裏89話 未来へ向かう為のパーティー 後編 高三 三学期
「うわぁ~♪ 素敵♪ とっても綺麗でロマンチック♪」
ユイが繊月家ご自慢の噴水広場を見て歓声をあげた。
ライトアップされた噴水のキラキライルミネーションは着飾った女の子達を更に華やかに彩っている。
ちょっとした非日常空間だ。
ここでなら腰を据えて話が出来るんじゃないかな? 他に人が来てもすぐにわかるしね。
「クスクス♪ 何だか告白でもされそうなシチュエーションね♪ それも三人まとめてだなんて♪ 三五ったら欲張りね♪」
「そんなワケないだろぉぉ! 小海ぃぃ!」
「キャ~ッ♪ キャッキャッ♪」
キャッキャじゃないよ! 全く小海は!
何でオレが告白する側なんだよ!
打ち明けたいことがあるのはだいずちゃんだろ! 多分ね!
でもまあ明るい雰囲気になったからよしとしよう。
少しは気持ちがほぐれたかな? と思ってだいずちゃんの顔を覗いてみるとやはりまだ暗く沈んでいて、よく見ると目の下に隈すら出来ていた。
オレはその悲しい表情が見ていられなくなって、思わず反射的に声をかけてしまった。
「だいずちゃん、もしかして湖宵の事で何か悩んでるの? 良かったら話してくれないかな? もちろん絶対内緒にするから」
「…………!」
ビクッ! と肩を震わせてしまうだいずちゃん。
しまった。ちょっとストレート過ぎたか。
オレの一言は波紋となり、既に限界を迎えていただいずちゃんの心を酷く揺さぶったようだ。
「い、い、言えないですよそんなのっ! こ、湖宵チャンさまに嫌われるのだけは絶対に嫌っ! そ、それに三五君だってきっと私のこと嫌いになるものっ!」
「お、落ち着いて、だいずっ」
「まめまめ……」
取り乱すだいずちゃんを小海とユイが左右から抱き締める。
「だいずちゃん、君はやっぱり……」
オレはだいずちゃんの様子から、彼女の悩みの種が何なのかがなんとなくわかってしまった。
だいずちゃんは恐らく湖宵のことが好きなんだ。
女友達としてじゃなく、男の子として。
それを湖宵に対する裏切りだと思っているから胸を痛めているんだろう。
「さ、最低……わ、私って本当に最低……ヒック、グスッ、……ごめんなさい。ごめんなさい」
「あっ、あっ、だ、だいず、な、泣かないで……」
オレが察してしまったことを彼女もまた察したのだろう。
涙ながらに何度も何度も謝られてしまった。
でも……。
「謝ることなんて何も無いんだよ。だって好きになる人を選ぶことなんて誰にも出来ないんだから」
そう。オレだってQ極TSをした幼馴染みの親友に一目で恋に落ちてしまった。
本来ならば、オレは女の子になったばかりで不安そうにしているこよいを陰日向になり支えなければならない立場だった。
それが逆に彼女にメロメロになって愛を叫びまくるなんてシャレにもならない。フラれでもしたら気まずくてサポートどころじゃないからな。
湖宵だってそれこそQ極TSカプセルが誕生するずっと前からオレのことが男として好きだったんだ。
自分の恋は報われることはない、と嘆いたこともあったろう。
オレのことなんて好きにならなければ良かった、と思ったこともきっとあったに違いない。
それでも湖宵はずっとオレのことを好きでいてくれた。
人を好きになる気持ちは誰にも抑えられないんだ。
「だいずちゃんに湖宵を好きになるな、なんて言う権利は誰にも無い。君は悪くないんだよ」
「そ、そ、そんなっ! わ、悪いですよっ! だって、だって……私っ!」
だいずちゃんは組んだ両手に血がにじみそうなくらい力を込めながら叫んだ。
「私、言いたくて言いたくて仕方がないんですっ! 湖宵チャンさまに……湖宵さまに、好きだってっっ! 大好きだってっ! ずっとずっと、いつからか覚えてないくらい前から好きだったんですってっ!」
