裏93話 繊月 こよいの独白 高三 三学期
※こよい視点
繊月家ご自慢の大浴場。
そこにかけられた防湿全身鏡にバッチリハッキリ映るのは、夢にまで見た女の子の身体!
遂に、遂になれたんだぁ! ボクってば、ううん、わたしってばQ極TSして本当の姿に、本物の女の子になれたんだぁ~っ♡
うんうん♡ お顔と背丈が小っちゃくなってる♡ きっと三五のお隣に並んだらお似合い♡ だね♡
髪も肩まで伸びてくれて、おまけに潤いサラツヤ♡
お肌も滑らかツルツルピッカピカ♡
お腹に無駄なお肉もついてないし、脚もスラッとしてて理想的♡
お尻もキュキュッとスマートでカワユイ♡
お胸も……う、う~ん、お胸はぁ……ちょ~っと大き過ぎないかなぁ? いや、メイ姉さんと比べたら大きさ自体はそれほどでもないんだけどぉ、全体的なフォルムがスリムめだからミョ~に強調されて見えちゃう……。
あああん! 気になるぅぅ!
メイ姉さぁぁ~ん! ご意見聞かせてぇぇ~!
急いで浴場を飛び出して、タオルでシュババッと身体を拭いてからフリーサイズのシンプルな下着を身に付ける。
クッ! 初めての下着ももっと可愛いのが良かった……でもこの際しゃ~なし! 後で買ってきてもらおっと。
「メイねえ、じゃなくて彩戸さんっ! どう!? おかしくない!?」
「おかしいのおかしくないのって……。マジで女の子になってんじゃないのよ。こんなんもう魔法でしょ」
「もおぉ! そこら辺は今はどうでも良いから! どうなの!? 特にお胸周り! 三五に変に思われないかな!? そ、それとも気に入ってもらえるかな♡ ねぇ、どっちだと思う!?」
「ええぇぇ~……わっかんないわよそんなの……。だってアンタ、三五ちゃんの立場になって考えてみなさいよ。昨日まで兄弟みたいに思ってた子のおっぱいがボインボインになってたらフツ~ビビるでしょ」
う゛っ! た、確かにボクがトランスジェンダーだって前々から知ってる彩戸さんですらドン引きしてるのに、今日初めて聞かされる三五は寝耳に水、どころか寝耳にタイダルウェイブだよね。
あわわわ……ど、どうしよう。
「ハイハイ。お坊ちゃま、いやもうお嬢ちゃまか。いつまでもそんな格好でいると風邪引くわよ。お着替えしなさい」
彩戸さんが用意してくれたブラウスシャツとジーンズを着て、髪の毛も綺麗に整えてもらった。
「アラ~♡ ちゃんとおめかしして改めて見たら、とぉっても可愛いじゃないの♪ なんだか楽しくなってきたわ♪」
「あ、ありがと。ホントはもっとプリンセスみたいなお洋服が良かったんだけど……」
彩戸さんがフルフル首を振る。
ですよね~。三五にドン引きされるのは嫌だもん。
あ、あれ? じゃあ一人称が “わたし” だったらダメかな? 話し方も気を付けた方が良い? 今まで通りが良い? 女の子っぽいのはNG? ぶ、無難に敬語でいく?
わ、わかんなぁ~い! どうしよ~っ!
Q極TSの大感動も束の間のもの。
死ぬほど緊張しながら自分のお部屋に戻って、遂に三五とご対面したわたし。
そしたらね、またしても奇跡がおこったの。
ううん、Q極TS手術の誕生よりも、もっともっと素晴らしい飛びっきりの奇跡が!
どんな奇跡が起こったかって?
そ・れ・は・ね……♡
三五が、わたしの初恋の人が……わたしに一目惚れしてくれたのぉ~っ♡♡
うん。直接 「好き」 って言ってもらえたワケじゃないし、わたしの精神状態も平常とは程遠かったけどね。
だけど絶対そうなの! そうとしか思えないのぉ~っ!
