裏90話 卒業前、最後のイベント 高三 三学期
パーティーが終わった後、オレと湖宵はまったりゆったりな日常を送っていた。
今日は湖宵のお部屋でアルバムなんぞを広げつつ、思い出話に花を咲かせていた。
「おっ、修学旅行の写真だ。秋の京都は最高だったな~」
「ね~♪ 小海ちゃんユイちゃんだいずちゃんと仲良くなれたのも修学旅行のお陰だし♪」
高校の行事から中学の行事、高波 ・ 繊月家合同家族旅行、小さな頃……といったように現在から過去へと遡る形で思い出を振り返っていく。
「てゆ~か湖宵さぁ、一人で居る時めっちゃ写真写り悪くねぇ!? ムスッとしてるし像がブレブレなんだけど!」
「当たり前でしょ! 男の子の格好してる写真なんかホントは撮って欲しくないの! 三五と一緒の時以外はね!」
マジか。なるほどな。オレとの写真ではいつもニコニコしてたから気が付かなかったよ。
「Q極TSした後ならいっぱいお写真撮って欲しいな。着てみたいお洋服もいっぱいあるしぃ。もちろんカメラマンは三五ね♪」
昔話をしていても今の湖宵の関心は専ら未来にしか無い。
とっとと卒業してQ極TSしたい! というのが湖宵の本音だろう。
もちろんオレだって早く初恋の女の子に逢いたい。
でもいよいよ卒業ともなると、言葉では表しきれない万感が胸に迫ってもくるのだった。
オレとしては卒業が待ち遠しい気持ちよりも、それまでの日々を心静かに穏やかに噛み締めたい気持ちの方が強い。
「Q極TSしたら三五お待ちかね♡ のオ♡ト♡ナ♡お泊まりデート♡ だかんね♡ んふふふふぅ♡」
「う、う、う、うん!」
うおおおおおお! さ、さ、さ、流石にお泊まりの話をされたら穏やかではいられんぞおぉ! あ゛~! 大丈夫かなあ!? ちゃんと大人の階段昇れるかなあ!? 心の準備キメないとおぉ!
ハアハア。ま、まあたまにハッスルしつつも、卒業までの何でもない特別な日常を大切にしたいオレなのだった。
だけどそんなオレの感傷や湖宵の逸る気持ちとは関係無く時は流れ過ぎてゆく。
本日は卒業式前日。
三年生を送る会が催される日だ。
去年は送る側だったが今年は送られる側。
暖かい言葉や楽しいパフォーマンスなどでもてなされ、後は各々で在校生や慣れ親しんだ学舎との別れを惜しむ運びとなる。
「「「「高波せんぱ~い! ご卒業おめでとうございま~す!」」」」
「おう! ありがとな~!」
陸上部の後輩達がお祝いの言葉をかけに来てくれた。可愛いヤツらだぜ。
「高波先輩! 春休みはウチに顔出してくれます?」
「バッカw 高波パイセンはデートでそれどころじゃね~よw」
「あっ、そっか。繊月先輩がQ極TSするんだっけ」
「めっちゃ美人になるんだろうな。そりゃ部活どころじゃね~わ」
「ちゃんと顔出すって。デートの合間になww」
「「「「ギャハハハハハ! 高波パイセンタフ過ぎッスよww」」」」
去年と同じで送る側と送られる側もゆる~いノリだった。
まあオレみたいな一般生徒 (自称) はね。
超人気生徒ともなると一味も二味も、いやさ百味は違うぜ?
