裏66話 皆で楽しく最後まで ⑩ バスガイドさんと一緒☆ (バスの内外問わず) 高二 二学期
銀閣寺は東山文化の象徴だとイコさんが説明してくれたが、はてさて東山文化とは一体どの様な文化でどの様な特徴をもっていたのだろう?
「はい♪ 東山文化とは応仁の乱以降、将軍の地位を息子 ・ 義尚に譲った足利義政が東山山荘 (銀閣寺) に沢山の文化人を招いたことにより始まった文化なのです♪」
へぇ~、トキワ荘みたいだね。
「ウフフ♪ 義政は身分を問わずに水墨画、茶道、能などなど多種多様な分野におけるスペシャリストを集めて、上はお公家様、下は地方の庶民まで幅広~く文化を浸透させた人なんですね♪」
ほっほぉ~、それは凄過ぎるぞ。
足利義政と言えば将軍として辣腕を振るったという話をサッパリ聞かないどころか、後継騒動で応仁の乱が起きるきっかけを作ったから悪いイメージしか無かったんだけど。
ちょっと見方が変わったぞ。
「東山文化は禅宗の影響が色濃く表れておりまして、華美な装飾を好まずに質素なものや静けさに親しみを持ち、心の充足……すなわち幽玄の美を追求した文化なのです!」
日本の美意識の源流、 “侘び寂び” というものだね。
現在でも通じるどころか、海外にも Wabi-Sabi という形で発信している日本が誇るべき独自の美的センスだ。
それがこの場所から生まれたのか。
「それでね♪ それでね♪ 義政の祖父 ・ 三代将軍義満はキラキラピカピカの北山文化を花開かせ、金閣寺を建立した人物なのです♪」
「えっ!? 実のお祖父ちゃんと孫の関係なの!? じゃあ二人が生みだした文化の象徴である金閣寺と銀閣寺も同じ関係ってこと!?」
「ですです♪ 銀閣は金閣をリスペクトした楼閣建築なのです。ですが金閣と違って銀箔は貼られていない渋い造りになってまして、そこが逆に私達の中に眠る禅の心を喚起させてくれるんですね~♪」
文化の違いによりそれぞれ個性が生まれているワケか。
う~ん、エモいなあ。
……って、イコさぁぁぁ~ん!
貴女は一体いつまでついてくるんスか!?
オレらもうとっくにバスから降りてんだわ!
門潜ってお寺の敷地内に入ってんだわ!
現在地は銀閣寺垣。
竹垣と生垣を組み合わせて造られたこの垣根に隔てられた参道は現世と神域の境界線だと言われている。
そしてそれはバスガイドと修学旅行生を隔てる境界線でもあるのだ……!
だのにイコさんときたら、まるでお構い無し!
ツッコミを入れるべきだよな。
でもなぁ~……。
「エヘヘ♡ 三五さん♡」
キラキラお目々でオレを慕ってくれるイコさんに厳しい言葉を投げ掛けるのはちょ~っと憚られる。
だから湖宵や他の皆にツッコんで欲しいんだけど……。
「はぁぁぁ……」
「修学旅行……もうすぐ終わるんだな……」
「お胸がきゅうんとします……」
いつも賑やかな皆が今は心ここに在らずといった風情。
イコさんにツッコミを入れる余裕は無さそう。
銀閣寺に満ちる侘び寂びオーラにアテられて切なさが炸裂しているんだ。
それでいて修学旅行の楽しかった思い出を偲んでいるようで、時折アルカイックなスマイルを浮かべている。
羨ましいなあ。
オレも偲んで溜め息の一つでも吐きたいんだがイコさんが腕を組んできたりするからそれどころじゃないんだよな。
「三五さぁ~ん♡ あぁ、何て逞しい腕なんでしょう♡ スリスリ♡」
困ったなあ。
修学旅行シメの銀閣寺の破壊力に抗える生徒は誰か居ないか?
視線をさ迷わせて確認したところ、元々物静かな文学少女達数名とメガネ男子の内一人が普段と様子が変わらなさそうだ。
彼女らにツッコんでもらうのはどうだろうか?
