彩戸すと~り~ ⑦ 調子が変な? お姉さん メイルート
「アハハ♪ アハハハハッ♪」
無邪気に笑うメイお姉さん。
彼女がこんなにも無垢で無防備な姿を見せるのはきっと、いや絶対に特別な存在の前でだけだ。
オレは今、メイお姉さんと全く新しい関係を築こうとしている。
そう思ったら自然に背筋がピンと伸びた。
緊張感? 高揚感? そんなカンジの気持ちが今までのドキドキにプラスされて、オレの胸中は今やお祭り騒ぎ。
こ、こんな時には一体どうすれば!?
と、とりあえずプールに浮かんでいるコサージュをお姉さんにお返ししよう。
「ありがと、三五ちゃん♡」
ドキンッ!
う゛っわ゛ぁぁ! 可愛いぃ!
髪型の乱れに気付いてはにかむメイお姉さん、人類史上一番可愛いぃぃ! 抱き締めたいぃ! Hold Me Tight! (どっちやねん)
え? 「年上の女性に対して失礼」 だと? 五月蝿ぇぇ! 関係無ぇぇ! 可愛いモンは可愛いんじゃぁぁ!
もう水面に光が反射してんだか、メイお姉さん自身が輝いてんだかわっかんねぇよ。
とにかく言えるのは、今この瞬間はクールビューティー ・ メイお姉さんの心を包む神秘のヴェールが限定Open! 激レアプレシャスTIMEだってことだぜ。
か、彼女に恋する男としてはこの機を逃さずアプローチをかけるっきゃね~ぜ!
ドキ! ドキ! ドキ! ドキ!
手汗がヤベェ! 身体が震える!
ガチで人生で一番緊張しているんだが!?
で、でも今はとにかく考えるよりも行動だ!
勢いのままノープランでメイお姉さんに声をかけようとした、その時。
「ウエェ~イww オレっちも交ぜちくり~ww」
響き渡るアホみたいな奇声!
振り返るとグラサン、アロハシャツ、ビビッドカラーの水着を身に付けた美青年がこちらに駆けてくるではないか! しかも何故かサーフボードを担ぎながら!
なんつ~アホみて~なビジュアルだぁ!
そうです。彼こそが繊月家の御曹司。湖宵の兄君であらせられる繊月 弦義お兄さんだぁぁ!
「ゴルァァ! お兄様ぁ! いっつも他所で遊び回ってるクセに絶妙に嫌なタイミングで帰ってくんなぁぁ! あっち行けっ!」
湖宵!? いくらなんでも辛辣過ぎんだろ!?
「ぴえんぴえんww 弟が反抗期ナリww っらぃょww カナシィョww」
馬耳東風! 跡取り息子は一味違うぜ。
「いやいや。それにしたって言い過ぎだよ、湖宵」
「何言ってんのさ!? だって邪魔でしょ~よこの人! 折角良い雰囲気……い、いや、てゆ~か、た、楽しんでたのにさ! 追い出さなきゃ!」
う゛っ。
た、確かにこのアピールチャンスは激レアだ。
いつもの弟扱いの時には決して漂わない甘酸っぱい空気、セクシーな水着でのドキドキスキンシップ。
こんなの滅多に無いぜ。
ここは弦義お兄さんにはお引き取り願って、メイお姉さんとの仲を深める……って、流石にそれは無理だわ! 申し訳無さ過ぎてオレには出来ね~!
仕切り直そう! うん、初恋だしな! こういうのはタイミングの見極めが大事なんだよ、うんうん!
「や、やっぱりお兄さんは大事にしなきゃ。いつもお仕事とかで忙しいんだしさ」
「え~? マジで良いのぉ~? 三五ぉ~」
「ヒュ~! さっすが三五! 話がわかるぜぇ~♪」
弦義お兄さんはガッツリ遊ぶ気満々だ。
その姿を見ていると急激に気が抜けるというかホッとしたというか? 何だか心が平静になった。
だけどそれと同時にもの凄く惜しいことをしてしまったような気も……? あ、あれ?
「アラ、もうお昼なのね。私、ご飯の準備してくるから三人で遊んでてね」
スタスタスタ。
「アレ~ッ!? メイお姉さん行っちゃうの!?」
とか言ってる間に早足で行っちゃった! さっきまであんなに近くに居たのに、もうあんなに遠くに!
