第14話 高波 三五 ホットケーキ回
遂に夏祭りの日がやって来た。
「忘れ物無し。これで準備万端だな」
この日の為に買った浴衣に袖を通して、バッチリ髪型も整えた。
「アンタ気合い入ってるわねぇ~」
母さんがどこか呆れた様な表情でオレの事を見ている。
「ああ! 何てったって今日、こよいに告白するからな!」
「うう……あのコヨくんが女の子のこよちゃんになって、将来私の娘になるのね。ハア、時代は変わったわ。私も歳を取るワケよねぇ~」
確かにな。
いや、母さんの歳の話じゃないよ。
今や自由に自分の性別を選べる新時代になってしまった。
それ以前の時代に生まれたオレ達の親世代には受け入れ難い部分も多々あると思う。
ついこの前、女の子になったこよいと初めて対面した母さんはかなり動揺して引きつった表情をしていたっけ……。
何せ告白すると予告した後のこよいはオレに甘えまくりのベッタベタ状態だからなあ。
昔から知っている男の子がQ極TSして自分の息子に甘えてるんだから、そりゃあ引きつるわ。
ここで当時の様子を回想してみよう。
ホワンホワンホワンホワ ↑ ーン。(SE)
★★★★★
その日もこよいと楽しくデートしていた。
近所の本屋を冷やかして店を出た頃、オレは何だか小腹が空いてしまった。
「こよい、どこかでおやつを食べて行かない?」
「あっ、じゃあわたし、三五さんが作ってくれるホットケーキが食べたぁい♪ ですっ♪」
甘えんぼお嬢様のおねだり。
何故かこよいは昔からオレが作ったホットケーキが大好きなのだ。
事あるごとに作って作ってとおねだりされる。
繊月家で彩戸さんが出してくれるスイーツの方がずっと美味しいと思うんだけど。
「そ、そう? じゃあスーパーで材料買ってオレの家に行く?」
「やったぁ~♪ 行く行く♪ 行きま~すっ♪」
トッピング全部乗せが好きなこよいの為に生クリームやら、カラフルなチョコスプレーやら、ナッツ類やら、色々とスーパーで仕入れてからオレの家に向かう。
「ただいま~」
「お邪魔しま~す」
「あら? 三五、アンタ今日はえらく早めに帰ってキ……た、ノ、ね!?」
玄関先へ顔を出した母さんがオレとこよいを見てビシィッ! と凍り付く。
正確には、オレの腕にベッタリ絡み付いているこよいを見て硬直している。
「さササ、三五? そそソ、ソちラのお嬢さんは、ドチラサマ?」
ギ、ギ、ギ、と壊れかけのロボットの様な動きでこちらを向く母さん。
「あ、あの、お義母さまっ! わたし、こよいです! あれ? あれぇ? おかしいな。この前彩戸さんがわたしの事を、高波家の皆様に説明してきたよって言ってたんですけど……」
そう、ウチの家族が揃っている時にワザワザ彩戸さんが訪ねてきてくれたのだ。
その時にこよいが夏休みの間だけ本当の姿……女の子の姿でいられる事になった事、その経緯などを丁寧に説明していってくれた。
だというのに、こよいの事を知らない子扱いする我が母。
彩戸さんがワザワザ気を遣ってくれたのに……と言いたいところだがこれは仕方の無いことだ。
いや、オロオロしているこよいはとっても可哀想なんだけれども。
「ええ~っ!? ホ、ホントにあなたがコヨくんなのぉぉ~っ!? い、いや確かにメイちゃんと三五から色々と話は聞いてたよ!? だけどだけどっ!」
母さんは目をクワッと見開き、こよいに詰め寄る。
「聞いてたのと実際に見るのとでは、全っ然違う! 完っ璧に純度100%の女の子になってるじゃんっ! スカートはいてるしっ! めっちゃフェミニンだしっ!」
母さんの言う通り今のこよいは元は男の子だという事が信じられないくらい可愛くて、一つ一つの仕草も非常に美しい。
ファッションもキュートなアイテムを好んで選び、楽しく着こなしている。
面影が無くはないんだけれども、ハッキリ言って初見じゃ誰だか分からなくても当然だと言える。
「お、お義母さま。わたしは、こよいは実は女の子だったんです。ようやく本当の姿でご挨拶ができました」
「そ、ソノヨウネ。その言葉に嘘偽りが無いって私の五感が叫んでるわ。そりゃもうガツーンと、ハートに響いてきたもの」
そう言いつつも、母さんは若干放心気味だ。
もう一人の息子の様に可愛がっていた湖宵が実の息子に甘えるフェミニンガールこよいchanに変身してしまったんだ。
無理もないよなあ。
よし、ここは息子であるオレの出番だな。
「よーし、ホットケーキ作るよ! 皆でおやつタイムだ!」
「わーい、お手伝いしまーす♪」
「このTimingでおやつにすんの!? マイペース過ぎるでしょ!?」
だってさっきからお腹空いてるんだよ、オレ。
母さんだって美味しいものを食べればきっと落ち着くはずさ。
何せオレの単純さは母親譲りだからね。
エプロン着けてクッキングタイムスタート!