だってだってぇぇん、わたしを見る三五の目がいつもと全然違うもん! ヤケドしそうなくらい熱っつくてぇ♡ お胸を見ないように見ないように~ってしてるのが逆に意識しちゃってる~ってカンジでキュンキュンするのぉぉ♡
それにねそれにね! 三五はドン引きするどころか、わたしの全てを受け入れてくれたの。
突然過ぎるわたしの話を怒らずに全部聞いてくれて、それどころか悩んでいたのを気付いてあげられなくてゴメンとまで言ってくれた。
さ、最後には蕩けるような甘~いお声でわたしのことを 「世界で一番可愛い」 って……♡♡♡
ンキャアァァァァ♡ ヤバいいぃぃん♡ 実際にQ極TSして女の子の目線で見る三五ってばちょ~ぜつマジヤバカッコいいのおぉぉん♡ 神ィィィ♡ 神神の神なのぉぉ♡ あっあっああぁぁん♡
それからの夏休みは想像してたよりも100億倍はハッピィなあまあまライフ♡
可愛いお洋服をい~っぱい着て♡ 三五と毎日デートして♡ プレゼントまでもらっちゃって♡
二人でゆっくりと初々しい恋を育んでいって、いよいよ訪れる運命の夏祭り。
お祭りを心行くまで楽しんだ後に、満天に咲く花火の下でわたし達はお互いの想いを伝え合う……そのハズが最悪な事態に陥ったの。
わたし達は悪い男達に目をつけられていた。
そうとは知らずに人混みから離れた時、わたし達は周りを囲まれてしまった。
三五はとっさにわたしの手を引いて囲いから脱出してくれたけれど、たちまち追い詰められてしまったの。
男達の厭らしい視線が饒舌に物語っていた。
狙いはわたしのカラダだと。
筆舌に尽くし難い程のおぞましさ、汚らわしさにわたしの全身の血は凍りつく。更にまるで縫い付けられてしまったかの様にその場から動けなくなってしまったの。
一刻も早く逃げなきゃいけないのに……!
あああっ! 大男が今にも三五に掴みかかろうと……!
嫌っ! 嫌っ! 三五に何をするつもりなの!
三五はわたしにとって一番大切な人。
男の子だった時には満月の様に、女の子になった今は太陽の様にわたしを照らしてくれるかけがえのない存在。
そ、そんな大事な三五が今正に理不尽な暴力にさらされようとしている……他ならないわたしのせいで!
し、しかも四人もの男達に寄って集って? そんなの絶対に只のケガじゃ済まない。そんな状態のまま、こんな所に放置されたら最悪………………死んじゃう?
さんごが、さんごがしんじゃう?
わたしが、わたしがQ極TSさえしなければ。
女の子になって三五と結ばれる……そんな夢さえ見なければ!
自分の選択を初めて後悔しかけた、その瞬間。
三五の手がピカッて光って、大男がその場に崩れ落ちたの!
ま、魔法!? 三五って魔法使いだったの!?
三五は美しくもしなやかな脚を大きく上げて、大男をえいえいって踏んづけた。続けざまに赤い煙を放って小男をやっつけて、夜の闇をも打ち払う大音声をもって悪い男達全員を追い払ってくれたの!
ハッキリ言ってどんな映画や演劇よりも美しい光景だった。
魔法の正体が彩戸さんから渡された防犯グッズだって知った後もあの光景の美しさはカケラも色褪せることはない。
ああ三五! 貴方はなんて美しい男なの!
はだけた浴衣から覗く逞しいその肢体は世界一の芸術品♡ はあああぁぁん♡
わたしの身体を凍らせていた恐怖は一気に融けて、制御不能の恋の奔流へと大変身!
