裏67話 修学旅行、最後の最後まで笑顔で! 高二 二学期
オレ達のクラスは旅行中きちんとマナーを守ってキビキビと動けていたから新幹線が発車するまで余裕、つまり自由行動時間というご褒美を手に入れることが出来た。
この調子で楽しみながらも最後の最後まで折り目正しく行動していかないとね!
「でも三五、貴方は言うほど折り目正しくはしてないわよね? バスガイドさん侍らしながら歩いてるし。いっつも騒ぎの中心に居るし」
「小海ィィィ! 一言二言多いんだよぉぉ!」
その通りだけどさぁ!
でもちゃんとしようって言ってんだからワザワザ蒸し返さなくっても良いだろ! (逆ギレ)
「まあまあ。さんさん、そんなにプンプンしないで。こみこみもメ~よ?」
「「は~い」」
おっとと、ユイの言う通りだ。
言い争いなんかして貴重な時間が潰れたらもったいないね。
気を取り直して行こうか!
と、言っても流石に遠出は出来ない。
フフフ、でも実はすぐ近くにあるんだなぁ。
春に桜、初夏に紫陽花、そして秋には紅葉と、四季折々の魅力を肌で感じられるお散歩コース……その名も 「哲学の道」 という、取って置きのスポットがね!
「哲学の道という名前は有名な哲学者の西田幾多郎がこの道を歩きながら思索に耽っていたことに由来するんですね」
おお、イコさん。
当たり前の様にオレ達の班に同行しているイコさんがガイドをしてくれているぞ。
「私の一番好きな言葉の 「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」 などの名言や思想がこの風景の中で芽吹き、花開いたのです」
うん、良い言葉だ。
そして納得。
イコさんってめっちゃ我が道を行ってるもんね。
今現在オレ達の班と一緒に居るのだって、駐車場でまたそれぞれの班の代表を集めて行ったクジ (不思議な小道具使用) の結果だし。
そもそも生まれ持った性を否定してQ極TSするという決断をしたんだから意思が強いのは当然。
そんなイコさんに更なる力を与えてくれた言葉なんだな。
「哲学かあ……う~ん、でもそれにしてはこの道って人が多くない?」
「ね~。これじゃ哲学出来ないよね」
「ま、まあ今は紅葉のシーズンですからね。でも冬の哲学の道はとても静かですよ。雪が降った時なんか、ホラ」
そう言ってイコさんが見せてくれたスマホの中には、無人の疎水沿いの小径にしんしんと雪が降る美しい情景が映っていた。
この胸を打つ詩的な情景は、正に哲学の道。
「おお、雰囲気あるね~。それにしてもイコさんって雪景色が好きなんですね。冬の金閣寺の写真も見せてくれたし」
「はい、三五さん♪ ……雪って周りを静かにしてくれるから好きなんです。静かな風景の中に一人で立っていると、色々な悩みと自分を切り離して自由になれる気がするっていうか……ア、アハハ。ご、ごめんなさい。おかしなこと言ってますね、私」
イコさんの横顔は単にオレ達より大人だからという理由とは別に、人とは違う悩みを持って生まれたことに起因する憂いを帯びていた。
「イコさん……」
そして当然ながら湖宵はオレ達よりも深くイコさんの切ない気持ちに共感しているようだ。
ムムム、この重い空気はよろしくないね。
最後の最後まで明るく楽しく過ごさなければ!
「ホラ皆、立ち止まってると周りの迷惑だよ! 綺麗な景色の中を歩こうよ! イコさん、西田先生の名言とか逸話とか、他にも教えて下さい!」
「私知ってるわよ、三五♪ 何でも西田先生って哲学の道で物を知らない若い警官に職務質問されたことがあるんですって。まあ、ウワサだけどね♪」
「小海ィィィ! そんなの第三者の悪意ある妄言に決まってんだろぉぉ! オレはそんなモン絶対信じないからなぁぁ!」
イコさんの心の支えになってくれている言葉を残した大先生に向かって何たることを!
ってゆ~か仮に本当だったとしても今言うな!
「キャッ♪ キャッ♪」
キャッキャじゃないんだよぉぉ! 何手ェ叩いて喜んでんだ小海ィィィ!
「ダメですよ、三五くん。小海ちゃんはオーバーリアクションが大好物なんですから」
「本当にね~。こみこみったらさんさんが大好きになっちゃって」
だからそんな気に入られ方はゴメンだっつ~の!
笛吹いてシンバル叩いてる猿のオモチャとほとんど同レヴェルの扱いじゃん!
「フムフム、な~るほどっキィ」
「オーバーリアクションをとれば……」
「小海さんに気に入られる……っと。さすが高波。参考になるなあ」
男共もメモなんか取ってんじゃね~!