いや、ダメか。
オレは彼女達にエロの化身だと思われている。
声をかけて怯えさせてしまったらかわいそうだ。
仕方が無いので絡み付いてくるイコさんを連れたままチャキチャキ先に進むことにする。
静かでお行儀の良くなった我々はまず枯山水庭園の銀沙灘 & 向月台に辿り着いた。
この二つはお庭に砂を盛って作られたもので、現代風に言うならサンドアートだ。
銀沙灘は銀色の砂で等間隔に描かれた波紋がストライプ状になっていてとても美しい。
向月台の方は2メートル近い高さまで盛られた白砂の山が綺麗な円錐型に整えられていて視覚的なインパクト大だ。
「ホラ見て、湖宵。良いわね……」
「うん。良い……」
湖宵と小海が “通” みたいなやり取りをしている。
美しい庭園の前で美形の二人がクールに語り合う様は確かに絵になる。
の ・ だ ・ が!
二人ともキャラ変わってない!?
どうしちゃったし!
いつもの湖宵なら。そうだなぁ……。
『わぁ~キレイなお砂場だね♪ 「三五♡」 って書きたいな~♪ やっぱり怒られちゃうかな~?』
とか言ってハシャぐんだろうな。
で、それに対して小海が……。
『この画像加工アプリを使えばスマホの中の銀沙灘に落書き出来るわよ♪ 「高波 三五参上!」 とか♪ クスクス♪ 現実でこんなことしたらメチャメチャ怒られるわよね♪ 三五が♪』
みたいな悪ふざけ半歩手前のこと言ってくるんだろうな、きっと。
「ちょっと三五ぉ~? ボクってそんなにおバカっぽい~?」
「三五から見た私ってちょっと酷くないかしら? お仕置きよ~、このこのぉ~」
湖宵と小海に心を読まれた!
二人はピンと伸ばした人差し指でオレの両頬を左右からグリグリと突っついてくる!
グエェ~!
「ユ、ユふぃ~! 助けふぇ~!」
「はわわん♡ クールな湖宵チャンさまってステキィ~♡」
「ホラ、まめまめ。フラフラしてたら危ないよ?」
ダメだ! ユイはだいずちゃんのお世話で忙しい!
「ってゆ~かイコさん! アンタ何でまだ居んの!? しかもそんなに三五にくっついて、おっぱいムギュって押し付けてぇ! 女の武器使って誘惑するのはレギュレーション違反だってボク言ったよね!? (裏57話で) ムッキ~!」
「ひゃあぁぁ~! 正妻さまぁぁ! お許しをぉ~!」
「ワビサビガールズを見ていると心が洗われ……おっぱい!? ウキキ~キィ! エロ神がまたまた羨ましいことになってるキィィ! ウキャアァァ!」
「た、高波! ダ、ダ、ダメだぞっ! そんなの!」
「そうだぞ! 湖宵チャンという人がありながら!」
「はわわん♡ やっぱりいつもの湖宵チャンさまが一番ステキィ~♡」
ヤベェ! オレらの班のメンバーが最悪のタイミングでいつもの調子に戻った!
「「「「浮気! 浮気! 三五が浮気!」」」」
「ホントゴメン! でも浮気してたつもりは無くて! 何か暖かくてフローラルな香りがするから、そう! ヒーリンググッズの様な……」
「まあ♡ 嬉しいっ♡ 三五さんのだ~い好きなこの香りはジャスミンです♡ フワッと香るからお上品でしょう? ですから三五さん専用のグッズたるこのイコを! このイコをっ! 是非ご自宅にお持ち帰り下さいっ♡ その他のフレグランスも是非是非お試し下さぁぁい♡」
うっおおぉ! 言葉選びを間違えたぁぁ!
「僭越が過ぎる! 人を正妻と呼んでおきながら! こうなったら勝負だ! 三五を一番癒せるのはリラクゼーションの化身! 湖宵様だぁぁ!」
どうしよう、大騒動に発展してしまう!
「コぉラ! うるさくしちゃダメッ!」
「「「「は、はいっ!」」」」
ユ、ユイに、いや、ユイ姉ぇ様に叱られた!
