裏92話 繊月 湖宵の独白 高三 三学期
※湖宵視点
ああ、ボクはなんて不幸なんだろう。
そんな思いを胸の奥に秘めながらず~っと生きてきた。
え? 何で秘めてるのって?
そりゃあボクの家は裕福だしぃ、自分で言うのもなんだけどボクってば勉強も運動も人より上手に出来ちゃうしぃ、両親譲りのこの顔も美形だねってよく言われるもん。
こんなボクが口に出して不幸だ~、なんて言ってたらヒンシュクかっちゃうでしょ (笑)
じゃあ何が不幸なんだよイヤミ野郎って?
ボクはね、皆が当たり前に持っているもの……自分の心のカタチにピッタリ合う身体を持っていないんだ。
女の子の心を持ちながら、男の子の身体で産まれてきてしまった。
ボクはトランスジェンダーなんだ。
そんなボクにはイヤなことがいっぱいある。
まず可愛いお洋服が着られないのがイヤだし、髪を伸ばしておリボンとか髪飾りとかを着けられないのがイヤ。
自分のことを “ボク” って呼ばなきゃいけないこともちょ~イヤ。
それらの不満だけならギリギリ不幸とまでは言えないかもしれない。一万歩譲って。
ボクの……繊月 湖宵の一番の不幸……それは幼馴染みの男の子に恋をしてしまったこと。
もちろんこんなこと面と向かって三五に言ったりはしないよ。両想いになれた今でもね。
多分、死ぬまで内緒にすると思う。
三五は毎日をとっても楽しそうに過ごしている男の子で、小さな頃のボクはいつも羨ましいなって思いながら彼のことを見つめてた。
そんなボクを優しい三五はいつでも遊びに誘ってくれて優しく笑いかけてくれて、気が付いたらボクも生まれて初めて心の底から大笑いしていたんだ。
三五といる時だけは自分がトランスジェンダーだって事実を忘れられるから、ず~っと三五にくっついていた。
小さな頃はそれだけで幸せだったな。
成長に従って身体に男の子の特徴が表れるにつれ、ボクの胸の奥にモヤモヤとしたイヤ~な気持ちが降り積もっていくようになった。
“ボクは男の子”
“男の子は三五のお嫁さんにはなれない”
そんな現実を否応なしに突き付けられてしまうから。
更に全く同じ理由の悩みの種がもう一つ。
それは女の子に告白されるようになったこと。
男の子として同性 (ボク視点では) から愛の告白をされるのは、現実を突き付けられるのもそうだけど、何て言うか、その、生理的に無理……とまで言ったら言い過ぎだけど、う~ん、まあ、とにかくそんな感じだった。
酷いって? だってぇ、無理なモンは無理でしょ!
てゆ~か仮にお付き合いするとしたら、三五と一緒の時間が減っちゃうじゃん。そんなのムリムリだもん。
嫌で嫌で仕方ないあまりにパニックを起こしたボクは告白をお断りする席でちょ~ハイテンションにおフザケしちゃいました。
すると相手の女の子はたちまち幻滅して、ボクが何かを言わなくても自然に諦めてくれたの。
それに味を占めたボクは学校では常時おちゃらけてるお調子者キャラを演じることにしたんだ。
ああっ、女優♂️であるボクが本当の姿、本当の笑顔でいられる瞬間。
それは三五、アナタが隣にいてくれる時だけ。
アナタは暗くて冷たいボクの行き先を煌々と照らす、まんまるお月様。
アナタがいるからボクは救われた。
アナタがいるからボクの胸はキュウッと締め付けられる。
アナタが満月なら、ボクは湖面に揺らぐ儚く細い朧月。
両者が一つに融け合うことはきっと……。
めいっぱいに楽しくて、めいっぱいに切ない日々を送っていたある日。
ちょ~スーパーウルトラ人生大 ・ 大 ・ 大逆転満塁サヨナラホームラン級の奇跡が起こったのぉぉ!
発表しまぁぁ~す! ジャジャァ~ン!
『ちょ~天才Dr.グレース! Q極TS手術法を引っ提げての大登場!』
Q極TS手術法とは! ♂️を♀に! ♀を♂️に! 完全完璧に一生性転換させてしまうというミラクル☆オーバー☆テクノロジーなのだぁぁ~っ!!
何が凄いって赤ちゃんが産めちゃうんだよ! Q極TS女子でもさぁ! こんなのQ極過ぎるでしょ!
まっさかボクの悩みをピンポイントでブチ壊すちょ~ぜつブレイクスルーが起こり得るなんてぇぇん! あああぁぁ~ん! シンジランナァァァ~イッ!
