裏73話 三五の焦りは募る 高三 二学期
「ハァッ! ハアハアッ! ゲホゲホッ! ハアァ……!」
あれから毎日毎朝走り込んでいるが一向に自分のペースを取り戻せない。
それどころか隼兄弟の存在感が日を追う毎にオレの中で大きなものとなっていき、今の自分とのギャップが無視出来ずにペースが更に乱れてしまうのだった。
強烈過ぎる光は逆に消えない影をもクッキリと刻み込むものだ。
そしてオレの周りで強烈な光を放つ存在とは隼兄弟だけでは、ない。
二学期の中間テストが終わった後のことだ。
いつものように職員室前の掲示板にテストの成績上位者10名の名前と成績が貼り出された。
「あ、ボク今回3位だ。ヤマが当たったね。ラッぴ~♪」
ハイスペックな湖宵姫♂は当然の様に毎回貼り出されている。
だからリアクションがミルクせんべい並みに薄い。
ラッぴ~♪ とか言っちゃってるし。
オレも一度は貼り出されてみたいと思って毎回テスト勉強に励んでいるのだが、なかなか念願は叶わない。
だがそれも無理も無いこと。
受験シーズンに入って周りの生徒達も本腰を入れて日々の勉強に取り組んでいるからだ。
そんな彼等を出し抜いて学年トップ10に君臨するのは至難の業だと言えよう。
高一の夏休みに入るまでロクに自主勉強もしてこなかったこのオレだ。
未だトップに届かなくて当たり前。仕方無い。
それに上位に喰い込む事に固執して無理をしすぎては元も子もない。
そう思っていた。そう、今までは……。
「やあ、高波クン繊月クン。こんにちは」
「あ、音無君。こんにちは。音無君も掲示板を見に来たんだね」
「こんにちは~♪」
放送部の元部長 ・ 音無君。
彼もまた貼り出しの常連なのだ。
気になる彼の順位はな、な、何と……!
「2位だなんて本当に凄いね、音無君! おめでとう!」
「スゴいスゴ~い♪ おめでと~♪」
「ありがとう、二人共。なあに、今回は運が良かったのさ」
運て。んなアホな。
学年で上から数えて2番目なんだぞ。
流石に確固たる実力も無しに獲れるような順位じゃないだろう。
前々から思っていたけれど改めて音無君は頭が良いと思った。
彼とは二年生時の文化祭をきっかけに仲良くなって、以来たま~に勉強を教わっているのだ。
その際の教え方が抜群に上手くてとても助かっている。
「またまた。完璧に理解している事じゃなきゃ、あんなに上手く人に教えられないって。やっぱり凄いよ、音無君は」
「そんな事は無いさ。高波クンが素直で呑み込みの良い優秀な生徒だったからだよ」
かあぁ~、誉めるねぇ~!
人にやる気を出させるのが上手い!
部長を任せられるだけのことはあって、人の上に立つ器量ってのが備わってるんだよな~。
「そりゃ~皆に慕われるワケだわ。放送部を引退した時なんか山田さんや鈴木さん、田中さん、高橋が寂しい寂しいって言って大泣きしたらしいじゃん」
「ア、アハハハ。今日の高波クンはヤケに人を誉め殺しにしてくるね。こ、困ってしまったな……」
ウワ~、出たよ。この人ズルいわ~。
普段絶対に誉められ慣れているクセに、オレがちょっと本当の事を言ったぐらいで照れ臭そうにはにかんじゃったりしてさ。
「オレが女子だったら今ので音無君に惚れてたわ」
「どぅえええぇぇぇ~~~っ!??」
お? オレと音無君の掛け合いをニコニコ見ていた湖宵が突然叫びだしたぞ?