積年の思いの丈を絞り出しただいずちゃんはシュンとして小さくなってしまう。
「こ、こんなこと言ったら湖宵さま……湖宵チャンさまを困らせちゃう……傷付けちゃう……」
だから言えない。
だけど言いたい。
仲間達皆が前を向いているのに、だいずちゃんだけが高校時代の心残りのせいでうつむいてしまっている。
下手をするとこれから先もずっと……。
それを黙って見過ごすことは出来ない。
「だいずちゃん、君が望むなら湖宵に告白したって良いんだよ」
「なっ!? い、良いワケないでしょう!? 何を言って……おバカなんですか貴方は!? 変なこと言って私を惑わせないで下さい!」
「だ、だ、だいず、あ、あまり大きな声出しちゃ……」
小海が興奮しただいずちゃんをなだめようとするが、全く用を成さない。
だいずちゃんはかぶりを振りながらオレに詰め寄る。
「こ、告白なんて、告白なんて絶対あり得ない! 適当なこと言わないで! 旦那さんだったら湖宵さまの幸せを一番に考えてよっ! バカァッ!」
「もちろん考えてるさ。悪いけど君のことよりずっとね」
「だったらどうして……っ!」
「あわわわ……ダ、ダメよだいずっ、落ち着いてっ」
「だってだいずちゃんは湖宵の大事な親友だから」
「………………ッ!?」
今にもオレに掴みかからんとしていただいずちゃんの動きがピタッと止まる。
パッチリお目々を更に大きく見開いて、いかにも心外そうな面持ちだ。
「湖宵はいつもだいずちゃん達のことを嬉しそうに話してくれるんだよ。君達みたいな女友達がずっとずっと欲しかったって」
「じゃ、じゃあ余計に告白なんてダメじゃないですか! その友達から裏切られることに……!」
「違うね。湖宵は自分が原因でだいずちゃんが苦しんでるのに何も出来なかったら間違いなく後悔する。いつまでも悲しむ。そういう子だから」
今は浮かれているからだいずちゃんの様子に気付けていないだけでね。これに関しては断言出来る。
「湖宵の為にもだいずちゃんには気持ちの整理をつけてもらわないと困るんだ。その為に湖宵に告白することが必要なら、是非勇気を出して欲しい。それがオレの正直な意見だよ」
「そ、そんな……で、でも、それでも傷付けてしまうでしょう? だってあの人は優しいから……」
「そりゃあそうだ。だいずちゃんとの繋がりはもう湖宵の一部なんだから」
「私が……湖宵さまの……一部……」
ケンカになるかもしれない。
お互いに悲しい思いをするかもしれない。
でもその繋がりを失うよりは痛みはずっと小さい。
そして……。
「湖宵にはオレがついてる。だから心配は要らないよ」
夫として湖宵を泣かせっぱなしにしたりはしない。
寄り添って涙を拭い、必ず笑顔を取り戻させてみせる。
「三五君……」
だいずちゃんはオレの決意を推し量るように厳しい視線を送ってきたが、しばらくするとフ~ッと溜め息を吐いて全身の力を抜いてみせた。
「ハアァ、敵わないなあ、もう。わかりましたよ、私の負けですよ。仰せの通りに気持ちの整理をさせて頂きますよ。あ~あ、何だかもう可笑しくなってきちゃいました」
アハハハハハ、と乾いた笑い声を立てるだいずちゃん。
彼女は笑いながら、止めどなく涙を流していた。
溜め込んでいた言葉と気持ちを吐き出させ、オレの方も言いたいことは全て言った。
お節介はここまでだな。
後はだいずちゃんが答えを出すのを陰ながら応援するだけだ。
「さんさん、まめまめのお話を聞いてくれてありがとうね。やっぱり頼りになるなぁ♪ すっごく大人ってカンジ♪」
嬉しいね。ユイからお誉めの言葉をもらっちゃったぞ。
「フフ~ン♪ まあ湖宵のダンナってだけはあるわね♪ 誉めてあげるわ♪」
「小海ぃぃ! さっきまでオロオロしてたクセに大上段からモノ言ってんじゃねぇぇ!」
「キャッ♪ キャッ♪」
キャッキャじゃないんだよ!
