第12話 繊月 こよい おねだりロスタイム
夏祭りにこよいに告白するとは言ったものの……。
こよいに好意たっぷりで甘えられてしまうと、想いが暴走してフライング告白してしまいそうだ。
しかもお互いの気持ちはバレバレ。
この有り様で告白出来ないというのはかなり辛いものがある。
よくフィクションの世界では友達以上恋人未満の関係をいつまでもダラダラと演じているものだが、何故気持ちを伝えずにいられるんだろう?
オレなんてこよいに恋心を自覚してからさほどの時間が経っていないのに、愛しい気持ちが胸の中で渦巻きすぎてカッテージチーズみてーになってしまっている。
このコッテリ濃厚 ・ もったりと胃にもたれる気持ちを抱えたまま、日々を送るのは無理だ。
早く吐き出して楽になってしまいたい。
まぁでもこよいを家まで送り届けた今、楽しかったデートは終わり。同時にオレの心を誘惑するモヤモヤ時間も終了……。
「ねぇ、さ、三五さん。ウチでお夕飯食べていって? ね? ね? いいでしょ?」
おおっとぅ! まさかのロスタイム発生かぁ!? オレのモヤモヤ時間はまだ続いてしまうのか?
まあ続くよね。こよいにこんな切なげ~な表情でおねだりされたら。
「う、うん。それじゃあご馳走になろうかな?」
「わぁいっ♪やったぁ♪」
そんな訳でこよい邸にお邪魔するのであった。
「あ……らあらぁ~。さ、三五ちゃんいらっしゃ……あぁい」
こよいのお母さんがご在宅だったようだ。
いつもは泰然自若としていて浮き雲の様なこのお方なのだが、今はオレとこよいを見てひどく動揺しておられる様だ。
無理もあるまい。
自分の息子 (元) がオレの右腕にくっついて子猫ちゃんの様にゴロゴロ鳴いているのだから。
今、お母さんの心中はどんな気持ちが渦巻いているのだろうか?
「お母さまぁ♪ 見て見てぇ♪ キラキラのバレッタ、三五さんに買ってもらったのぉ♪」
繰り返しになるが、このセリフを息子 (元) に言われた母親ってどんな気持ちになるんだろう?
「くぅぅ……よ、良かったわねぇー……」
すごい表情だ。本当に悲喜こもごもって感じ。
お義母さんはこよいのお母さんだけあって若々しい美貌の持ち主なのだが、それだけにこんな複雑な表情をしていると見ているこっちがやるせない気持ちになってしまう。
「世の中は変わってゆくのねぇ。時の流れとは何と残酷で美しいのでしょう……」
「奥ちゃま!? どうしたの!? 急激に老け込んでるけど!?」
後から彩戸さんがやって来て、遠い目をしているお母さんを支える。
「ああ、メイちゃん (彩戸さんの下の名前) 私、大人になってしまったのだなぁって思って……」
「自覚おっそ!? 今まで少女のつもりだったの!? 奥ちゃま!?」
お義母さんは彩戸さんにお任せして、オレ達はご飯の時間までまったりお話ししていよう。
★★★★★
「お嬢ちゃま~、三五ちゃ~ん。ご飯よ~」
「「は~い」」
立派な繊月家の大食堂にお呼ばれ。
とはいっても他の使用人さんはもう帰宅しているので、広~い食卓を囲むのはオレ、こよい、彩戸さん、お義母さんの四人だけだ。
「今日のご飯は筑前煮よ~」
「わ~い、わたしの好きなヤツ~。椎茸もい~っぱい♪」
お屋敷の食堂で食べるメニューにしてはやけに庶民的だが、だからこそ肩ヒジ張らずにご馳走になれるってモンよ。
「「「「いただきま~す」」」」
かぁ~っ。味噌汁おいしいぃ~っ。ここの家は鰹節をワザワザ削って使ってくれるから、風味が段違いだ。
筑前煮も美味い。
野菜もお出汁が染みてていいお味。
オレの好きな鶏肉もお口でホロホロほどけてたまらんね。ご飯に良く合うなぁ。
椎茸もゴロッと入ってて美味しい。でもこんなに一杯はいらね~。
「こよいの好きな椎茸あげる、はいあ~ん」
「わ、わぁい♡ あぁ~んっ♡」
嬉しそうに食べてくれるなぁ~。あ~カワイイ。あげた甲斐があるってモンさ。
「お、お返しですっ♡ 三五さんの好きな鶏肉、はいあ~んっ♡」
「あーん。ん~美味しいね~。こよいに食べさせてもらうと一味違うね!」
嬉しいお返しだ。鶏皮がたっぷりの鶏肉をあ~んしてもらえて、オレご満悦!
「ちょっとアンタ達? 奥ちゃまの目の前でイチャイチャしなさんなっつ~の」
「…………………………」
はっ! 何かお母さんがめっちゃ遠い目をしておられる。
「……色々と言いたい事や聞きたい事はあるのだけれど、取り敢えず一つだけ、良いかしら?」
「「は、はいっ!」」
緊張するオレとこよい。
や、やっぱり怒られたりするのかな?
「あなた達、今、幸せなのね?」
少しだけ突然で予想外の質問。
でもこの質問は胸を張って答えられる。
「はい、幸せです」
どんな形でもこよいと共に在ること。
それがオレの変わらない、変えられない幸せなのだから。
「は、はいっお母様っ! こよいは、こよいは今、とぉっても幸せですっ!」
「あらあら、本当に幸せそうな顔しちゃって……わかったわ。お母様、よ~く分かりました」
こよいのお母さんはそれ以上の事は何も言わなかったけれど、オレ達の事を穏やかな顔で見つめてくれていた。
その顔はこよいにそっくりで、親子なんだなぁと感心してしまう。
そのまま和やかに食事が済んで、食後にお茶を頂いた。
そろそろオレは帰らないといけない時間だ。
流石にこよいが女の子になった今はお泊まりをすることなんて出来ない。
彩戸さんが車で送ってくれると言うのでお言葉に甘えることにする。
そしてこよいとの別れ際。
本日最大の試練が待ち受けていた。