彩戸すと~り~ ⑬ オトナの誘惑♡お姉さん メイルート
都心の駅まで着いたところで、メイは近くの駐車場に車を停めた。
いつしかとっぷり日は暮れて街は昼とは違う顔を見せていた。
人と光が賑やかな夜の街を恋人と腕を組んで歩く。
その体験は新鮮を通り越して鮮烈で、リアリティがカケラも無い。ほとんど異世界転生と変わらないレベル。
「今日のディナーは焼き肉よ♪」
焼き肉屋さんは焼き肉屋さんでも、オレがよく行くファミリー向けのお店とは段違いの店構え。
何せタワービルの最上階に位置して、夜景まで楽しめちゃうんだぜ!? 内装もオシャレでシックで個室まであるガチでデート仕様のお店なのだ!
当然お値段もスペシャル。
「あああ! メイお姉さん! じゃなかった、メイ! そんなにジャンジャンお肉焼かないでっ!」
「な~にケチくさいこと言ってんのよ! 細かいこと気にしてないでモリモリ食べなさい! 男の子でしょ!」
男らしくヒモれっておかしくね!? などというオレの訴えなど馬耳東風!
「はい三五ちゃん、あ~ん♡」
「あ、あ~ん。うまぁぁ~♪」
うわぁぁ! でもマジで美味い~っ! 罪の味がして美味い~っ!
そう言えば、今日一日な~んにも食べてなかったもんな。急にお腹が空いてきたぞ。
そこに大好きな女神さまからあ~んなんてされた日にゃあ、高価いお肉だろうがパクパク食べちゃうぜ。
「た~っぷり精をつけるのよ。はい、あ~ん♪ ンフフフ♪」
「あ~ん、パクッ! パクパクッ! うんまぁぁ♪ や、病みつきになるぜ~♪」
ここのシーンだけ見てみるといつもみたいにお世話を焼かれているだけにしか見えないが、やはりいつもと違うこともある。
「ウフフ♪ シャンパンが美味しいわ♪」
メイが覚えたてのお酒をパカパカ呑んでいるのだ。
「このシャンパンに映る夜景も、三五ちゃんも♡ 全部私のものよ♡ ウフフフ♡」
グラスを弄びながら頬を朱に染めるメイはとても色っぽくて目が離せない。
「綺麗だ……とても綺麗だよ、メイ」
「ンフフ♪ 好きなだけ見つめてイイのよ。もう三五ちゃんのものだから♡」
二人っきりの空間に甘~い空気が漂う。
やっぱり雰囲気があるお店は違うね!
デート気分をたっぷり楽しめたぜ。……だけど悲しいことにオゴられてるんだよね、コレ。
ああ、お口直しのミントタブレットが妙にツ~ンとするぜ。
「さぁ~て、次行きまっしょ~う♪」
お陽気ご機嫌お姉さんになったメイがオレの腕をぎゅぎゅ~っと抱き締めてくる。
「つ、次って? もう帰る時間じゃないの? どこ行くの?」
「バッカねぇ~、そんな恥ずかしいことオンナの口から言わせないでよねっ」
ど、どういうこと?
言葉の意味を考えようとしたけれども、凄い力でグイグイ引っ張られるわメイの熱い体温にドキドキさせられるわで思考がちっともまとまらない。
そうこうしているウチに辿り着いたとある建物。
「こ、こ、こ、ここはぁっ!?」
西洋のお城を模した、一見楽しげで可愛らしい外観。
しかし煌びやかな電飾がゴテゴテと施されて、何とも形容し難い猥雑な雰囲気がほんのりと醸し出ていた。
こ、こ、ここは正にラブ……ラブなオトナが利用する禁断の宿泊施設!?
「ここに泊まんのぉ!? 家に帰んないのぉ!?」
「どうやって帰んのよ。お姉ちゃん、しこたまお酒呑んでるから運転出来ないわよ」
うおお!? そ、そうじゃん! ちょっと前のオレのバカバカ! ボケッとしてね~で止めろよ!
過去のオレ 「いやしかし待ってくれ、未来のオレよ! メイがお酒を呑んでる姿はハチャメチャに色っぽいぞ! 心奪われて当然だろう! ボケッと見とれて何が悪い!?」
コイツ居直りやがった!
だが一理あるな。よし、過去のオレよ! 許す!
はっ!? 一人コントなんぞやってるバヤイじゃねぇ!
よくよく思い返してみれば、メイはタワービルの駐車場じゃなくて駅近の駐車場に車を停めていた。
つまり、つまり計算ずくだった!?
酔った勢いでとか、衝動的にとかじゃなく、最初からオレと一夜を共にすると心に決めていたってことか!?