魂でわかったの。
あ、わたしの運命の人はこの人なんだ。
ずっとこの人の隣にいて、この人の赤ちゃんを産むんだ。というか産む。絶対産む。産む! 産む! 産む! 産む! 産むううぅぅ!!
あ゛あ゛あ゛! なのに悪い男達に告白を邪魔された現状、わたしと三五の仲は幼馴染み以上恋人未満!? こんなに産みたいのにぃ!?
イ゛ヤ゛ア゛ア゛ア゛~! そんなの認められないぃぃ! 好きとか愛してるとか、そんな言葉ですらもうこの想いを伝えきれないっていうのにぃぃ!
狂おしいまでに人を好きになること。
好きになった人に命を懸けて守ってもらえること。
好きになった人に愛の告白をしてもらえること。
好きになった人と花火の下でキスを交わし合うこと。
こんな奇跡って、これ以上の奇跡なんて他にある?
この日。
わたしは過去の不幸を総て精算して、世界で一番幸せな女の子になったの。
夏祭りが終わって三五と恋人同士になった後は、前よりももっとも~っと幸せでラブラブ♡な日々がわたしを待っていたの♡
毎日毎日ちょ~思いっきりイチャイチャ♡ ちゅっちゅ♡ しまくって、時間が許す限り三五にベ~ッタリ♡
夜もお電話でその日のデートや次の日のデートについてのお話に花を咲かせたり♡
ああ♡ なんてサイコ~♡ なサマーパラダイス♡
だけどね。どんなに幸せでも、ううん、幸せだからこそ、ふとした瞬間に不安がよぎってしまうのが乙女心ってものなの。
例えばデートが終わって三五とバイバイした直後とか、夜一人で大きなベッドに潜っている時とかに。
夏休みが終わったらまた男の子の姿に戻っちゃう。とか、カッコ良過ぎる三五が絶対モテモテになっちゃうよ。とかね。
あと不安だけじゃなくって女の子のまま高校生活を楽しみたい! っていう欲望や、JKスタイルで三五を誘惑するなんて許せない! っていう他の女の子達への醜い嫉妬 (被害妄想ともいう) もね。
でもやっぱり三五にはわたしの汚い部分なんて見せられないじゃない? ってゆ~か見せたくない。
ボクは今までそうやって生きてきたし、わたしの乙女のプライドが許さない。
そうだよ。こんな悩みなんか今までのに比べたら全然ちっぽけだもん。
今まで通り心の奥底にぎゅ~って押し込めちゃう。
これでもうカンペキ☆ ……って自分では思ってたんだけど、お姉ちゃん代わりの彩戸さんには何故かソッコ~でバレちゃって三五にも伝わっちゃってた。
極めつけは夏休み最終日。
わたし、やらかしちゃいました。
よりにもよって三五にお姫様抱っこでベッドに運んでもらって、いざ! って時に泣き出しちゃったの。
もしも今日このお腹に三五との赤ちゃんが宿ったら、明日男の子の姿になった時にいなくなっちゃう……殺しちゃうってね。
そんな小さな可能性のカケラさえ、もうわたしには許すことが出来なくなってた。
世界一の幸せを味わったわたしはちょ~ワガママな女の子になっちゃったみたい。演技もちょ~下手になっちゃって女優業はもう廃業だね。
それからはもう泣いて泣いて、勢い余って支離滅裂で理不尽な本音をぜ~んぶブチまけちゃった。
んもぉぉ! 裸を見られるよりも恥ずかしかったよぉ!
だけど三五もわたしと同じように心に秘めていた本音や決意を語ってくれて、二人の絆がずっとずっと深まったんだ。
仲直りのちゅ~♡ をして甘えて、甘やかして……すっかり安心したわたしは三五に見守られながら、いつの間にか眠りに落ちてしまっていたの。
目が覚めた時、わたしはまたボクになっていた。
けれどもうこの胸に黒いモヤモヤが立ち込めることはなかった。
ボクの心は青空みたいにスッカリ晴れ渡っていたんだ。