「ホラ~、だから言ったじゃ~ん」
湖宵にジト目で見られてしまった。
突如舞い降りた千載一遇のチャンスをフイにしたオレに呆れているんだ。
う゛う゛う゛う゛!
オ、オレってばサマーサンシャイン☆でアゲアゲ ⬆️ ⬆️ ⬆️ になった女神さまにタジタジ ⬇️ ⬇️ ⬇️ になってた!
な~にがタイミングの見極めだ! 単なる及び腰じゃね~か! そうじゃなきゃ、邪魔が入ったのにホッとしたりはしね~!
完っっっ璧に日和ってたぁぁぁ!
恋には時に熱い気持ちを押し通す強引さ ・ 身勝手さも必要なんだ。
いやでも、自分の都合で弦義お兄さんをないがしろにするのはどうよ? いやでも……う゛う゛う゛!
「Hey Heey♪ 湖宵~、三五~♪ 見てろよ、今からボードの上に立ってみせっからよォ♪ そお~れ! おっ!? おっ!? アッア~ッ!」
ドッボ~ン!
プールに浮かべたサーフボードの上に立とうとして、盛大にすっ転ぶお兄さん。
「キャッ♪ キャッ♪」
うわぁ、この人、夏の陽気ですっかり童心に返っちゃってるよ。
果てしないハシャぎっぷりが若干ウザい。
やっぱり今からでも追い出すべきか……いや! ダメだ! 黒い考えにとりつかれては! ああでも、チクショ~! チックショォォ~!
「よくも三五を悲しませたな! これでも喰らえ~!」
ビャビャッ!
「ハッハァ♪ 水鉄砲なんざ……ウギャアァァ! クソ冷てぇぇ! 湖宵ィィ! テンメェェ~!」
バチャバチャバチャバチャ!
「ムキ~!」
「コンニャロ~!」
美貌の兄弟がセレブなプールガーデンで繰り広げる超低レベルな争い。
ええい、こうなりゃヤケクソだ!
「オレも乱入してやる~!」
バチャバチャバチャチャチャ~ッ!
オレはやるせなさを発散すべく、ハシャぎにハシャぎまくった。
「ハァハァ、や、やるな、三五。このオレちゃんをここまで追い込むたぁ」
「フゥフゥ、さ、三五は最近、運動も頑張ってるもんね」
ハイスペック繊月兄弟をも逆に振り回してしまうんだから、オレの悔しさの程がうかがえよう。
「皆~、ランチタイムにしましょ~」
全員が体力を使い果たしたタイミングでメイお姉さんがキャスター付きワゴンで食事を運んできてくれた。
「「やった~! ご飯だご飯だ~!」」
ハラペコご兄弟は美味しそうな料理に目が行っているが、オレは違った。
「メイお姉さん、パーカー着ちゃってるぅ!?」
ドキドキナイスバディが隠れちゃってるよぉ!
おまけに髪もポニーテールでキリリと凛々しくキメちゃってスキが無くなってるし。
いや、ハイビスカスコサージュが良く似合う、とっても可愛い髪型だと思うけども。でもコレだと……。
「コ~ラ、三五ちゃん。今はお姉ちゃんって呼んだらダ~メ」
うわぁぁ! やっぱりだぁぁ! 完全にお仕事モードに切り替わってる!
さっきまでのラブラブチャンスがまるで夢幻泡影みて~だ。
ガックリとうちひしがれるオレ。
「メイ姉さんがお兄様の前であ~んな水着のままでいるワケないじゃん」
ううう、そっか。そうだな、確かに弦義お兄さんにメイお姉さんの水着姿をジックリ見られちゃったらモヤッとするしな。これで良かったんだ。
それに今の格好もスラッとした生脚が丸見えでとてもイイじゃないか! (ポジティブシンキング)
あとパーカーの胸元や裾から水着がチラチラ覗いているのがグッとクるね! サイコ~!
ジィ~ッ。
「オイ三五w いくらなんでも露骨過ぎんだろw ちったぁ慎めやw」
バシン!
痛ぇ! 背中をハタかれた!
つ~かヤベェ! フリーダム全一の弦義お兄さんに注意されるって相当だぞ! (失礼)
ま、まあでもメイお姉さんは基本クールでドライだからね。ちょっとやそっとでは動じないからこれくらいヘ~キさ。
「ちょ、ちょっと三五ちゃぁん。つ、弦義さんが見てるんだから止めてよぉ」
アッレ~!? 何そのらしからぬリアクション!?