さて、素敵お嬢様であるこよいが絶賛するホットケーキって、一体どんなゴージャスなスイーツなんだ~? と思うよね?
ハイ。普通のレシピで普通に焼いた、普通のホットケーキです。
ホント~に変わった事はほっとんどしていない。
強いて違う点を挙げるとすれば、ホットケーキミックスを使っていない事。
後は、仕上がりをふっくらにする為に牛乳を少な目にしてバニラヨーグルトを入れたことくらい。
それでもこよいは、昔からオレの作ったホットケーキを何よりも美味しいと言って大喜びしてくれる。
オレもそれが嬉しいから一つ一つの工程を丁寧にこなして心を込めてホットケーキを焼くんだ。
はい。それでは本日の材料 (3人分) を説明します。
⚫ 薄力粉 300g
⚫ ベーキングパウダー 小さじ 3
⚫ 卵 (S) 3個
⚫ 砂糖 50g
⚫ サラダ油 大さじ1/2
⚫ 牛乳 160ml
⚫ バニラヨーグルト 大さじ 3
次にホットケーキを焼く時に気を付けること。
その1。
薄力粉、砂糖、ベーキングパウダーをボウルに移す時はちゃんとふるいを使いましょう。
その2。
卵、サラダ油、牛乳、バニラヨーグルトを混ぜた溶液を何回かに分けて粉ボウルにイン。
この時、ダマが残るくらいにサックリと混ぜましょう。
混ぜすぎは厳禁です。
その3。
フライパンはまず強火で温めてから濡れ布巾で冷まして温度調節します。
ホットケーキの種を流し入れる時は高い位置からフライパンの中央をめがけて一気に。
その4。
フライパンに蓋をして、3分間弱火で蒸し焼きにします。
ひっくり返す時はホットケーキがなるべく水平になるように。
調整はフライ返しで優し~く押しながら。むぎゅうと押してはいけません。
裏側も3分間蒸し焼きにしたら、完成!
「うわぁ~♪ キレイな焼き色♪ それにふっかふかしてる♪ コレコレ♪」
簡単だけど、丁寧に焼けばお姫様が喜んでくれるくらいに美味しいホットケーキが出来上がる。
さあ、どんどん焼いていこう!
ある程度枚数が焼き上がったら、お次はこよいのホットケーキに地獄のトッピングだぁ。
まず表面にバターをたっぷり塗って、その上にカットしたフルーツを並べていくじゃん?
その上にホットケーキを重ねて、またバターを塗るじゃん?
コーンフレークと砕いたビスケットをパラパラするじゃん?
チョコソースをビャーッとかけるじゃん?
もう一枚上にホットケーキを重ねるじゃん?
更に更に生クリームをこってこてに塗っていくじゃん? あたかも左官屋さんの如く。
次に生クリームをびゅるっと絞って形を整え、イチゴをセットするじゃん?
トドメにカラフルチョコスプレーをパラパラすれば完成じゃん?