「クスッ♪ ウフフ♪ 三五さんの班の皆さんはとっても楽しい方ばかりですね♪」
ま、まあイコさんが笑ってくれるんなら小海のオモチャになっても良いや。
雰囲気が明るくなったところで楽しくお散歩しようか。
今日みたいなお天気の良い日に自然豊かな散策路を歩くのは最高だ。
そよ風が運ぶ緑の香りが鼻孔をくすぐる。
気持ち良い木洩れ日を浴びながら敷石の上を歩くのもまた楽しい。
鮮やかな紅い葉っぱがハラリと舞い落ちて道を染め上げていく様は美しいの一言に尽きる。
「三五、見て♪ キラキラ水面の疎水に綺麗な色の葉っぱが流れてくるよ♪ 赤、黄、緑……はぁ~、何だかもう夢みたい♪」
「本当だね。一緒に見られて良かった」
「ね~♡」
色付く自然が素直に美しいと感じられるのは、湖宵が隣に居てくれて二人で笑い合えるから。
もしも湖宵と出会ってなくておまけに荒んだ生活を送っていたとしたら 「紅葉? そんなの腹の足しにもなりゃしねぇ!」 とか言っていたんだろうか?
そんな人生はお寒いね。
オレの周りの環境全てに感謝感謝だ。
「アラ♪ 道沿いに素敵なカフェがあるわ♪ お茶飲みたいわ♪ 甘~いお菓子が食べたいわ♪」
「こみこみ欲望に忠実杉w でもさんせ~い♪」
「以下同文で~す♪」
「ウキキィ! 女の子達とカフェ!」
「修学旅行最高! でも女の子の隣の席ってすげぇ緊張すんだよなぁ!」
「ヤベェな! オレら心臓もつかなぁ!?」
皆、すっごい元気ハツラツだなあ。
しみじみと幸せを噛み締めていたら置いていかれるぞ。
テンション上げてついていかないと!
小海が見つけたお店は瀟洒かつブリティッシュなオーラが漂う洋館風のカフェ。
いきなり不思議の国に迷い混んだ風情でちょっとビックリ。
見るからに大人気のお店だから並ぶだろうな~と思っていたら、奇跡的にテーブルが空いていたようですんなりと店内に入ることが出来た。
これはラッキー。
これなら少しのんびりしても余裕でバスの時間に間に合うね。
店内の雰囲気もとってもブリリアントでGood。
アンティーク調の内装や調度品。
ジャジーでシックなBGM。
凝ってるね~。こだわりを感じるね~。
案内されたテーブルに着き、スコーンと紅茶のセットを注文したらホッと一息を吐く。
大人気分でオサレな店内の空気を味わ……。
「ハイここでドキドキ☆サプライズ! 女子限定席替えのコーナーでぇぇす!」
空気をブチ壊す湖宵の発言。
まあ、繊月家は洋風のお屋敷なので新鮮味を感じないのはわかるけども。
もっと他の子に気を遣ってあげて?
「今から至高のイケメン三五さま♡の隣の席に座る女の子をイコさんのクジで決めたいと思いま~す♪ ラッキーガールはだ~れだ? ちなみにクジの結果に後から文句言うのは無しだかんね!」
「えっ!? わ、私のクジで!? せ、正妻さま、それって……」
前言撤回。
湖宵は誰よりも気遣いの出来る女の子だ。
でも……。
「湖宵はそれで良いの?」
「うん。だってイコさんは今日で三五とお別れしなきゃいけないんだもん。そう思ったらボク……」
湖宵は本当に心優しくて、本当~に損な性分だ。
だからオレは湖宵のお耳にそっと囁く。
「今夜は湖宵の部屋にお泊まりしても良い?」
「ひゃっ♡ う、うんっ♡ すっごく嬉しい♡」
ニパッと小さな子供みたいな心からの花丸笑顔を見せてくれる湖宵。
この笑顔を決して絶やさずに守るのがオレの使命だ。
ニコニコな湖宵、小海、ユイ、だいずちゃんがイコさんのビニールバッグに入ったクジを引いて、せ~ので一斉にオープンする。
「「「「ハズレ」」」」
当然最後に残ったイコさんのクジが……。
「わ、わぁ~、ア、アタリを引いちゃいました~。う、嬉しいな~。そそそ、それでは三五さん、お隣失礼しま~す……」
セリフが棒読みの上に申し訳なさそうに隣に座ってくるイコさんが可笑しくて、思わずクスッと笑ってしまった。
「ささささ、三五さんっ。イイイ、インチキとかは全然してないんですからねっ!?」
この期に及んでま~たそんなこと言っちゃって (笑)
バレバレなのに (笑)
しょ~がない。
爽やかな笑顔でサラッと流してあげますか♪
「アハハハ。神様がイコさんと楽しい思い出を作りなさいって言ってくれてるのかもしれませんね♪」
「わぁぁぁぁぁぁ~っ! 申し訳ございません~っ! 私が今まで使ってきたクジは全部全部インチキなんですぅぅぅ~っ!」
イコさんがおもむろにバスガイドさんの帽子を脱いで胸にぎゅっと抱いたかと思えば、突然叫び声を上げてテーブルに突っ伏した!
