裏91話 告白 三五SIDE 高三 三学期
講堂や中庭などでは今も同級生達がワイワイ盛り上がっている。
オレはその輪を外れて、人の流れを遡りながらプラプラと歩いていく。
やがて人が少ない校舎の中へ。
何の変哲も無い造りだけれども、今日で見納めだと思うと妙に感慨深い。
リノリウムの床にコツコツと音を響かせながらゆっくりと歩く。
オレの足は自然と通い慣れた教室へと向いた。
自分の席に座って待っていようかな、とも思ったけれども最後のHRを終えてオレ達の物がすっかり無くなってしまった教室は何だか居心地があまり良くなかった。
「屋上にでも行くか……」
この学校には屋上広場が二つある。
片方は園芸部が丹精込めて育てた花壇やカフェスペースがあって、生徒達から大人気の名スポット。
きっと今も多くの生徒で賑わっているだろう。
そしてもう片方は太陽光発電のパネルがズラ~ッと並んでいるから窮屈でガッカリな不人気迷スポット。
後者の屋上で静かな時間を過ごすとしよう。
ダラダラと階段を上って不人気屋上にご到着。
うわ、マジで誰も居ない。
当たり前か。何が悲しくて高校最後の登校日にソーラーパネルや蓄電池なんぞを見ながら過ごさなきゃならんのだ。
オレはフェンスにもたれ掛かって空を見上げる。
良い天気だ。
そのまま一人の世界に入り込もうとしたところで……。
「お、お兄様っ!」
女の子に声をかけられた。
オレをお兄様と呼ぶ女生徒は一人しかいない。
「あれ? ちぃちゃん?」
エロ姉ぇの妹で、下級生で唯一オレに気さくに話しかけてくれる (泣) ちぃちゃんだ。
「ご、ご卒業おめでとうございマスッ!」
「え? それを言いにワザワザこんな所まで?」
オレってばアテもなくほっつき歩いてたのに。
もしかして相当探させてしまった?
「うわ~、何かゴメンね」
「い、いえ、後ろを追いかけ……コホンコホン! えっと! お兄様とゆっくりお話ししたかったので! ちょうど良かったデス!」
ああ、なんて素直で可愛い後輩さんだろう。
最初に会った時の印象とは大違い。
「思い出すなぁ、二年前の体育祭を。ちぃちゃん、あの頃マジでヤバかったよね。大好きなお姉ちゃんの真似っこしててさ」
「ア、アハハハ……ちぃにとってお姉様はずっと憧れの存在デスから」
ワザとサイズがキッツキツの制服 (いつでも夏服) を着てムチムチバディを強調しまくり、妖しい言動で男子達を誘いまくりの惑わしまくり。
“あの” エロ姉ぇと生き写しの姿から入学一週間にしてエロちぃというアダ名をつけられてしまったのも納得だと言えよう。
だもんで初めて会った時は戦々恐々とした。
これから先、エロ姉ぇとタッグを組んでちょっかいかけてくんのか~、ってね。
でも違った。ちぃちゃんは素直な良い子だったのだ。
オレが制服は着崩さない方が良いよって言ったら、次会った時にはちゃんとしたサイズの制服をキチンと着て来てくれたもの!
めっちゃ感動したのを覚えてるわ。
姉貴の方は何度言っても馬耳東風なのにさ!
いやあ懐かしい。
「まあでも、エロ姉ぇに憧れる気持ちもわかるけどね。いつも自信に満ちていてエネルギッシュでさ。見習いたいところもたくさんあるし」
「お兄様……」
あれでエロくさえなけりゃあ間違いなく普通に慕っていた。
エロ姉ぇ。
忘れもしない。ちょうど去年のこの日にオレは彼女から告白された。
それっきり彼女とは音沙汰が無い。
その後のエロ姉ぇがどうしていたのか気にはなっていたんだが、なかなかちぃちゃんには聞き辛かった。
もしかしたら今は良い機会かもしれない。
「あのさ、最近エロ……いや、お姉さんは元気してる?」
「はい、それはもう。当初はやっぱり落ち込んでマシたが、吹っ切れてからは前にも増して凛とした女性になりマシたよ」
それは良かった。いや、フッたオレが言っていいことじゃないと思うけども。
それにしても前にも増して、か。街でバッタリ会ったりしたらビックリさせられちゃうかもね。
「それもお兄様がお姉様と真っ直ぐに向き合って下さったからデス。本当にありがとうございマシた」
「そんな、お礼だなんて……」
ちぃちゃんに頭を下げられて、非常に困ってしまう。
フる側がフラれる側にしてあげられることなんて、本来なら何も無いハズ。
それなのにオレは余計なお節介を焼いてしまったんだから。
困惑するオレの顔を見たちぃちゃんがフルフルと首を振る。
「いいえ、お兄様。お姉様はお兄様の誠実さにいつも救われていたのデス」
ちぃちゃんの語り口は穏やかそのものだが、その言葉には強い気持ちがこめられていた。
「お兄様はお姉様の誘惑こそ拒絶されマシたが、決してお姉様を冷たくあしらいはしマセんデシた」
「そ、そうかな? 結構ぞんざいに扱ったような記憶も……」
「クスッ。でも後で謝って下さいマシたよね? お詫びのプレゼントまで買って来て下さって。お姉様、今も大切に身に付けてらっしゃいマスよ。あの豹柄のブラジャー」
嬉しくないんだけど!?