ウッワーッ、相変わらず凄ぇ見た目だなこりゃ。
後は申し訳程度にミントでも添えておこう。
「はい、出来上がりだよ。三五特製デコ盛りホットケーキ~」
「うわーい! すっごーい! 更に腕を上げましたね、三五さん♪」
「うっぷ、見ているだけでお腹一杯。やっぱりこの娘はコヨくんね。こんなのを喜んで食べるんだから……」
ちなみにオレと母さんのホットケーキはバターとメープルシロップのみ。
「んっん~っ♪ あンま~い♪ やっぱり三五さんのホットケーキは世界最強スイーツ♪」
こよいは心から幸せそうにオレのホットケーキを食べてくれる。
「トッピング激盛りでふっかふかでぇ♪ 正にわたしの為のスペシャリテ! ああ♪ おいしい♪ はっぴぃ過ぎるぅ~♪」
お褒めの言葉を賜り、オレの方こそ幸せだ。
大好きな女の子に自分の作ったものでこんなにも喜んでもらえるんだから。
作った甲斐があったってもんさ。
蕩けそうな程幸せそうに笑ってくれるこよいは世界で一番カワイイ。
「うん、ちゃんと丁寧に焼いたのがわかる。美味しいわ。だけどさぁ……」
おっと、言わぬが花だぜ、おっ母さん。
作ったオレが一番良く分かってる。
確かにオレ的には上手に焼けた方だが、舌の肥えたお嬢様のお口に合うようなシロモノじゃないと。
でもいいじゃないの。
こよいが喜んでくれてるんだから。
食後にアイスティーを飲みつつ、まったりソファーで食休み。
こよいは満足そうなお顔でぎゅう~っとオレにくっついてくれる。
「わたしのワガママ聞いてくれてありがとう、三五さん♪ 一生懸命お料理してくれた愛情たっぷりホットケーキ。とっても美味しくて、わたしと~っても幸せです♪」
愛くるしくて仕方ないこよいのサラサラな髪をゆっくりゆっくり撫でる。
「ワガママなんかじゃないよ、こよい。オレ、こよいにおねだりしてもらえて幸せだよ。ホットケーキが食べたくなったらいつでも言ってね。喜んで作るから」
「三五さぁぁん……」
切なげな表情を浮かべるこよいがオレの胸に飛び込んでくる。もちろんオレはこよいの背中に腕をまわして……。
「あの~、三五? こよちゃん? 二人ってあれなの? お付き合いしているの?」
イカン。またしてもオレ達は親の眼前でイチャイチャしていた。
いやぁ、これもこよいが可愛過ぎるからだね。罪作りな女の子だなあ。
「いや、まだだよ。夏祭りの時に告白するんだ」
「そしてわたしはその告白を喜んでお受け致します」
「告白予告 & 受理予告!? え!? 今の段階ではカップル成立してないの!? これがジェネレーションギャップってヤツ!? もーワケわかんないわよぉ~!」
母さんの戸惑い、実にごもっとも。
だがこの恋はガチで一生モノなんだ。
なあなあで付き合うんじゃなく、リアルな断固たる決意をもってこよいと交際したい!
その為の告白。
その為のシチュエーションなのだ。
でもオレのそんな熱いハートはこよいにバッチリ筒抜けなんだよね。
絶対 「はい」 ってお返事するからね、とか告白の後はわたし涙入るんでアフターケアヨロ、とか夜の電話口でしきりに宣言するこよい。
毎日くっつかれて子犬ちゃんみたいに甘えられているのに、付き合ってないってどういう事? というご意見、至極ごもっとも。
それでも当事者の我々の熱い気持ちを尊重して、温かく見守ってもらいたいな。
「後は若い二人にお任せします……」
母さんは時代の波についていけないとばかりに遠い目をしてしまっている。
でも何だかんだ言ってもオレ達の交際を否定したり、こよいのQ極TSを否定する様な事は一言も言わなかった。
それはオレの父さんも同じだった。
★★★★★
回想終了。
ホワンホワンホワー ↓ ン。(SE)
引きつったり呆れたりしつつも、こよいを何やかんやで変わらずに受け入れてくれたウチの両親。
そして条件付きとはいえ、実の息子がQ極TSする事を認めてくれたこよいのご両親はかなり理解がある方だといえよう。
親とは偉大だ。
「オレ達のこと認めてくれてありがとう、母さん! 将来のお嫁さんを必ずGETしてくるぜ!」
「うわぁ、オスの顔してるよこの子。めっちゃイヤらしい……」
ジト目の母さんを尻目に、オレはウキウキとこよいの元へ向かうのだった。