「じ、実はあのビニールのバッグは 「フォーシングバッグ」 という名前で手品の……」
「い、良いからイコさん! 手口とか白状しなくても良いから!」
一体何故に何の前触れも無く良心の呵責に苦しみだしたし!?
とにかく放ってはおけない。
とりあえず髪を撫でてみよう。
キメキメのセットを崩さないように優しく優し~く。
「んん♡ んんん~♡ 気持ちイイ♡ 三五さぁ~ん♡」
いとも簡単に顔を上げて微笑みかけてくれる現金なイコさん。
それにしてもイコさんの髪って良い匂いがする。
ジャスミンの香りがするって言ってた香水といい、イコさんからする匂いはとてもオレ好みでグッとくる。
離れている時には全く主張してこないのに、近付いた時には不意打ち気味にふくいくたる甘~い香りが漂ってくるものだから離れたくなくなってしまう。
カフェの癒し空間と癒しアロマが相まってヒーリング効果更に倍! ってカンジ。
あ~、めっちゃ落ち着くわ~。
まあでも口に出しては言わないけどね。
イコさんの匂いが大好きだなんて。
セクハラだし。
「口に出さなくても伝わってるよ三五ぉぉぉ! ムッキィ~! ちょっとイコさん! 今度、三五好みのシャンプーとかお化粧品とか教えてよね! 席譲ってあげたんだから! ボクだって三五の隣が良かったんだからね!」
不平不満を洩らす湖宵!
クジの結果に後から文句言うのは無しって自分で言ったクセに!
イイゾイイゾ~♪ もっと言え~♪
「は、はひぃぃ♡ お教えしましゅねぇ、正妻しゃまぁ♡ 三五さんがだいだいだ~いしゅきなイコの匂いのヒ ・ ミ ・ ツ♡ えへっ♡ えへへへへぇ♡」
イコさんは呂律が回ってない!
あと顔が真っ赤だ。
これ以上刺激を与えるのは控えた方が良さそう。
「ちょっと聞いて良い!? 高波……いやさ! 三五先生! 先生はどうして大人の女性とそんなにくっついてても平然としていられるんスか!?」
「オレも知りたいっス! 三五先生! 女子と緊張せずに話せるようになりたいんス!」
「ウキキ~! オレはもう単純に羨ましくて吐きそうキィ~!」
唐突に CT 01 ・ 02がオレに師事しだした!
そして PANSYはいつも通りうるせ~!
うわぁ~! 大惨事だぁ~!
ユイお姉ぇ様! ここは一つ、よろしくお願いします!
「こ~ら、お店でうるさくしちゃダ~メ!」
「「「「ご、ごめんなさい!」」」」
さっすがお姉ぇ様!
言葉に重みがあるなぁ~。
「さんさんも少し自重しなきゃダメよ?」
は、はいっ! ごめんなさいでした!
それからはやっと静かになった。
注文したスコーンと紅茶が運ばれてきて優雅なティータイムが始まる。
「あれ? 何コレ、バター? スコーンってバター塗って食べるの?」
「いえいえ、三五さん♪ これはクロテッドクリームというイギリスのクリームなんです♪ こうやってブルーベリージャムと一緒にペタペタ塗りまして……は、はいっ♡ あ、あ、あ~んってして下さい♡」
「あ~ん、パクッ。んん~! もったりしてて濃厚で美味ぁ~! ブルーベリーとも良く合うね。それじゃあお返しに……ペタペタペタ。はいイコさん、あ~んして?」
「あ、あ、あ~ん♡ パクッ♡ んんんん~♡ Yum - Yum - Yummy♡ とぉっても、とぉっても美味しいですぅぅ♡」
イコさんと一緒に食べさせ合いっこしたり他愛も無いおしゃべりをして過ごす。
イコさんはオレよりも幾つか歳が下の少女であるかの様に無邪気な笑顔を浮かべて楽しんでくれている。
この束の間の時間は湖宵から同じ境遇の女性へと贈られたプレゼント。
二人でゆっくりゆっくり大切に味わう。
だけれども時計の針が進む速度が遅くなったりはしない。
バスへと帰る時間が近付きつつあった。