彩戸すと~り~ ⑩ 三五の告白 メイルート
辛い。湖宵をフッてしまった。
メイお姉さんと同じくらい大切な人なのは間違いないのに。
それなのにオレはどうしてもメイお姉さんじゃなきゃダメみたいだ。
人を好きになる気持ちってのはなんて融通が利かないものなんだろう。
嘆いていたらポンポンと優しく背中を叩かれた。
湖宵を抱き締めていたつもりが、いつの間にか抱き締められていたみたいだ。
顔を上げてみると、そこには湖宵の穏やかな笑顔があった。
「ありがとうね、三五。ボクの気持ちを受け止めてくれて。大好きなおねぇちゃんのこと諦めようとしてくれたんだね。それだけでボクはもう充分だよ」
「何も充分じゃないよっ! だってオレ、湖宵を……」
報われたみたいに笑う湖宵を見ていると切なくて胸が苦しい。
思わず言い募ろうとするオレを制して、湖宵はゆっくり首を横に振った。
「充分なんだよ。だってさ、一生閉じ込めておこうと思ってた気持ちを聞いてもらえちゃったんだもん。嬉しかったよ。ボク、惚れ直しちゃった」
「どうしてオレなんかをそんなに……」
「もう! 自分のことを 「なんか」 なんて言っちゃダメッ!」
ビシィィッ!
「痛ッッッテェ!」
湖宵は可愛らしくデコピンしたつもりなんだろうがクッッソ痛ぇ!
ネガティブ思考ごとブッ飛ばす鮮烈な一撃だったぜ。
「ボクがどれだけ不安だったのか、三五知らないでしょ! 同姓の幼馴染みから好かれるなんて普通キモチワルイって思うもん! 引くもん! 離れようって思うもん!」
「オ、オレはそんなこと絶対思わないよ!」
「知ってるよぉ! だから三五は特別なの! オトナだとかお金持ちだとか、そんなんよりずっとね! あ~! 好きになったのが三五で良かった!」
湖宵は堰を切ったようにオレの魅力を語る語る。
宇宙一のイケメンだとか純粋でカワイイだとか運動で引き締まった身体がセクシーだとか……。
ず~っと秘密にされてきた想いの熱さが嬉しいやら気恥ずかしいやら。
全身がムズ痒くてモゾモゾする。
だけどお陰さまで傷付きまくっていた自尊心はスッカリ回復したぜ。
「今ならメイお姉さんに告白してもイケそうな気がする」
「まぁでも実際、三五くらいメイ姉さんに好かれてる人なんて居ないよね」
「ちょっと訂正。オレと湖宵くらい、だよね」
「……うん」
メイお姉さんはオレと湖宵のことを心から大切に想ってくれている。
それこそ本当の弟以上、そんじょそこらの恋人以上に深く深~く愛されていることは疑う余地が無い。
されどもその愛はエコヒイキ無く平等で、湖宵と仲良く半分こ。
果たしてオレが告白したとしてワンチャンあるや否や?
「ボクね、実はメイ姉さんに 「三五のこと、どう思ってるの?」 って何度も聞こうとしたんだ。でも結局聞けなかった。三五がとられちゃうかもって思ったら怖くて……ごめんね、三五」
「謝る必要なんか無いよ。オレの方こそ心配かけちゃってごめん」
「いいの。でもさ、あの人ホントに三五のこと、どう思ってんだろうね?」
オレ以上にメイお姉さんと一緒にいる湖宵にわからないなら誰にもわからないだろう。
ミステリアスレディだなあ。そんなところも素敵だ。
「それでもオレ、メイお姉さんに告白してみるよ。フラれても諦めずに追いかけ続ける。迷惑にならない範囲でだけど」
「三五……」
「それでさ、湖宵。オレがまた泣いてたら、さっきみたいに抱き締めてくれる? 自己嫌悪してたら、さっきみたいに引っぱたいてくれる? こんなこと湖宵にしか頼めないんだ」
口に出してみると死ぬ程図々しいこと言ってんな、と自分でも思ったけども。
「ま、任せてよ! ボク、三五が幸せになれるように祈ってるから! 全身全霊でっ!」
「ありがとう、湖宵!」
晴れ晴れとした気持ちで空を見上げてみると、ビックリ。
通り雨が過ぎ去って雲間から光の帯が射し込んできているじゃないか。
まるで奇跡みたいなタイミング。
「行って、三五。メイ姉さんは今頃お昼の仕事が終わった頃だよ」
「うん、行ってくるよ!」
元気良く全力疾走! する前に、一度だけ振り返る。
これだけは言っておかなければ。
「湖宵! オレ、湖宵のことも幸せにするよ! 一生一緒にいて楽しい人生を送ろう! 約束だよ!」
湖宵のお陰でオレはドン底に落ちずに済んだ。これからも落ちることは無いだろう。
大きな大きな借りだ。一生かけて返さないと。
「…………っ! 三五、頑張れ! いってらっしゃい!」
湖宵が手を振って見送ってくれる。
ポロポロと涙をこぼしながら、それでも満面の笑みを崩さずに。
「いってきます!」
足に力を込めて今度こそダッシュ!
