない、ですね、ハイ」
「でしょ~が!」
「で、でもホラ、男と女の人だったら罪の重さが違くない?」
「男だろ~が女だろ~が悪いことは悪いに決まってんでしょ!」
ですよね。全くおっしゃる通りで。
「で、でもでもホラ、アンさんも反省して……アレ? してたっけ?」
そう言えば一言も謝ってもらってね~よな。
う~ん、オレ個人の心情としては許してあげたいんだけど……現状だとちょっと厳しいかも。
フォローするつもりが完全に論破されちゃったぜ。
むしろオレの言葉と態度は逆にアンさんを徹底的に追い詰めてしまったようで……。
「あ、ああああ……私、私、なんてことを……さ、三五さんに嫌われちゃった……!?」
マラソンで上気していたハズのアンさんの肌からサ~ッと血の気が引いていく。
ペタンとその場に座り込み、ポロポロと涙をこぼすアンさん。
「ご、ごめんなさい三五さん……! 私、自分の気持ちを抑えられなくてあなたに酷いことを……! も、もう二度としませんっ! こ、心を入れ換えますから許してください……ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
泣き濡れた顔で何度も何度も頭を下げられて、その度に胸がチクチクと痛む。
う゛ぅ~! 死ぬほど反省してるみたいだし、今回はこの辺で許してあげちゃうってのは……ダメですかねぇ、メイおねえさん? チラッ。
「フン。ようやく謝ったわね! 遅いのよ! でも三五ちゃんの優しさに免じて今回だ ・ け! 特別に許してあげるわ!」
「あ、ありがとう。メイもごめんなさい、私の為に休日を空けてくれたのに嘘吐いて約束破っちゃって……本当にごめんなさい」
「フン。ど~でもい~のよ、そんなこと」
メイおねえさんの雰囲気が優しくなった。
ああ、良かった。これで気まずい空気から解放されるぞ、と思っていたら。
「あ、あのっ! それはそれとして、私も三五さんのお嫁さんに立候補したいです! 何卒! 何卒チャンスを! 一度だけでもチャンスを与えては頂けないでしょうか!? お義父さま! お義母さま!」
こ の 人 マ ジ で か ! ?
こ~んな空気の中でまだそんなこと言えるの!?
アンタ空気抵抗係数をゼロにする新素材でも配合されてんのかよ!?
感心するやら呆れるやら。
どうしてこの人はこんなに思い詰めちまったんだ。
「お嫁さんになりたい? 今のアンタには百年早いのよっ!」
「どうして!? 私、本気なのっ!」
「笑わせないで。アンタの本気は三五ちゃんとイチャイチャしたい、赤ちゃん産みたいってだけでしょ」
「そうよっ! それの何がおかしいって言うの!?」
えええぇぇぇ~? (ドドン引き)
何がっつ~か何もかもがおかしいよ! この人、もう既にオレの赤ちゃん産みてぇの!?
勘弁してくれよ~! こちとらまだ第二次性徴期入りたてなんですぜ!?
「結婚ってのはねぇ、初恋にのぼせあがった小娘が軽々しく口にして良い言葉じゃないの! そう! アンタの想いは! 軽いのよっ!」
「そ、そんなぁっ!?」
いやいやいやいやいやいや。
軽くはねえだろ。間違いなく決して絶 ・ 対に軽くはねえっスわ、姐さん。
「お嫁さんになるってのはねぇ! 高波家の一員になるってことなの! 家族になるってことなのよ! アンタ、お義父ちゃまとお義母ちゃまに心から愛してますって言えんの!? 喜んで二世帯住宅に住めんの!?」
「う、うぅっ! そ、それはぁぁ!」
痛いところを突かれた、みたいな苦々しい表情になるアンさん。
でも反対にオレの方はホッと一安心。
「はあ!? そんなの余裕だし!」 とか言われたら背筋が凍ってたぜ。
「将来、お義父ちゃまお義母ちゃまが足腰立たなくなったら笑って支えてあげられんの!? いつでも病院まで送り迎えしてあげられんの!? …………お別れの時が来た時 「後の事は全てお任せください」 って言って安心させてあげられる!?」
ウワ~! まだウチの両親がピンシャンしてるウチにそんなコト言うのヤメテクレ~! 悲しくなるからぁぁ!
「そのくらいの覚悟無くして何がお嫁さんかッ! 私には覚悟があるッ! アンタには無いッ! 否定出来るもんなら否定してみなさいッ!」
「グゥゥゥゥゥ~!」
ガッッックゥゥ~ン!
膝から崩れ落ちるアンさん。
しっかしメイおねえさんの覚悟、マジ凄まじいな!?
ボ~ッと生きてたオレのバカ!
この熱い気持ちに応える為にはもっとちゃんとしないと!
「メイちゃん……いいえ、メイさん! 貴女が、貴女こそが高波家の嫁です! ああ、なんてありがたいのかしら!」
「三五、良く聞け。メイさん以上の女性なんてこの世のどこを探したって居ないぞ。何故ってこの方は天女様だからよ」
ここにきてウチの両親の好感度が天井突破ァァ! 激! 熱! FEVERRRR!
「あれ~? 何かやっちゃいました? 私、また何かやっちゃいました~ぁ?」
メイおねえさんの勝利の煽り! (首かしげキョトン ED.)
「う゛え゛え゛え゛~ん゛! ヤ゛ダァァァ~! 私もお嫁さんなるぅぅ~! ワ゛ン゛モ゛ア゛チ゛ャン゛ス゛ゥゥ! プリ゛ィィィズ!」
「そんなこと言われても……」
「なあ?」
「嫁にしろ」 と泣き喚きダダをこねるアンさん。
「嫁はメイだ」 と頑ななウチの両親。
両者の意見は平行線を辿り、一生交わることはない。
「皆ちゃま~、晩ご飯の用意が出来ましたよ~♪ 一息入れましょ♪」
押し問答してる間にメイおねえさんがご飯を作ってくれていた。
その堂々とした振る舞いは既に嫁としてのそれだ。
「メイさんありがと~♪ さっすが自慢のヨメ♪」
「か~っ! ウチの嫁の料理は最高だからな~! 幸せ太りしちまうぜ! か~っ!」
「びええぇぇ~ん! ヤダ! ヤダァァ!」
ご飯の後も不毛な水掛け論はしばらく続き……。
「わかった! じゃあこうしよう! 高波家の嫁を決める権利はメイさんに一任する!」
「異議なし! メイさんが認めた人物でなければ決して高波家に迎え入れないわ! まあそんな人、存在しないでしょうけどね!」
かくしてオレの将来はメイおねえさんの手に委ねられることになった。
アンさんがオレのお嫁さんになる為にはメイおねえさんに許可を得なければいけない。事実上の防波堤というワケだ。これにはオレも一安心。
ちょっとオレの意思が無視されてる気もするけど……まあ良いんだよ。丸く収まるのなら。