裏95話 三五と湖宵の物語は 【終話】 へと続く 高三 三学期
オレは中庭の片隅で湖宵が来るのを神妙に待っていた。
気分はお白州で平伏する罪人といったところか。
「三五、お待たせ」
「湖宵っ! ごめんっ!」
湖宵の顔が視界に入った瞬間に腰を90°曲げて頭をペコ~ッ! と下げる。
そしてだいずちゃんに告白しても良いと言ったこと、ちぃちゃんに告白されて第二ボタンをあげちゃったことを誠心誠意謝った。
さあ、何発でも殴ってくれ!
償いだって何でもするよ。湖宵の望むこと、何でも!
覚悟をキメるオレとは対照的に、湖宵の反応はとても落ち着いたものだった。
「クスッ。三五、顔を上げて」
優しい声に促されて顔を上げてみると、ハッと目を見張ってしまった。
湖宵の表情が穏やかでありながらもどこか哀愁を帯びた大人っぽいものだったから。
「後輩ちゃんに優しい三五、好きだよ。謝ることなんか何も無いよ」
ゆ、許された。
思わずフ~ッと一息吐いて肩の力も抜けた。
「それどころか三五達のお陰でだいずちゃんとじっくりお話が出来たんだよ。色々ありがとうね」
「ううん、どういたしまして」
落ち着いてよく見ると、湖宵のブレザーにも第二ボタンが無い。
そうか。だいずちゃんにあげたのか。
きっと彼女はそれを見る度に思い出すんだろう。
在りし日の初恋の男の子の姿を……。
♪ ~ ♪ ~ ♪ ~ ♪ ~ ♪
しんみりした空気をスマホのメッセージ通知がブッた斬る。
おいお~い、誰だよ全くもう。
お? 音無君じゃん。どれどれ~? って、こ、こ、こ、これはぁぁ~っ!?
「うおおおお! マジかぁぁ~っ!」
「え? え? 何々? 何があったの?」
湖宵にもスマホの画面を見せつける。
メッセージは音無君からの報告。
そしてその内容は……。
「えっええ~っ!? 音無君ってば、放送部四人娘ちゃん達から同時告白されちゃったのぉぉ~っ!? すっご~い! こんなのマンガの世界じゃん!」
「しかもお茶を濁したりせずに、その場でビシッと一人を選んだって! か~っ! 音無きゅんヤるねぇ! いつもはクールだけど、キメる時は男らしくキメてくれるんだよな!」
音無君からの春告げメッセージにオレ達は大盛り上がり。
いや~、しかし音無君があの娘を選ぶとはねぇ。ああいう娘がタイプだったんだ~。ニヤニヤ。
でも意外とお似合いかも。
お幸せに! 音無君!
「でもさ、選ばれなかった三人は悲しい想いをしたよね」
ふと、湖宵の顔が曇る。
「だいずちゃん達の気持ち、痛いくらいにわかる。だってQ極TS手術誕生! なんていう世界大逆転ホームランが無ければ、このボクが三五と結ばれる可能性はゼロだったんだから」
湖宵は辛そうに胸に手を当てる。かつての痛みを思い返すかのように。
「別れる前にだいずちゃんは笑ってくれたけど、きっと夜に一人になったらまた泣いちゃうよね……。ボク、もっとしてあげられることがあったんじゃないかなあ?」
その問題の答えはきっと、今のオレ達がどんなに悩んだところで導き出すことは出来ないだろう。
オレだってちぃちゃんやエロ姉ぇに告白された時にベストだと判断した考えを実行に移したけれど、それが間違いなくベストな結果を生んだ、などとは口が裂けても言えない。
そしてその結果は過去に遡ってやり直すことも出来ないんだ。
時間というのは流れるもの、進んでいくものだから。
「きっとさ、だいずちゃん達の心の整理がつくまで待つことしか、オレ達に出来ることは無いと思うよ」
「そう……だね。やっぱそうだよね」
その場に留まることを許さないという点では時間は残酷だが、同時に失恋の傷がいつまでも鮮明であるということもまたない。
「後は心の傷が早く癒えるように祈るだけ、か。ボク達が選べるのは結局、ボク達自身のことだけだもんね」
そう。流れる時の中で、その時々に応じたベストな選択を採り続けなければならない。
高校の卒業式はもう明日に迫っている。
オレもいつまでも過去を懐かしんでばかりではいられない。
「オレさ、大人になるよ」
「三五?」
「オレは湖宵とずっと一緒にいることを選んだから。だから一番良い二人の未来が掴みとれるようにベストを尽くすよ」
「うん、うんっ、そうだよねっ。ボク達がサイコ~にハッピィにならなきゃ、だいずちゃん達が身を引いてくれたのが無駄になっちゃう!」
湖宵の両の瞳に火が灯る。
「よ~し! ステキな未来を目指すぞっ! その為にも過去のケジメをキチンと付けなきゃね!」
ん? 元気になったのは良いとして、ケジメ? 何のこと?
