裏74話 三五は期待に応えたい 高三 二学期
とある休日。
オレは湖宵と勉強会をする為に繊月邸へと赴いた。
すると、とても意外な人にお出迎えをされてしまった。
「よぉ~、三五! 久し振り~。何かお前、また背ぇ伸びてない?」
品の良いカジュアルスーツをサラッと着こなすこちらの美丈夫は……。
「弦義お義兄さん! お久し振りです!」
湖宵のお兄さんである繊月 弦義さん。
とても気さくな人で昔から可愛がってもらっているのだ。
「でも珍しいですね。お義兄さんが何もない休日に家に居るなんて」
もちろん跡取り息子である弦義お義兄さんが繊月家に居るのは何らおかしいことではないのだが、お仕事や私生活がとても充実しているお義兄さんは毎日あちこちを飛び回っていて、滅多に家に帰ってこないのだ。
「今日の夜、パーチーがあンのよ。おトン様と一緒の堅っ苦しいヤツ。だから珍しくのんびりして英気を養ってるってワケよ」
「流石セレブですね、お義兄さんは。凄いなあ」
「ちょw つかさぁ、三五さぁw さっきからオレんこと、義理の兄と書いてお義兄さんとか呼んでねぇ? www いくら何でも気ィ早過ぎんだろ~♪ くのくの~♪」
お義兄さんにガシッとヘッドロックをかけられた! うわわわわ~!
「お義兄さん、ギブギブ! ぐええ~!」
腕をパンパンとタップするも、なかなか離してはもらえない。
湖宵に良く似てお調子者なのだ。
それでいてそんじょそこらに居るお陽気兄ちゃんみたいな性格をしていて親しみ易い。
それが弦義お義兄さんだ。
そんなお義兄さんだが、そのスペックは限り無く高い。
スラッと背の高い長身にはしっかりと筋肉がついていてプロポーション抜群。
目鼻立ちの整ったその美貌も湖宵に良く似ているが、柔らかくて可愛らしい湖宵の顔立ちに対し、弦義お義兄さんのそれはキリリと引き締まっていてとても男性的だ。
「うらうら~w どうだどうだ三五ぉ~w 参ったかぁ~?」
「ま、参ったよぉ~w 止めてよ、絞まってるよお義兄さ~んw」
文武両道を地で行く若きホープにして正統派王子様。
そんな弦義お義兄さんにこんな風に構ってもらえるのは、実は密かな自慢だったりする。
ま、本人には言わないけどね。
「三五ぉ♪ いらっしゃ~い♪ ……ってぇ、お兄様ぁ! 離れてよぉ! 三五にウザ絡みしないでよぉ!」
タタタ~ッと玄関まで走ってやって来た湖宵がお義兄さんを引っぺがしてくれた。
「あ、弟だ。会う度にオンナっぽくなっていく、我が弟だw」
「ボクは妹だっつ~の! 女らしくて当然だっつ~の!」
「違うんだなぁ。オレが言いたいのは色気づいちゃってるっつ~コトよ。三五もな。急にオトコっぽくなっちまって……コイツらや~らしい♪ 次会った時どうなってるか兄ちゃん不安だわ~♪」
「ムカちゅくぅぅぅ! もういいよ! こんな人放っておいてボクのお部屋でお勉強しよっ、三五!」
そう言ってオレの手を引っ張って連れて行こうとする湖宵だったが、弦義お義兄さんに肩をガシッと掴まれ行く手を遮られてしまった。
「も~、離してよぉ!」
「まあ待ちなって。勉強ならオレが教えてやンよ。暇だしなw」
「要らないよぉ!」
いやちょっと待って、湖宵!
お義兄さんはオレ達が志望している大学に首席で合格して首席で卒業していった人だよ!?
「オレ、絶対にお義兄さんに勉強教えてもらいたい! 入試にどんな問題が出たかとか!」
「どうせそんなの忘れちゃってるよ、この人。いい加減だもん」
「確かにそんなん全然覚えてね~わw でもオレが教えてやりゃあどんな試験もチョイチョイ~よ」
おお! それは頼もしい! 学力アップのチャンスに貪欲に喰らいつかねば!
その為にも湖宵に熱意をアピール! お願いお願い!