「ちょっと三五ぉぉ! 違うでしょぉぉ!? そこは幼馴染みのこのボクに惚れるのが先でしょぉぉ!? ボク、こ~見えても王子様とか呼ばれてたんですけど! 家もお金持ちなんですけど!」
「いやだって湖宵、中身女の子じゃん」
オレが女の子に生まれようとも湖宵が唯一無二の存在なのは変わらない。
でもその場合に女の子同士で恋愛感情が芽生えるか? と問われたらちょ~っと難しいかな? と答えざるを得ない。
「いやいやイヤァァン! なるモォン! 三五が女の子だったらボクだって男らしくてカッコ良い王子様になるモォォ~ン!」
ええ~? 本当かな~? 疑わしいな~。
「ウ゛ギュウ゛ゥゥゥ……音無君め゛ぇぇ……許ぜに゛ゃい゛ぃ……マジで今この瞬間、人生で一番ジェラってるぅぅぅ~……!」
「よ、止したまえ繊月クン! もしもの例え話に目くじらを立てるなんて不毛だよ! 僕達は一緒にカバディに興じた仲じゃないか!」
あら珍しい。音無君がタジタジだ。
二人に悪いこと言っちゃったかも。
「コ、コホン! ホラ、ええっと……ぼ、僕が今回学年2位になれたのは自分でも出来過ぎだと思っているよ! だっていつも2位の相葉クンが今回は調子を崩しているみたいだからね。彼……いや、彼女に変わったのだったね。彼女は具合でも悪かったのかい?」
露骨に話題を逸らしてきたね。
でも上手いな、音無君。
Q極TS女子で、なおかつ湖宵の新しい親友である恋さんの話題を振るなんてさ。
「あ~。恋ちゃんはね、おサボりしちゃったワケじゃないの。ただ、彼女って進学組じゃないから」
「何と! 彼女程の学力の持ち主が進学しないなんて、僕には勿体無く感じるのだけれど……」
「フフフ♪ 恋ちゃんはねぇ、とっても素敵な夢を追いかけているんだよ♪ 音無君♪」
相葉 恋さんは瞳をキラキラ輝かせながらオレ達に語ってくれた。
「勉強はね、人生のモヤモヤを晴らす為にのめり込んでたんだヨンヨン♪ そのモヤモヤが晴れた今、私には大きな夢が出来たノンノン♪」
「そ ・ れ ・ は ・ ネンネン♪ 素敵な花嫁さんになること♡ その為に日々、花嫁修行を頑張っチャオ♪ てなワケで学校のお勉強なんかやってるヒマ無いんだヨンヨン♪」
「あとねえ♡ ダーリンが今の世間の風は君にとって冷たいから心配だよって言ってくれたノンノン♡ それもあって色々考えた結果、進学するのは止めにしたんだ♪」
「それとね、Q極TSした人 ・ したいと考えている人を支援する活動もしたいなって考えているの! 今はSNSでQ極TS仲間と意見交換をしているくらいだけど、ゆくゆくは私の体験談とかを本に纏めてQ極TSを迷っている誰かに役立てられたらなって思ってるんだヨンヨン♪」
恋さんはQ極TSしてからというもの、本当にイキイキと人生を謳歌している。
しっかりとした自分を持っていてやりたい事 ・ やるべき事に真っ直ぐ向き合って一生懸命だ。
それでいて口では勉強なんて二の次、みたいな風を装っておきながらキッチリ学年8位をキープしているんだから本当に頭が下がる思いだ。
凄い。凄くて立派な女の子だ。
「凄い……と言えば1位の不知火さんて人も凄いよね。オレが知る限りずっと学年1位なんだけど」
「あ~不知火ちゃんね~。そう言えばボク達、会ったこと無いよね。音無君はどんな人か知ってる?」
「ああ。不知火クンは物静かな人で、複数の塾を掛け持ちしているとかで受験シーズンに入るずっと前から勉強漬けの日々を送っているらしいよ。その甲斐あって入学当初から学年1位を逃したことが無いとか」
「「えっええええ~っ! 凄過ぎるぅぅ~っ!」」
思っていたよりずっと凄い人だった!
いや、風の噂で伝え聞いてはいたんだ。
我が校の歴史でも類を見ない程の才女が居るって。
人は彼女をこう呼ぶ。
『ベンキョープリンセス』 『知らぬい事無い不知火さん』 ……と。
同じ学校に通っている生徒がつけたとは思えないくらい知能指数が低い異名だね、などと湖宵と笑い合っていたものだが、それは大間違いだった。失礼千万だった。
彼女はオレが物笑いの種にして良いような人物では断じて無い。
「毎回学年1位だなんて、弛まぬ努力をどれだけ重ねてもなかなか獲れるようなものじゃない。不知火さん……本当に凄い人だ。尊敬するよ」
我が心のヒーロー ・ 隼兄弟。
爽やかクールでカリスマ性溢るる好青年 ・ 音無君。
夢に向かって邁進、キラキラ姫系Q極TS女子 ・ 恋さん。
そして未だ見ぬ才媛 ・ 不知火さん。
彼、彼女らは目が眩む程に輝いている。
オレは心から尊敬している。
尊敬している皆と比べたら自分がチッポケな豆電球の様に見える……とまで言っては流石に言い過ぎだが、自分がイマイチで何もかもが足りていない存在だとしか思えなかった。
思い悩むことで解決することではない、仕方の無いことだとわかっていても。
わかってはいても。
オレの焦りはますます募っていくのだった。