裏94話 告白 湖宵SIDE 高三 三学期
※湖宵視点
ボクにとって意外だったのは、男の子の姿で過ごす高校生活が思いの外に充実したものになったこと。
正直な話、卒業後の輝かしい☆未来や、高一の夏休みのめくるめく♡メモリーに想いを馳せるだけの無味乾燥なものになると思ってた。
そうならなかった理由はやっぱりボクがQ極TS女子だってことをカミングアウトして、それをクラスの皆が受け入れてくれたこと。
何より三五が男の子の姿のボクをナチュラルにお嫁さん扱いしてくれることが大きいかな♡
よく考えてみたらこんなに毎日が穏やかなのって生まれて初めてかも。
物心ついた頃にはもう自分の性についてのモヤモヤを胸に抱えていたし、Q極TSした夏休みはドキドキしまくりで穏やかさとは無縁だったしね。
心に余裕が生まれて色々なことに目が向けられるようになった、と自分でも思う。
そんなボクが後悔、というか反省しているコトが一つある。
それはね、告白してくれた女の子を酷いフり方しちゃったなぁ~、ってコト。
いやホント、いくらパニックだったとは言えマジで酷いよ。
変顔しながらフッたり 「おちゃらかダンスDEおちゃらかHOY♪」 とか言いながらフッた記憶がある。
仮にもボクを好きだって言ってくれてる子に対してさあ……。
我ながら万死に値するんですけど。
恋は女の子にとって一大事。
三五に恋い焦がれまくって焼死寸前だったこのボクが人の恋する気持ちをないがしろにするなんてあり得ないでしょ。
でもそれを女の子達に謝ろうにも、今さら何て声をかけたら良いのかわからなかった。向こうにしてみたら尚更そうだよね。
そんな風にファンの子達との間に見えない壁が出来ちゃってたから、修学旅行の時に小海ちゃん、ユイちゃん、だいずちゃんとお友達になれたのはすっごくすっごく嬉しかったな。
皆とっても優しくてボクの気持ちを尊重してくれる。 「湖宵」 って自然に呼んでくれる。笑いかけてくれる。
ずぅっと入りたかった女の子の輪に入れてボク、とっても幸せ♪
あんまり幸せだったから、ついつい勘違いしちゃった。女の子達との間のミゾはもう埋まったって。ボクの過去のやらかしは全て許されたって。
そんなワケないのにね。
時は流れて、いよいよ高校卒業が目の前に。
受験という大一番と三五との悲しいすれ違いを乗り越えたボクはスーパーハイテンション × スーパー無敵 × スーパーラブラブリミットバースト状態♡
早く♡ 早く♡ 卒業♡ 卒業♡
Q極TSしてこれからずぅぅ~っと一生死ぬまで女の子♡
そしてそして記念すべきその日の夜、遂に遂に二人は大人の階段をぉぉぉ……♡♡♡
きぃぃぃぃやぁぁぁぁ~っっ♡♡
恋のキメ過ぎなボクには三年生を送る会なんて全く無意味なイベントにしか思えないワ ・ ケ!
だからさあ! だからさあ! 早く帰って明日の準備しようよ、三五ぉぉ!
え? 何? 帰る前に皆に挨拶した方が良いって?
あぁぁ~ん! もどかしぃぃ! 焦らさないでよぉぉん! 三五ったらぁぁん!
ちょうどその時、ボクの大好きなお友達の皆が揃って向こうから歩いてきたの。
ああん、皆聞いてよ。三五がね、女の子にイジワルするの。
そう言おうとして皆の方へ振り返った瞬間、ギョッとしてしまった。
だって、だいずちゃんが今にも死んじゃいそうなくらい辛そうな顔してるんだもの!
急いで保健室に連れてかなきゃ。
え? その必要は無いって? ど、どうして!?
だいずちゃんは具合が悪いワケじゃない? ボクに大事な話があって、それが済めば良くなるって?