「おっ、三五先生だ。小海さん達と仲良くお喋りしてら」
「すげ~自然さだなぁ。緊張したりしないのかな」
「ウッキキィ~! どうしたらオレも三五先生みたくなれるっキィィ!? マジメに秘訣を教えて欲しいっキィィ~ッ!」
ああもう。ウルセ~のが来やがったよ。
「高波っチ♪」
「うわぁっ!」
またかよ恋さん! だからいつの間に背後に回ったんだっつ~の!
「だいずっチは大丈夫そうネンネン♪ それにしても悪かったわネンネン♪ 恋敵に塩を送るよ~なマネさせちゃって♪」
本当だよ全く。でも仕方ないよね。湖宵の為なんだからさ。
「三五ぉ~っ♡♡」
「グハァァァ!」
やれやれ、とすくめようとした首に湖宵の腕が思いっきり絡み付いてくる! 息が! 息が出来ないんですけど!
「しゅごいのぉぉ♡ オトナのセカイってぇぇ♡ 聞いちゃった♡ 聞いちゃった♡ もう少しでボクと三五も……♡ あっあ~っ♡ ヤバ過ぎりゅうぅぅ♡ ドキドキでハート大バクはちゅぅぅぅ♡」
ギュウウゥゥ!
グエエェェ! 首が! 首が締まる!
今の湖宵のテンションはさっきまでの比じゃない!
恋さんんん! アンタなに吹き込んだんだよぉぉ!?
「んふふん♪ それは後々のお楽しみヨンヨン♪」
クッ! オレが抗議の視線を送ったところで恋さんはものともしない!
これがオトナ恋愛経験者の余裕なのか!?
「音無よ、ウヌの泰然とした構えは誠に美事なり。流石は三五の善き友よ」
「ハハハ。それは何より嬉しい誉め言葉だね」
音無君ってば愛栖の姐さんと仲良くお話ししながら悠々と登場してやんの。
オレ今大変なのに! 羨ましい! 混ぜてよ!
「ウッキッキィ~! オレも女の子と仲良くなりたいっキィ! キィィィ! キィィィ! キィィィヤアァァ~ッ!」
「キャハ♪ ねえ見て見てユイ、お猿ちゃんが泣いてるわよ♪ おもちろ♪」
「こみこみったら趣味悪いよ。慰めてあげなきゃ」
気付けばキラキラ噴水広場に全員集合。
たちまちわちゃわちゃ大騒ぎ。
うん。コイツらが大人びて見えたのは目の錯覚ってヤツだったみたいだな。
「三五っ♡ 三五ぉっ♡ 嬉しいよぉ♡ も~少しで完璧な女の子になれりゅのぉぉ♡ あっあ~っ♡ 愛してるぅぅ♡」
中でも湖宵が一番子供っぽいね。優勝。これは優勝ですわ。
生の感情をそのままドストレートにぶつけてくるところが評価のポイントかな。
子供っていうかもう赤ちゃんみたいにニッコニコだ。
「湖宵チャンさま、良かったですね」
複雑な内心を押し殺しながらも、だいずちゃんは湖宵に優しい言葉をかけてくれる。
少し無理して見えるけれどいつもの柔らかな笑顔で。
「だいずっちゅわ~ん♪ ありがちょ~♪ ちゅきぃぃ♪」
ムッギュウウゥ!
何も知らない湖宵がだいずちゃんに思いっっきり抱き着いた!
ダメだって! そんなことしたら!
「あっあぁ~っ! そんにゃぁぁ~んっ♡ もうワタシどうシタラいいにょぉぉ~っ!?」
ああ! だいずちゃんがパニック状態に!
本当に申し訳ない、ウチの湖宵が。
卒業まであとほんの僅か。
だいずちゃんはそれまでの間、眠れない日々を過ごすのかもしれない。
それでも君には前を向いて歩く為の答えを見付けて欲しい。
湖宵の幸せな未来には君の姿も必要なんだから。