オレ達一同はたちまちシュ~ンと静まり返ってしまう。
だってそうだろう。
こんなに心根が優しい人に叱られることほどバツが悪いことは無いぞ。
「周りの人にご迷惑だから先に行くよ! お姉ちゃんについて来て!」
「「「「はいっ!」」」」
やっぱり姉って凄い。
リーダーシップを発揮してあっという間に皆をまとめてしまった。
気持ちを立て直して観光再開。
早速銀閣へ……はまだ行かずにまずは本堂と国宝 ・ 東求堂を拝観させてもらう。
実は東求堂は春と秋の限られた期間しか拝観することが出来ないのだ。
なので心して見よう。
「銀閣と今私達が居るこの東求堂は足利義政が生きてきた当時のままで残っています。棚にお茶碗や硯箱などのお道具が並んでいるでしょう? これらのお道具を用いて義政が茶道や書道などを優雅に嗜んでいたんですね」
イコさんが居てくれるお陰で普通に見学するよりもずっと勉強になる。
塞翁が馬だね。
「こちらのお部屋って何だか馴染み深くありませんか? この造りは書院造りのプロトタイプと呼べる造りになっておりまして、後に 「床の間」 が追加されたりと徐々に洗練されていって現在の和風建築に近付いていくんですね」
確かに細かい所に少し違和感を感じるものの、オレにはこれ以上何かを付け足す必要は無いように感じられる。
でもそれは将軍様のお住まいだからかもしれないね。
障子を開けると美しい自然がすぐに目に入るから掛け軸なんかも必要無いし。
東求堂の廊下を渡り本堂へ。
見所は江戸時代の巨匠 ・ 与謝蕪村と池大雅が手掛けた48面に及ぶ襖絵だ。
義政の生きた時代から数百年後に描かれたとは思えないほどにピッタリとはまる銀閣寺っぽい (小学生並みの感想) 渋い水墨画だ。
写真撮影は厳禁なのでシッカリと目に焼き付けるべし。
本堂から見る庭園もまた良い。
銀沙灘や向月台の違った一面を垣間見ることが出来る。
きっと朝陽や夕陽の加減によっても違う顔が見られるんだろうな。
特別拝観を堪能し尽くしたら、いよいよ最後に銀閣……国宝 ・ 観音殿の前へとやって来た。
金閣を模して造られたというだけあって錦鏡池という池に面していたり、屋根の天辺に鳳凰像があったりと、共通点が結構見付けられる。
でも金閣が三階建てなのに対してこちらは二階建て。
内装も違えばそもそも金箔も貼られていない、と煌びやかさが欠け落ちたかの様な印象を受ける。
だがそれは銀閣が金閣と比べて地味だとか価値が一段落ちるということには決してならない。
黒漆塗りの落ち着いた佇まいと四季を彩る木々や花々との鮮やかな調和は見ているときゅ~っと胸が締め付けられる。
「あぁ……こんなに切ない銀閣は初めてです……っ!」
イコさんですら言葉が出ないようだ。
「沁みるね……」
「うん……良いよね……」
「銀閣……良い……」
オレ達なんか胸が詰まってこんな通振ったセリフしか出てこない。
ここが最後のゴール地点だからかもしれない。
名残を惜しむ様に銀閣を心に刻み付け、振り返り振り返りながらこの場所を後にする。
帰り道の最中、ふと実感する。
あぁ……オレ達の修学旅行は終わった。
駐車場に集まったオレ達がバスに乗り込もうとしたその時。
ウチのクラスの担任がイコさんに耳打ちをした。
……うん、居たんだよ、担任の先生。
影知先生っていうイケメンだけど影が薄い先生が。
名前に影が付くからって、そこまで存在感消すことなくない?
「フムフム。……えっ? 「ウチのクラスは行動が迅速だった為、新幹線の発車時刻まで余裕がある」 ……ですって!?」
と、いうことはつまり……!?
「湖宵、もしかしてまだ……」
「終わってないってことだね、三五♪ キャッホ~イ♪」
オレ達の修学旅行はロスタイムに突入するぜ~っ!