ハアハア。ひとしきりビックリし終わった次の瞬間、ボクは家族に 「Q極TSしたい! てゆ~かする!」 と訴えていた。
当然、最初はまともに受け合ってはもらえないよね。ボクはトランスジェンダーであることを秘密にしてたんだからさ。
でもボクはそんなのお構いなしに必死に主張し続けた。
「ボクは女の子なんだ! 絶対に必ずどんな手段を使ってでもQ極TSする!」
連日連夜、夜討ち朝駆けでアピールしまくってたら、ボクの鬼気迫る (お母様談) 勢いの前に遂に両親が折れた。
普段は親の言うことを何でも聞いて良い子にしてるボクが髪を振り乱し大声を張り上げながらバッチバチに反抗したんだもん。
そりゃ折れるよね。 (心が)
興奮しまくって酷いこともいっぱい言っちゃった。
「何で始めから女の子に産んでくれなかったの!? お陰で毎晩苦しいよ! 切ないよ! 責任取ってよ!」 とかさぁ。
この時の様子も三五には知られたくないなぁ。
ううう。こうして振り返ってみると、ボクって三五に秘密にしてること多いよね。
でもボクだって女の子だもん。好きな人には醜い一面なんて見せたくないよ。
ま、まあそんなこんなでお父様から 「高校卒業後にQ極TSすることを許可する。但しそれまでに将来に就いてじっくり考えること」 って約束を取り付けることに成功したの!
内心では 「考えるまでもないよぉ! 高校卒業までなんて待てないよぉ!」 って思ってたけど、どう頑張ってもこれ以上の譲歩は引き出せなかったから 「はい! お父様ありがとう!」 ってお返事しました。作り笑顔で。
だがしかし! 転んでもタダでは起きないのがこのボクよ!
返す刀で 「じっくり考える為にはより多くの判断材料が必要ですよね? Q極TSカプセルを用いてのお試しTSを希望しまぁぁす!」 っておねだりしたの!
そしたらそしたらそ ・ し ・ た ・ ら! 念願叶って高校一年の夏休みについに♡ 女の子になれることになったのぉぉっ♡♡
はい、最後に一つ大きな問題がありますね。
ボクってばQ極TSすることをずっと三五に伝えられないでいたの!
引かれたらどうしよう。嫌われたらどうしよう。
二の足を踏んでいてもボクにQ極TSしないという選択肢は存在しなくて、悩んで悩んで挙げ句の果てに……。
「今からQ極TSカプセルで♀になりマース♪」
んああああ! ついついいつものノリでおちゃらけちゃったよぉ!
ボクのバカアァァン! 染み着いちゃってるじゃん! 最初は演技だったお調子者キャラが定着しちゃってるじゃん!
クッ! だ、だけど今は致し方なし! 問題は女の子になったボクに丸投げしよう!
三五にはお部屋で待っててもらって、ボクは大浴場へと向かった。
いよいよ、いよいよQ極TSだぁ!
「ねぇ、お坊っちゃま。本当の本当にQ極TSするの?」
浴場のドア越しに彩戸さんが心配そうな声をかけてきた。
「愚問だよ、彩戸さん! いや、メイ姉さん! 見てて! これがボクの覚悟だぁぁ!」
言葉の勢いのままにボクはズバッと服を脱いで裸になり、浴場にマットを敷いてその上にコロンと仰向けになった。
流れるようなムーブで一切躊躇せずにQ極TSカプセルをお口にパックンチョ☆
「うぐぅっ!」
服用した瞬間、全身が燃えるように熱くなってブワッと汗が出てきた!
パキッ! パキパキ! パキパキパッキン!
うわあぁん! 何だか関節とか骨とかがパキパキ鳴ってりゅぅぅ!
シュ~ッ! プッシュゥゥゥ!
そんで毛穴という毛穴から水蒸気? みたいなのが吹き出したぁぁ!
「ア~ッ! ンアア~ッ!」
「ちょっとお坊っちゃま!? 大丈夫!? 入るわよ!?」
「ま、待って! 大丈夫だから! 入って来ないで!」
全身麻酔? みたいなのが効いてて動けないから自分の身体が今どうなってんのかイマイチわかんないけど、とにかくこんな姿は誰にも見られたくない!
あああ、ボクの身体が作り変わっていく。
けれど恐怖なんてあろうハズもない。胸に満ちるのは希望のみ。
だって身体から忌まわしい男の子の特徴が消えて、産まれてからずっと恋い焦がれていたカタチに変わっていくんだもん。
やがて変化が終わって、身体に力が入るようになった。
震える心、逸る気持ちを落ち着かせながらシャワーを浴びる。
初めて見る女の子のボク……いや、わたし? の身体だからね。ちゃんと綺麗にしとかないと。
ドキドキ、ドキドキ。
深呼吸をしてからえいっ! と姿見の前に身を踊らせると、そこに映っていたのはもちろん……。
「キ、キャアァ~ッ♡ なってるぅ♡ 女の子♡ の身体になってるぅぅ~っ♡♡」