「お兄様に構ってもらうウチにいつしか募っていった想い……火傷しちゃうくらいに熱い気持ちをそのままぶつけても、お兄様は真っ直ぐ受け止めて優しいお言葉を返して下さいマシた。だからこそお姉様は前よりも素敵になれたんデス」
「そうだったんだ……やっぱり君のお姉さんは強い人だね」
「ハイッ♪ お姉様の胸の中にあるお兄様との思い出。それは今ではもう楽しいものばかり。……ちぃはそれがとても羨ましい」
「ちぃちゃん?」
先程まで微笑みをたたえていたちぃちゃんの顔にピリッと緊張が走った。
「ご迷惑なのはわかっていマス! でも、でも、ちぃの想いもぶつけさせて下さいっ!」
ちぃちゃんはその場で深呼吸を何回か繰り返し、キッと目に力を入れながらオレに想いの丈を打ち明けた。
「ちぃは、ちぃはお兄様が好きデス! 大好きデスッ! ごめんなさいっ!」
言葉から迸る熱い気持ちがオレの全身を震わせる。
好きです。ごめんなさい。好きになってごめんなさい。
ちぃちゃん、君は本当に良い子だね。
心に決めた人がいるオレに付き合って下さいだなんて、とても言えなかったんだよね。
でもさ、 「ごめんなさい」 はないよ。
そんなこと言われちゃったら……。
「悪いことしてない子は謝らなくても良いんだよ」
「お、お兄様?」
冷たくなんて出来ない。
余計なことは言わずに立ち去った方が失恋の傷は浅くなるとわかっていながら。
やっぱりオレは偽善者だ。悪い男だ。
だからその代償を支払わなければ。
「応えてあげることは出来ない。だけどオレは可愛い後輩の女の子に告白してもらえて嬉しかったよ。一生忘れられない思い出だ」
「お、お、おにいさま……っ!」
「ところで糸切りバサミ持ってる?」
「ふえっ!? は、はい、どうぞ……?」
この人いきなり何言ってんの? みたいな顔をされてしまったが、ちゃんと意味はあるのだよ。
ちぃちゃんから借りたソーイングセットから糸切りバサミを取り出し、制服のボタンに縫い付けられた糸をチョンチョンと切る。
オレはちぃちゃんの小っちゃな手を取り、その手のひらの上にそっと制服のボタンを乗せた。
「ちぃちゃん、コレ受け取ってくれる?」
「おっ、おお、お兄様!? こ、ここ、これ、制服の第二ボタンじゃないデスかっ!? ち、ちぃが、ちぃがもらっても良いんデスかっ!?」
うん。良いか悪いかで言ったら多分悪いと思う。
後で湖宵には絶対怒られるだろうし、後々のちぃちゃんの為にも良くないかもしれない。
でもオレは悪い男だから。
「今一番オレの心の近くにいるのはちぃちゃんだから。だからもらって欲しい」
「お、おにいさま……っ! おにいさま! ちぃ、ちぃ一生忘れませんっ! 忘れませんからっ!」
ほら見ろ、オレのバカ。フッた相手のこと忘れられなくしてどうする。
しかしここまで来たらもう遅い。
オレに出来る限りのことは全てしなければ。
「オレも一生捨てずにとっておくよ。ボタンが一つ無くなったこの制服を」
「おにいさまぁぁっ!」
次の瞬間、ダムが決壊したかの様にちぃちゃんの瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「ご、ごめ、ごめんなさい……っ。泣いちゃダメだって、泣かないって決めてたのに……!」
「良いんだよ。オレは見てないから」
クルッと向けた背中にちぃちゃんがすがり付く。
「わああぁぁ~っ! おにいさま! おにいさまぁぁぁ~っ!」
ちぃちゃんは泣いて、泣いて、泣き張らして。胸の中の想いを全て絞り切った。
そして別れ際、ぎこちないながらも可愛らしくはにかんでみせてくれたのだった。
さぁぁ~て、そろそろ良い頃合いだろう。
湖宵に土下座しに行くか!
ダメダメなオレをボッコボコにお仕置きしてもらおう!
ああでも、泣かれたりしたらどうしよう。
オレってば酷いよな。だいずちゃんに告白をすすめて、自分はちぃちゃんに告白されて第二ボタンもあげちゃって……。
うわぁ……結果だけ書き出したら酷いなんてもんじゃない。最悪過ぎる。
でもケジメはつけさせてもらう!
一生かけて償うから!
うおおおお~っ! 待っててくれ~っ! 湖宵~っ!