湖宵はズンズン歩いて中庭広場の中央へ進み、ある一点を注目した。
その方向には過去、湖宵に告白をしたことがある女の子達の姿が。
どうやら彼女達も湖宵のことをチラチラと見て気にしているようだ。
湖宵は深呼吸を一つした後に、彼女達に向かって深く深く頭を下げた。
「せっかく告白してくれたのに酷いことしちゃってほんっとぉぉ~にごめんなさい! それと遅くなっちゃったけど言わせて! ボクのこと好きになってくれて、ほんとにほんっとぉ~にっ! ありがとぉ~っ!」
「「「「わあぁ~っ!! こ、こ、こ、こ、湖宵さまああぁぁぁ~んっ!!!」」」」
熱い叫びが迸ると同時に女の子達がドドドッ! と湖宵に殺到する。
「私達の方こそごめんなさい!」
「私達、湖宵さまがQ極TS女子だって知らなかったから……」
「きっといっぱい傷付けちゃったよね。ごめんなさい!」
「ずっとずっと言えなくて……」
「ううん、良いの皆! 仲直りしようね。ホラ、握手しよ!」
「「「「キャ~ッ♡ 私も♡ 私も~っ♡」」」」
うんうん。湖宵ファンの子達も湖宵とちゃんと話がしたかったんだね。
長年のミゾが一瞬で埋まって握手会 & ラウィッターの友だち登録会が始まったぞ。
あっ、ブレザーのボタンまで配ってる。湖宵ってばサービス精神旺盛だね。
いや~、しかし湖宵が少し羨ましいな。
いや、モテてるのがじゃないよ。
だってさあ、オレの場合は学校の女子から人気を集めるどころか怖がられてるんだもんよ。
エロ過ぎる人とか陰でヒソヒソウワサされてさあ。
ハァ、と溜め息を吐いたその時。
「「「た、高波センパイッ!」」」
「おお!? な、な、何かな!?」
これはビックリ! なんと三人もの一般女生徒から声をかけられてしまったぞ!? 超珍しい! (泣)
「だ、だだ、大学でも頑張って下さいっ!」
「お、応援してますっ!」
「じ、実はずっとセンパイのこと見てましたっ!」
「あ、ありがとう! オレ、凄く嬉しいよ!」
なんとなんとこのオレに隠れファン的な存在が!?
更に周りをよ~く見渡してみれば、どうやら他にもオレを意識している女子がチラホラといるようだ。
これは好感度UP + 底辺まで落ち込んだ地位向上の一大 Chance だぜ!
何をしてあげたら喜ばれるだろう? ここはマジで大事だぜ。
う~ん、ブレザーのボタンをあげちゃうのはちぃちゃんに悪いよなあ。
「そうだ、ワイシャツのボタンじゃ代わりにならないかな?」
そう言いつつ、おもむろにブレザーを脱ぎ出すと……。
「「「「「「「「ギィィィヤァァァ~~ッ! エッッッチィィィ~~ッ!」」」」」」」」
しまったアァァ! 女子達が逃げちまったアァァ!
オレのアホォォ! 高校生活最後の最後でやらかしちまったゼェェ~ッ!
これもう、やり直し効かねぇかなぁ!? 時間ってマジで残念過ぎるぅぅ! だって巻き戻ったりしねぇんだもんよぉぉ!
「お待たせ~、三五。帰ろう~」
お疲れ状態の湖宵がフラフラ~ッと現れた。
ブレザーのボタンというボタンが全部まるっと無くなってやんの。袖までだぞ、袖まで。
「つかさぁ、今気付いたんだけどさぁ、明日の卒業式どうすんの!? そんな制服じゃ出られなくない!?」
つ~かオレのブレザーもボタン一個無ぇんだけど!
「ボクん家に予備あるから。三五もウチ寄ってきなよ。お兄様の学生時代のブレザーがあるからさ」
「お、お借りしま~す!」
うわぁ~、締まらねぇ~。
なんともおマヌケな幕切れだが、しんみりするよりは良いか。
高校から家までの最後の帰り道。
オレと湖宵は笑いあいながら楽しい時間を過ごせたんだから。
いよいよ明日。
今までの生活が終わりを告げ、全く新しいオレ達の生活が幕を上げるんだ。