全速力でメイお姉さんの元へ!
程なくして繊月邸正門前へ到着。
インターホンを押す。
リンゴン リンゴン リィィン ゴォォォン♪
仰々しい! 普段は気にならないのに今日に限ってはめっちゃ気になる!
『はいは~い。あらぁ、三五ちゃん』
「あっ、湖宵ママ! こんにちは! あの、メイお姉さんはいらっしゃいますか?」
『はいはい、こんにちは。メイちゃんなら庭師さんとお話し中よ。そろそろ終わるんじゃないかしら? お庭で待っててもらえる?』
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!
これまた仰々しく門が開く。
緊張感が! めっちゃ緊張感が煽られるんだが!?
若干カチコチになりながらも庭園へ。
ちょうど噴水広場に差し掛かったところでメイお姉さんを発見。
「メイお姉さん、こんにちは!」
「あら三五ちゃん、こんにちは」
柔らかい微笑みをたたえながらメイお姉さんが振り返る。
ふわりと翻るフリルのエプロンも、可愛らしいお団子ヘアも何もかもが愛おしい。
オレってこの人のことが好きなんだなって、会う度に思う。
「お仕事はもういいの?」
「うん、ちょうど一段落着いたトコよ」
「あの、昨日はごめんなさい。何も言わずに帰っちゃって……」
「良いのよ。だって、ねぇ? 昨日はその、お姉ちゃんが弦義さんと、ねぇ?」
うん。転びそうになったメイお姉さんをカッコ良く助けた弦義お兄さんに焼きもち妬いてバックレたこと、まるっとバレてるな。
というかもうオレの気持ちなんか、何もかんもバレてるに違いねえ。
だったらもう怖いもんなんか何もねえ!
フラれて元々、告白してやる!
「メイお姉さんっ! 聞いてもらいたいことがありますっ!」
「あ、はい」
「オレは! メイお姉さんのことが……」
言いかけてハタと気付く。
オレにはフラれる覚悟が出来ている。
でもメイお姉さんは? 弟みたいに可愛がってるヤツをフるのって辛くね?
辛くて悲しい想いをさせてしまうのでは?
そこまで考えてビシィッ! と身体が凍り付いた。
オレのアホォォォ~ッ!
何故今この瞬間にそんなこと気付いた!? どうする!? 中止するか!?
いや、オレが言おうとしてることなんてメイお姉さんにはお見通しだ! もう言い切るっきゃね~!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ごめんなさい! ごめんなさいぃ~っ!
「オ、オレハ……メイオネエサンノ、コトガ……」
あまりの申し訳なさでメイお姉さんの顔が見られない。
何者かに上から押さえつけられているかの如く、勝手に頭と肩が下がっていきヒザが曲がっていく。
その場にペタンと正座。
両手と額が石畳にくっつく。
土 下 座 。
「好きですっ! オレはメイお姉さんのことが大好きですっ! オレのお嫁さんになってくださいっ! う、う、う、う゛わ゛ぁぁぁ~っ!」
ブワッ! と涙が溢れる。
メイお姉さんを想い続けてきた気持ち、関係性が変わってしまうことへの恐れ、何やってんだオレはという呆れ、メイお姉さんへのごめんなさいという気持ち……そんなこんなの一切合切の感情がこの瞬間に一気に噴き出してきた!
感情大暴走の大号泣だ。
「あっらぁ~……あらあらあら~」
めっちゃ呆れられてる! こんな 「あらあら」 聞いたことない!
そりゃそうだよ! こんな状況 「あらあら」 としか言いようがねぇもの! ダメだこりゃ!
「よいしょっと」
いつまでも土下座で泣いてるオレの前にしゃがむメイお姉さん。
「えいっ」
メイお姉さんはオレの両脇に両手を突っ込んでヒョイ、と持ち上げた。力持ちだ。
「三五ちゃん……」
「う゛う゛う゛……メ゛イ゛お゛ね゛え゛さ゛ん゛……」
メイお姉さんの顔が近付いてくる。
頭をヨシヨシと撫でられて子供扱いされるのか?
それとも赤ちゃんみたいにあやされるのか?
どっちでも良いや。
マジでどうにでもしてくれ。
グ~ッとメイお姉さんの顔がアップになっていって、やがて。
「んちゅっ」
メイお姉さんの唇が、オレの唇に、重ね……られた?
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?
むっっっっっっちゅうううぅぅぅ~~~っっっ!
ちゅうっ! ちゅうっ! ちゅうっ!
ちゅううぅぅぅ~っ!