「えぇ~……せっかく二人っきりなのにぃ。でも三五がそうしたいなら……」
「決まりぃ。ほんじゃオレに着いてこ~♪」
三人で連れ立って湖宵の部屋にやって来た。
「久し振りに湖宵の部屋に入ったけど、えれぇ女っぽい部屋になったよなぁ。小物とかが増えてさぁ」
「女の子のお部屋だから当たり前だっつ~の!」
お誕生日やクリスマスといったイベントの度にオレやメイお姉さん、そして新しく出来たお友達から可愛らしいプレゼントが贈られるからね。
それに湖宵は趣味で手芸を始めたんだ。
オルゴールの下に敷かれている可愛い柄の小物用マットや、手縫いのあみぐるみちゃん (オレが前にプレゼントしためしょちゃんの兄弟) などのお手製キュートアイテムがお部屋を華やかに彩っている。
だから久し振りにお部屋に入れてもらったお義兄さんがビックリするのも当然かもね。
「まあいいや。で? 三五はどこがわからないん? 兄ちゃんに何でも聞いてみ?」
まあいいのか。それならガンガン質問させてもらおう。
湖宵に相応しい男になる為に! あわよくば次の期末テストで学年上位の成績を収めて結果を掲示板に貼り出されたい!
そんな熱い気持ちがオレを前のめりにさせる。
うおお! 勉強だあ! 勉強だあぁぁ!
「湖宵も変わったけど、三五も変わったよなァ。前はそんな熱心に勉強に打ち込んでなかっただろ? ノルマさえキッチリこなせれば良い、みたいな感じだったじゃん」
あ゛。感心されているというか……それを通り越してちょっと呆れられてる?
しまったな。せっかくお休みでまったりしていたのに付き合わせ過ぎてしまったかな……。
コンコンコン。
ガチャッ。
「お坊っちゃま~、三五ちゃん~。今日のおやつはアップルパイよ~」
メイお姉さんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。ナイスタイミング!
ああ良かった。メイお姉さん手作りの美味しいアップルパイを食べながらお茶をすれば、きっと弦義お義兄さんもリラックスすること請け合いだ。
「メイお姉さんありがとう!」
「メイ姉さんありがと~♪ アイスもついてるネ♪ のってるネ♪」
「弦義さんも良かったらどうぞ。私のお手製でなんですけれど」
「いや~サンキューサンキュー彩戸さ~ん♪ …………あのさ、彩戸さん。オレにだけ話し方とかカタくない? もっとフランクに接してくれて良いんだよ? 「若ちゃま♡」 とか呼んだりとかしちゃったりして」
そう言えばメイお姉さんってお義兄さんには敬語で話すね。
お義母さんすら 「奥ちゃま」 って呼んでタメ口なのに。
「だってそんな砕けた口調になるくらいには接点が無さ過ぎるじゃないですか、私達。それなのに馴れ馴れしくなんて出来ませんわ」
メイお姉さんそっけない!
まあ、お屋敷で家政の仕事をしているメイお姉さんとお屋敷に寄り付かない弦義お義兄さんとじゃ接点が無いのは確かだけれども。
家族ぐるみの付き合いをしていてそれは……でも、あれ? 言われてみればメイお姉さんが弦義お義兄さんと二人で話してる姿ってあまり見たことが無いかも……?
いやでもさあ、それにしたってさあ……。
「彩戸さんテキビシ~w ドッぴょっぴょおォ~ンww」
「お兄様そんなリアクションするのヤメテ! 今、令和だよ!? 本当カッチョ悪い!」
その言い草も古いだろ湖宵ィ~ッ!
てかこの家の女性陣ってお義兄さんに対する扱い悪くねぇ!?
何で!? 繊月家の跡取り息子ぞ!?
地元の有力な企業を取り纏める盟主である、繊月家。
凄く立派で裕福な家柄だが、オレが一番尊敬している点は地元への貢献度の高さにこそある。
環境保護やボランティア活動、オレ達が通っている学校などの教育機関への支援……などなどの所謂CRS活動がとにかく盛んなのだ。
だからこそ名士として地元の皆々様方から愛され、尊敬を集めている。
そんな素敵な繊月家の王子様であり、本社でバリバリ活躍している弦義お義兄さんが家ではこんな扱いだなんてあんまりだ!