と、とてもそうは思えないけど……でも三五がそう言うんだからそうなんだろう。
ボクは皆に連れられて人気の無い校舎裏へとやって来た。
う~ん、このシチュエーションってすっごくデジャビュを感じる。
前にもよくこんな感じでファンの子達に呼び出されたっけ。
そしてその用件と言えばたった一つ。
もしかしなくてもだいずちゃんの大事な話って、やっぱり告白……だよね。それしかないよね。
ボクのことを 「湖宵チャンさま」 なんて呼んで、心から慕ってくれているだいずちゃん。
そっか。そういうことだったんだね。
自分でも驚くらいにすんなりと目の前の事実を受け入れられたボク。
でもそれとは裏腹に、だいずちゃんの方は顔面蒼白で全身がガクガクブルブル震えていて、小海ちゃんユイちゃんに両側から支えてもらっていなければ今にも倒れてしまいそう。
「だ、大丈夫だよ? ボク、怒ったりなんかしないよ?」
見ていられなかったから優し~く声をかけてみたんだけど、それが逆にだいずちゃんの中の何かに火を点けちゃったみたい。
「や、優しくなんてしないで下さいっ! だって、だってっ!」
「わ、わっ。お、落ち着いてっ」
「だって私はっ! 裏切り者なんですっ!」
へ? う、うらぎり? な、何のこと?
「友達だって。理解のある女友達だって顔をしておきながら、私は湖宵チャンさまのことが……」
だいずちゃんが言い淀む。
その表情には怯えとか恐れとかいった感情がありありと感じ取れたけれど、その先を言わないという選択肢はもう彼女には存在しないみたいだった。
「湖宵さまのことが好きだったんです! ずっとずっと大好きだったんです! う、う、うわぁぁぁん!」
それは、それはまるで血を吐く様な叫び。
彼女の瞳からは涙が止めどもなく溢れて、瞬く間に顔中を濡らしてしまっていた。
「あ、あの……ね?」
「最低……! 私って本当に最低……! 私なんか、私なんか……!」
だいずちゃんは酷く思い詰めているみたい。
ど、どうしよう。気持ちを和らげてあげたいけど、上手い言葉が見付からないよ。
「お願いです湖宵さま! 私のこと思いっきりひっぱたいて下さい! キツくお仕置きして下さい! でないと私、自分が許せないっ!」
えっえ~っ!? そんなこと出来ないよ!
待って! 本当に少しだけで良いから待って!
泣きながらフラフラと歩み寄ってきて、ボクの足元にうずくまってしまうだいずちゃん。
その姿はまるで跪いて許しを得ようとしているようで……。あまりにも痛ましかった。
チクチク、チクチク。
あああ、早くだいずちゃんを楽にしてあげなきゃ! このままじゃボクの良心から血が吹き出ちゃう!
でも焦って言葉が出て来ないよぉ!
「ううん、こよこよ。叩くなら私を叩いて。だって、まめまめに告白するように勧めたのは私なんだから」
チクゥッ! チクチク!
ユ、ユイちゃん……。
「わ、わたわた、私もよ! 私も叩いて! だって私、湖宵が女の子から告白されるのが嫌なの知ってたもの! 知っててだいずの味方になったもの!」
チクチクチクッ! チクンッ!
こ、小海ちゃん……。
「いいえ、誰よりも湖宵ッチの気持ちがわかるのはこの私。私こそが一番の裏切り者よ。だから私を叩いて」
れ、恋ちゃん。いつもの語尾も付けずにそんなマジメな口調で……。
チクチクッ! チクチクチックン!
痛いっ! 心がいったぁぁい!