顔を赤らめちゃって、パーカーの胸元と裾を押さえちゃって。
新鮮で愛らしい反応にはトキメいたけれど、メイお姉さんはどうやら弦義お兄さんの視線を気にしてソワソワしているようで……?
ど、どうして? どうしてそんなに弦義お兄さんを気にしているんだ?
ヒヤリ、と背中に冷たいものが走った。
「も、もう。早くご飯にしましょ」
そ、そうだ。お昼ご飯だ。
直感だけど、これ以上考えたら折角メイお姉さんが作ってくれたお料理の味がわからなくなってしまうだろう。
い、今はとにかくランチタイムに全神経を集中しよう!
「今日のメニューはメキシカンピラフ & チキンよ。熱々のウチに召し上がれ」
「「「いただきま~す!」」」
うまっ! このピラフ、ニンニクがめっちゃ効いててうまっ!
激辛タンドリーチキンも肉厚ジューシーで食べ応えバツグン!
たっぷり運動していっぱい汗をかいたから、こういう味が濃くて辛~いものが美味しいんだよね。
それにしても辛ぇ! チキン超辛ぇ!
そんな時には付け合わせのブロッコリーやパプリカにマヨをディップしてパクリ。辛さがマイルドになるんだぜ。
最後に赤色が鮮やかなスイカスムージーをキュッと一口。プハ~ッ、爽やかな甘味でお口の中がスッキリ!
これでまた辛いのが食べられるぜ!
モグモグモグモグ!
「クスッ♪ 三五ちゃんったら、口元にご飯粒付いてるわよ。お姉ちゃんが取ってあげる♪」
う゛っ。また子供扱いされてしまった。
いつもなら何だかんだ言っても構ってもらえて嬉しいって思うんだけど、今だけは焦りや不安といったモヤモヤした気持ちが先に立つ。
自分でも薄々勘付ているそのモヤモヤの正体を知りたくなくて、一心不乱に食事する。
またしてもオレは日和っていた。一心不乱に日和っていた。
「お坊っちゃま、お野菜も残さず食べるのよ」
「そんなのわかってるよぉ」
「お? そ~いやお前、昔は野菜食えなくて泣いてたよなぁ。いつの間にフツ~に食えるようになったんだ?」
「マジで言ってんの!? お兄さん、いつの話してんのさ!?」
超ビックリしたもんだから、思わず食事の手を止めてツッコミを入れちまったい。
だって湖宵が野菜嫌いだったのって、小学校に上がる前の話だぜ?
「お兄様にはそんなのわかんないよね! だってボク達の面倒見てくれたことなんか全然無いもんね! メイ姉さんと違ってさ!」
「ヌハハハハハwww 許せww サスケww」
プンプン怒る湖宵をテキト~にいなす弦義お兄さん。
この人、昔っからこんな調子で自由奔放だから、小さかったオレ達の面倒を見てくれたことがガチで一回も無いんだよね。誇張抜きで。
その分、というより普通の姉弟よりもずっとずっと甲斐甲斐しく面倒を見てくれているのがメイお姉さんなワケで。
お世話大好きメイお姉さんと服着て歩くフリーダム ・ 弦義お兄さんは実はあんまり親しくない、っていうか接点が殆ど無い。
そのハズだったんだけど……。
「ホント彩戸さんには感謝しかね~わw 湖宵達を昔っから可愛がってもらって、今日だってこんなにウメ~モン食べさしてもらってさ。オレなんかの百億倍イイお姉ちゃんじゃんw」
「いえいえそんな。私は自分がしたいことをしているだけですから。アハハ……」
何 そ の 反 応 ! ?
メイお姉さんらしくないよ!?
そんな、そんな困ったような照れ臭そうな笑みを浮かべて、頬を赤く染めるなんて。キョロキョロと視線をさ迷わせるなんて。
ジワジワ、ジワジワと心の奥底から嫌な気持ちが湧き出してくる。
メイお姉さんはもしかして……。
いや! 今そんなこと考えちゃダメだ!
うおおぉぉ!
モグモグ! モグモグモグモグ!
生まれて初めて味わう強烈な焦燥感から全力で目を背けるべく、食事に没頭するオレなのだった。