「湖宵! お義兄さんをもっと大事にしなきゃダメだよ!」
そうたしなめるも、逆に湖宵からジト目で睨み付けられてしまう。
な、何? 何でそんな目でオレを見るの?
「三五さぁ~……もしかして女の子に生まれてきたらお兄様のコト好きになってたとか言わないよねぇぇ~……?」
「えっ、えっ? ま、まあ憧れたりはするんじゃないの?」
常識的に考えて。言動はいかんともしがたいけどリアル王子様だし。
「イ゛ヤ゛ア゛ァァ~ッ! ダメ゛エ゛ェェ! 可愛くて清純なさんごちゃん♡ がお兄様なんかの毒牙にかかるなんてぇぇ!」
落ち着いて湖宵! そんな女の子実在しないから!
「オッ♡ イイねぇ~♪ 三五、Q極TSカプセル飲まねぇ? な~に、費用は全部オレが出してやっから! ついでに大人の恋愛ってヤツも教えてやンよ♡」
ガハハハと笑って肩を組んでくるお義兄さん。
アンタも煽るなよ!
「返して! 三五はボクのだもん! お兄様には三五は不釣り合いだもん!」
お義兄さんからオレを引っぺがしてムギュッと抱き締めてくる湖宵。
いやでも、言うに事欠いて不釣り合いって……。
「こ、湖宵? お義兄さんはオレよりずっと~っと立派で格好良い人だよ? それを……」
「? 何言ってるの? お兄様は全然格好良くないよ? ましてや三五より格好良いとかあり得ないよ?」
うええええぇぇぇ~~!??
「メ、メイお姉さんは!? 弦義お義兄さんのこと、格好良いって思うよね!?」
「はっはぁ~ん。さっきから様子が変だと思ったら、アンタ焼きもち妬いてるんでしょ~? お兄さんからお姉ちゃんが取られちゃう~って♪ も~、カワイイわね~、三五ちゃん♡」
何か勘違いしたメイお姉さんが湖宵とは逆の方向から抱き着いてくる!
お義兄さんの目の前で!
あれ~? メイお姉さんくらいの年頃の女性って普通、お義兄さんにメロメロになると思うんだけど? だって玉の輿だよ? こんな優良物件滅多に無いよ?
「ガッハッハッハw 三五、フォローに見せ掛けてオーバーキルするのヤメてチョンマゲw 武士の情けでゴザルw 武士の情けでゴザルよww」
何この状況!? 絶対おかしいって!
だってオレが弦義お義兄さんみたいだったら、きっと湖宵に……。
「まあお前はオレには無いモンを持ってるっつ~コトだ、三五」
「えっ……?」
その言葉に戸惑い、思考が停止してしまう。
お義兄さんが持ってないものを持っている……? オレが?
「オレは今日、お前に会って安心したよ、三五」
「安心? ど、どうして?」
「いやぁ実はな、湖宵が卒業したらQ極TSするって聞いて、オレも内心ビビってたワケよ。繊月家を一人で背負って立つハメになんのか~ってさ」
「う゛。わ、悪かったね……」
そ、そうだったのか。
いつも笑って簡単に物事を片付けていくお義兄さんもそんな風に悩んだりするんだ……。
青天の霹靂だ。
「でも三五が将来オレの義弟になるなら安心だわ! 一緒に繊月家を盛り立てていこうぜ! 三五!」
バシバシとお義兄さんに叩かれる背中が、燃えるように熱い。
「ちょっとお兄様! 勝手に三五の将来を決めないで! あとプレッシャーをかけるのも止めて!」
「いや、湖宵。オレも繊月グループの会社で自分の能力を活かせる仕事がしたいなって考えてたんだ。だから大丈夫だよ」
「そ、そうなの? 三五。それなら良いんだけど……」
それにね、湖宵。
弦義お義兄さんがオレにかけたのはプレッシャーじゃない。
期待だよ。
メイお姉さんのアップルパイを食べながら談笑していると、やがて弦義お義兄さんが家を発つ時間となる。
パーティー用のフォーマルスーツをパリッと着こなし、髪型もビシッと決めたお義兄さんは最高に格好良い。
こんな人にオレは期待してもらえているんだ……。
そう思うと誇らしい。
でも弦義お義兄さんの期待に応えるには、まだまだ頑張りが足りない。
もっともっと。
もっともっともっと自分を追い込まなければ!