メイの気持ちを理解した瞬間、人生最大の興奮と最大の緊張と、とにかく最大の何やかやが同時多発的に爆発!
ドックン! ドックン! ドッグン! ドッグン!
熱い! 血が駆け巡りまくって全身が燃えちまってる!
「は……は……」
「は?」
「早くない!? ちょっとまだオレ達には早くない!?」
!?!? 反射的に口をついて出た日和ゼリフに大後悔時代突入!
何言ってんだオレのアホンダラぁぁ~っ! バカ! アホ! ボケ! ナス! カス! クサレビビリのカイショ~ナシ! 草食み野郎!
「そうね、じゃあ電車で帰りましょ」 とか言われたら血ヘド吐く程後悔するクセにペラッペラの一般常識なんぞ振りかざしてんじゃね~!
あ~あ、もう終わったわ。
メイをシラけさせちゃったわ。
異能 † ムードブレイカー † が発現したわ。
「ごめんなさい、三五ちゃん……。お姉ちゃんのこと、はしたないって思った?」
えっ!? ……えっ!?
メイが、あのメイが、涙目になってションボリしてる!?
肩を落としているせいか、とても小さく儚げに見えて……。
オレはメイを抱き寄せずにはいられなかった。
「はしたないだなんて! 絶対思わないよ!」
「ホント? お姉ちゃんとお泊まりするの、嫌じゃない?」
「嫌なワケないよ! だってオレ達は将来を誓い合った仲なんだし!?」
「良かったぁ、ンフフフ♡」
ア~ッ♡ メイがオレの胸にグ~ッと体重をかけて甘えてくるぅ~っ♡
超 ・ 絶 ・ 天下一カワイイィィ~ッ♡♡ んだけど、あれ? あれ? な、なんかオレの胸、メイの両手に押されてる?
そのままツツツ~ッと移動して、イカニモな建物の横手にある路地裏へ。
トン。
背中が壁についた。
それでもメイはズイッと身を寄せてくる。
ち、ち、近いっ!
てゆ~かメイの身体が絡みつく様にピッタリ密着してきて、視界いっぱいにメイの世界一ビューティーなお顔が映って!
「ウフフッ♡」
不意にメイが美容院でセットし直してもらったお団子ヘアを解いた。
甘い色香がフワッと漂ってオレの鼻腔をくすぐって……あ゛あ゛ぁ! 頭がおかしくなりそうだ!
「お姉ちゃんね? 他のコと遊んで良いって言ったけどね? 三五ちゃんの初めてと一番は絶対に誰にも渡したくないの」
「いやいや! オレはもう全部丸ごとメイお姉さんの……メイだけのものだから!」
「うん、わかってる。でもね、誰かに先を越されちゃう可能性がほんのちょっぴりでもあるかも……って考えただけで胸が苦しくなるの。お願い、助けて? 三五ちゃぁんっ」
わ、わからん! 頭の中がグルグル回ってもう何もわからん!
だ、だけどメイが瞳を潤ませて切なげな声を上げていれば、自然とぎゅ~っと抱き締めるのがオレという生き物の習性なワケで……。
「ん……」
瞳を閉じて唇を寄せるメイ。
ああ……オレは……オレは……!
「んっ……♡」
キス。自分からは初めての。
身体が火傷するくらい熱くて、心が溶ける程に甘い。
この瞬間、覚悟が決まった。
などと言う割りには足がガックガクに震えてカッコ悪い有り様になっているが、とにかく今夜 「オレとメイが一線を越える」 という大き過ぎるイベントが起こるってことがよ~くわかった。
「お姉ちゃんと朝までデート、してくれる?」
念を押す様に問い掛けてくるメイ。
聞かなくてもわかってるクセに。
この状況で誘惑を振り切れる男なんかこの世に存在するハズないって。
舌がもつれてしまって返事が出来ないので首を縦にガクガク振りまくる。
ううぅ、みっともなくて恥ずかしい。
「ありがとう……三五ちゃま♡」
妖艶に笑うメイがそっと身体を離して、優しく手を引いてくる。
緊張の極みによって一本の棒切れと化してしまったこのオレの歩く速度は亀よりも遅かったが、もはやメイはオレを急かしたりはしなかった。
路地裏から出てきた二人の影がゆっくりゆっくりと動いていって、やがて建物の中へと吸い込まれていった。
そこでオレ達はめくるめく一夜ってヤツを過ごすことになる。
う~ん、言葉にすると酷くありきたりに聞こえるな。
でもホントにそうとしか言い表しようがない。
感想は、と言うと……そうだな。
やっぱりオレにはメイしかいないって事実が改めて骨身に沁みた。いや、魂にバッチリクッキリ刻み込まれた。
メイと添い遂げたい、一生離れたくないって強く強く思ったよ。