い、いや、皆の言葉は心からボクを心配してくれてるもので、責めてるワケじゃないってわかってるんだけど……。
な、なんかボク、すっごく悪者みたい。
いや、違う。違うな。
みたい、じゃない。
ボクは本物の悪者だ。
今までの悪さのバチが当たったんだよ。
女の子達からの告白が嫌で、酷い仕打ちをしちゃったから。
だからだいずちゃんはボクに告白するのを躊躇って、こんなに思い詰めちゃったんだね。
可哀想で可哀想で申し訳なくて、ボクもその場に座り込んでだいずちゃんをぎゅ~っと抱き締めた。
ああ、こんなに冷たくなって強ばっちゃって。
ボクが暖めてあげなきゃ。
「こ、こ、湖宵しゃまっ!?」
「悪いのはボクだよ。だいずちゃんは何も悪くないの。辛い思いさせちゃってごめんね」
「こ、こよいさまぁぁ……!」
好きな人に好きって言いたい気持ち。
好きな人に好きって言えない気持ち。
好きな人と自分が結ばれることは決してない……悪い方へ悪い方へ考えちゃって心が張り裂けそうになる。そんな気持ち。そんな痛み。
全部全部ボクには覚えがあるのに。
そんなボクが恋する女の子の気持ちをないがしろにするなんて、一番やっちゃいけないことだった。
「ごめんね、だいずちゃん! でもね、でもね、好きなの! だいずちゃんのこと、大好きなの! ずっとボクの、わたしのお友達でいて欲しいの!」
ああもう。ボクの本心から出てくる言葉ってばホンットワガママ。自分のことばっかり。バカバカ。
「わぁぁぁん! わ、私も、私も大好きですぅぅっ! ずっとずっと湖宵さまの……湖宵チャンのお友達でいますぅっ! わああ~ん!」
こんなボクをずっと好きでいてくれた可愛い可愛いだいずちゃん。
ボクが今出来るのは強~く抱き締めて、熱い気持ちのこもった言葉を一つも余さずに受け止めてあげるだけ。
してあげられることの少なさがちょっぴり悲しい。
だいずちゃんはボクの胸の中でもいっぱいいっぱい泣いて、いっぱいいっぱい好きって言ってくれたの。
どれくらいそうしていたかな?
やがて泣き止んだだいずちゃんはそっとボクの胸から離れた。
「え、えへへ、ありがとうございます、湖宵チャン。わ、私、まさかこんな風に想いが伝えられるなんて思ってもみませんでした。とってもスッキリした気分です」
「ううん、良いんだよ。それよりもだいずちゃん、手を出して」
「へ? は、はい。こうですか?」
ボクは素早くソーイングセットから糸切りバサミを取り出してブレザーの第二ボタンをチョキンと切り離した。
そしてそれをだいずちゃんのお手々に乗っけてあげたの。
「こ、こ、これは!? だだだだだ、第二ボタン!?? う、うう受け取れませんよこんな大切な物! だって、三五君に悪いです!」
「良いんだよ。だいずちゃんにもらって欲しいんだ」
「湖宵さまぁっ……」
むしろこんな物しかあげられなくてごめんね。
だってさぁ、卒業の時にあげる制服の第二ボタンって、本来なら学ランのじゃなきゃいけないんだよ。
心臓に近くないといけないワケだから。
ブレザーのボタンの距離の遠さが何だか切ないよね。
「あ、ありがとうございますっ! わ、わ、私、湖宵さまのこと好きになって良かった……ホントにホントに良かった!」
だいずちゃんはボクのあげた第二ボタンを大事そうに胸に抱いて嬉し涙を流している。
ボクの胸もキュウッて詰まって、そして。
「ボクも、ボクもだいずちゃんに好きになってもらえて良かったよ」
ウソじゃない。心からそう思う。
だってさ、男の子のボクってば幸せ者じゃん。
可愛いだいずちゃんに一途に想われてさ。
長い間、ず~っと自分を不幸だと嘆いてきたけれど。
Q極TSしてからも、初めから女の子に産またかったって何度も思ってきたけれど。
今日初めて男の子も悪くないって思えた。
これで良かったんだって思えた。
過去を有りのまま、素直に受け入れることが出来たんだ。
だいずちゃんのお陰だよ。
もう一回ぎゅ~ってしてあげちゃう。
ありったけの感謝と親愛、そしてほんの少しのごめんねの気持ちをこめて。
「ありがとう、だいずちゃん」
「湖宵さま……湖宵チャン……わぁぁ~ん!」
あれ? 今気付いたけど、小海ちゃん達の姿が見えない。
そっか、気を利かせてくれたんだね。
皆の優しさに甘えさせてもらおうかな。
ボク達は心行くまで語り合い、ハグをし合った。
たくさんの気持ちを通わせあって、前よりももっと仲良しのお友達になれた。
もちろん今回の件に心を砕いてくれた皆ともね。
それでね、別れ際のだいずちゃんの表情がビックリするぐらい大人びて見えたの。
きっと涙でキラキラ輝く瞳が真っ直ぐに前を向いているからだね。