「キャ~ッ! 隼さまぁ~っ!」
「隼さまっ! お手紙ですっ!」
「プレゼントですっ! 受け取って下さいっ!」
「あ、あ、握手して下さぁぁぁいっ!」
「大学でも陸上頑張って下さいね! 一生応援してますからっ!」
当校陸上部が誇るスーパースター ・ 隼兄弟の周りには女子がわんさか詰めかけて黒山の人だかりを作っていた。
「ありがとう。皆の気持ち、とても嬉しく思う!」
「我ら兄弟、陸上一筋! 必ずや一回り成長した姿を皆に見せると誓う!」
「「また会おう、皆!」」
「「「「キャア~ッ♡ キャアア~ッ♡ 隼さまぁ~っ♡」」」」
女の子達は皆もうメロメロの目ン玉♡♡状態だ。
う~ん、隼兄弟はいつも爽やかだなあ。
あれで変な料理を作って食ってお腹壊すクセさえ無けりゃあねえ……。
「「「「ぶ、部長っ!」」」」
「やあ、山田クン、鈴木クン、田中クン、高橋クン。僕はもうとっくに部長じゃないよ。音無と呼んでくれたまえ」
「お、音無先輩っ! あ、あの、あのっ!」
「私達、大事なお話があるの!」
「こ、ここじゃなんなので、静かな場所で……」
「き、聞いてもらいたいんデスノ!」
「フム。どうやら大切な話のようだね。ならば部室に行こう。あそこなら邪魔は入らないからね」
うおおお!? 山田さん、鈴木さん、田中さん、高橋の放送部ガールズが音無君を呼び出したぞ!?
あの4人の熱い眼差し……あれは正に恋する乙女のそれだった。
つまり4人同時に愛の告白!? 誰が選ばれても恨みっこなし的な!?
マジでか! 音無君は一体誰を選ぶのか!? はたまた選ばないのか!?
もしカップル成立したら後でスマホに嬉しい報告が届くかもね。
いや~、しかし友達がモテてると何故だかオレも小気味良いなぁ~、などと若干ニヤニヤしながら思っていると……。
「三五ぉぉ~ん♡」
「グハアアアア!」
湖宵からの不意打ち飛び付きアタックをモロに喰らってしまった!
「三五♡ 三五♡ 明日♡ 明日っ♡ いよいよ明日っ♡ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛♡ 居ても立っても居られないぃぃ♡ 帰ろ帰ろ♡ 早く帰ろおぉぉ♡」
ズルズルズルズル!
うっお~!? テンション限界突破ver. 湖宵に引き摺られる! 物凄い力だぁ!
「ちょちょちょ! ちょっと待ってよ湖宵!」
「何でよぉぉ! 待てないよぉぉ! もう帰って明日のイメトレしたいぃぃ! あああぁぁん!」
湖宵の目にはもう明日しか見えていないみたいだ。
至極当然だろう。
明日にはかねてよりの念願、いや宿願が叶って本当の自分に生まれ変われるんだから。大人しくしてろと言う方が無理がある。
だがそこを押して待って欲しい。
湖宵の様子から察するに多分まだ、だいずちゃんと一対一で話をしていないだろう。
だいずちゃんが湖宵に告白するにしろしないにしろ、Q極TSする前に一度会ってあげて欲しい。
けど湖宵の力マジハンパねぇ! このままでは強制的にお持ち帰りされてしまう!
「ま、ま、待ってよ湖宵! 帰る前にだいずちゃん達に挨拶して……おっ?」
ウワサをすれば影。
向こうから小海、ユイ、恋さん、だいずちゃんのいつものメンツが歩いてくる。
しかしだいずちゃんのその表情はいつもの柔和なものとは全くかけ離れている。
緊張で酷くこわばり紙の様に真っ白で、一言で言えば悲壮感に満ち溢れていた。
「あぁん、皆聞いてよ三五が……えっ!? だ、だいずちゃん!? どうしたのその顔!?」
今のだいずちゃんの顔を真正面から見ることで、ようやく湖宵も
異変に気付いてくれたようだ。
「大丈夫!? すっごく顔色悪いよ!? 具合悪いの!? ほ、保健室! 保健室行かないと!」
「落ち着いて、湖宵」
「落ち着いてらんないよぉ! だ、だいずちゃんが、だいずちゃんがっ!」
「だいずちゃんの具合は悪くないよ。ただ、湖宵に大事な話があるみたいなんだ。聞いてあげてくれる?」
「えっ? えっ? さ、三五がそう言うなら?」
状況がイマイチわからない、といった顔をしながらも湖宵は大人しくだいずちゃん達に連れられて行った。
さて、今のオレに出来るのは待つことだけだ。
友達や後輩達とバカ話をして時間を潰す気にはとてもなれないので、一人で校舎の中を歩いて回ることにしよう。
高校生活の思い出を懐かしみながら、ね。