第0話 天才Dr.グレース -Q極TSカプセル誕生-
天才。
それは類い稀なる能力を発揮して、奔放に周囲に影響を与える存在。
ある日、飛びっ切りの天才がこの世に現れた。
彼は生来の悩みを抱えて育ち、それ故の激しい熱望を胸に秘めながら悶々とした日々を過ごしてきた。
彼の悩みとは男性の身体で生まれながらも女性の心を持ってこの世に生を受けた事。
すなわち性同一性障害であることであった。
彼、否。彼女はいつか素敵な男性と出会って恋をしてみたいと切に願っていた。
そして思春期の折りに、自分の全てを受け入れてくれる運命の少年と出会い、恋に落ちた。
少年との恋は彼女に世界が変わる程の多幸感をもたらしてくれた。
だがしかし、どんなに拭っても消えない情念の炎を孕んだ更なる熱望をもまた、同時に彼女に与えてしまったのだった。
“彼の子供を産みたい! 産みたい! 産みたい! 自らの胎で! 何故だ! 何故それが許されぬのだ! おのれ神め! 私は必ずバベルの塔を打ち立て貴様のケツにメスを突き立ててくれる!”
【Dr.グレース名言集より抜粋】
彼女は性転換の研究を行っている大学病院に当然の様に飛び級で入り、昼夜を問わず来る日も来る日も研究に没頭し続けた。
そして長年の激闘を経て遂に完成させたのだ。
男性を女性に、女性を男性に、完全に変えてしまう究極の性転換手術法を。
彼女は早速その手術を受けて、愛する彼との子供を授かる事が出来ました。
めでたしめでたし。
それで話は終わらなかった。
彼女は究極性転換手術 (以下Q極TS手術) を、あれよあれよと言う間に発展させていったのだ。
メスを極力いれずに施術する新型Q極TS手術を確立したかと思えば、お次は投薬のみでQ極TS出来るようにすぐさま改良。
あまつさえ一錠服用しただけで一ヶ月もの間Q極TSする “Q極TSカプセル” などというオーパーツレベルのシロモノ……というかもう正真正銘のオーパーツを産み出してしまう始末。
Q極TSを経て、彼女は自らの名前を “グレース=アメージング” と改めた。
稀代の天才Dr.グレースの名前が轟き、全世界は震撼した。
というかしっちゃかめっちゃかになった。
世の大多数のトランスジェンダーの人々が、Q極TS手術に踏み切ったのは言わずもがな。
医療、政治経済、宗教、etc.
とにかくありとあらゆる分野の人間が、一人の天才のために上へ下への大騒ぎ。
加えて意外な事に民衆の中には、潜在的にQ極TSしたいと望む者が相当な人数存在した。
天才がもたらした新技術の台頭によりその事を自覚する事に至り、然る後に彼ら ・ 彼女らはQ極TSに伴う法整備の促進を訴えるデモを起こすなどして活発化しだしたのだった。
かくして世界の在り様は変わり、社会形態のみならず人の心やパブリックモラルなどといったものすら、以前とは違うモノへと変容した。
身近な所では、TVやネットでQ極TSした女性が女湯に入るのは如何なものか、いや彼女達が女湯に入って何が悪い……という様な論争が起きるのが日常茶飯事になってしまっている。
天才というより天災、偉人というより偉い事を仕出かしてくれた人が現れてしまったものだ。
幸いな事に、このお話の語り部であるこの自分は生まれ持った性別に満足している平凡な男子であったので、平和な日々をまったり享受できていた。
そう。高校一年生の夏休みが始まるまでは。