裏56話 ドキ♡修 LAST REBELLION ! 高二 二学期
「うぅぅ~っ、三五ぉ~っ」
顔を上げた湖宵の瞳から涙がポロポロこぼれた。
「こ、湖宵……!?」
それはまるでキンキンに凍らせた日本刀でいきなり背中をブッた斬られたかのような、あまりにも唐突で予想外過ぎる衝撃だった。
あわやパニックになりかける……が、寸前でグッと堪える。
わかっていたハズだ。
NB男子であるオレがQ極TS女子である湖宵の心情を完璧に理解する事など出来っこないと。
「湖宵……湖宵? どうしたの? どうして泣いてるの?」
出来る限りの優しい声でゆっくりと語りかける。
何故急に心境が変化したのかを知らなければ。
そう思ったのだが……。
「うう、うぅ~っ! わ、わたし、ボク……イヤ、イヤぁぁ~っ!」
却って泣き声が大きくなり、イヤイヤと首を振る湖宵。
声をかけるのがダメならと、肩をポンポン叩いたり背中をさすってみたりもしたがこれもダメ。
全くの逆効果で、涙がどしゃ降りになってオレの胸に落ちてくるだけだ。
すっかり困り果てたオレはただジッと胸を貸すことしか出来ない。
そんなオレのオロオロした顔がチラッと目に入ったのだろう。
その途端に心優しい湖宵の涙がピタッと止まった。
ああ、オレはなんて情けない旦那なんだ。
泣いているお嫁さんに気を遣わせてしまうなんて!
「グ、グスッ。そ、そんな顔しないでっ! 三五! 三五は悪くないの! 三五はすっごく素敵で最高なわたしの旦那さまなんだよ!」
とてもそうは思えない……のだが、今はオレの気持ちなんてどうでもいい。
垂れそうになる眉毛をキッと引き締めて、湖宵の言葉に耳を傾けなければ。
「三五は最高で……周りの人達も皆あったかくて、優しくて……。ボクは普通のQ極TS女子と比べてすっごく恵まれてる。なのに、ボクはワガママなの。今の境遇に満足して感謝しなくちゃいけないのに、どうしても、どうしても、嫌な気持ちが溢れて抑えきれない……!」
「お、抑えなくて良いんだよ! 気持ちを素直に……」
「良いワケないよっ! 只でさえ我慢させてる……してもらってるパートナーに向かって自分だけ愚痴をこぼすなんて! そんな卑しい人間になりたくないっ!」
内に秘めた激情を吐き出して欲しかったのだが思い切り拒否されてしまった。
Q極TS女子の気持ちはわからない……が、湖宵が男の子の身体であることに引け目を感じているのはわかった。
そのせいで周りに気を遣わせたり旦那のオレに負担を強いている、と感じている事も。
その上で自分だけ不平不満を漏らすのは子供じみた甘えだと湖宵は考えている。
もし漏らしてしまえば自己嫌悪に苛まれ、惨めな思いを味わうだろう。
そんな気持ちは何だか凄くわかってしまった。
湖宵だけにモヤモヤした心情を吐露させるのは不公平だ。
オレも心に秘めていた不安を語ろう。
出来れば湖宵には知られないままでいたかった、そんなみっともない不安を。
「湖宵。オレはさ、湖宵が思っているような完璧な人間じゃないよ」
「そ、そんなことないっ! 三五は最高の王子様だよっ!」
「ありがとう、嬉しいよ。でも、オレに色々なものが足りていないのは自分でわかっているんだ」
自虐的になっているワケじゃない。
高一の夏休みから今日に至るまで、オレは部活動や勉強を頑張って私生活も充実させてきたから。
でも悲しいかな、その期間はたった一年間。
一年分の努力だけでは湖宵に釣り合う男になんて、到底なれやしない。
「オレには生まれ持った特別な才能や素質なんてものは無いから、一歩一歩地道にやっていくしかないんだ。だから……」
「だ、だから?」
「…………不安なんだ。卒業してQ極TSしたこよいの隣に立った時、見劣りしない自分に成れているだろうかって。どうしても考えてしまうんだ」
今まで目を背けていた漠然とした未来への不安が、口に出した途端にクッキリと形を成した。
客観視してみると我ながらしょうもない不安だとは思うが、モヤモヤしたその気持ちは抑えることが出来ない。
ああ、本来ならオレが湖宵の不安をスカッと晴らしてあげないといけないのに、これじゃあ頼りになるどころか……。
気持ちが落ち込んだオレは、更にネガティブなことを口に出してしまう。
「将来、もしオレのせいで周りの人にこよいとの仲を認められなかったらって思うと……」
「さ、三五の努力はわたしが一番知ってるよ! 毎日すっごくすっごく頑張ってるの見てきたよ! なのにそれを知りもせずに文句を言ってくるヤツが居たら、例え親族だろうとブチのめして縁を切ってやるぅぅ!」
湖宵がオレの為に激怒してくれる。
それに併せて活力も湧いてきたみたいだ。
「ありがとう、湖宵。色々迷惑かけると思うけど、これからもずっとず~っとよろしくね」
「当たり前だよ! 夫婦なんだから!」
「そう、夫婦だから。だからさ、湖宵もオレに遠慮無く気持ちをぶつけて良いんだよ。お互い様なんだから」
「あっ……」
むしろぶつけてもらわないとオレだけが迷惑をかけ続けることになってしまう。
それは心苦しいし、何より寂しいことだ。
オレ達はずっと二人で一緒に生きていくんだから。
そんなオレの気持ちが届いたのか、少しだけモジモジと逡巡した後、湖宵は話し出してくれた。
「わ、わたし、男の子の身体でなんか産まれてきたくなかった! 神様のバカバカバカアァァァ!」
少し訂正。話し出すというより叫び出した。
よっぽど鬱憤が溜まっていたようだ。
「こんな身体じゃ三五にドキドキしてもらえないもぉん!」
「い、いや、ドキドキはちゃんとしてるよ?」
「足りないもぉん! 三五、欲求不満になっちゃってるもん! 我慢させちゃってるもん! イヤなのイヤなの! 本当は三五の好きなこと何でもしてあげたいの!」
「で、でも男の子の身体に耽溺しないでって……」
「覚えてるよぉ! 自分で言ったんだもん! それでも我慢しないで迫って欲しかったの! …………ほらぁぁぁ! ボクの気持ち、支離滅裂じゃぁぁん! だから口に出したくなかったんだよぉぉ!」
な、なるほど。これが乙女心か……。
い、良いんだよ! 気持ちが矛盾しちゃうことってあるよね!
「最初から女の子に産まれていれば……三五と小さな頃から仲良し♡幼馴染み → 一緒にお風呂 ・ お昼寝など特別なコミュニケーション → 親密な関係 → 自然に恋人に → ラブラブ初体験♡ → 結婚♡ → 出産♡ ……ってな具合にトントン拍子に進んだのにぃ! 人生に波乱万丈とか要らないからっ!」
一度口火を切ると湖宵の不満はもう止まらない。
女の子のファッションや髪型をもっと楽しみたかった、などの日常に根付いたものから女の子にモテるのが嫌だ、八重津さん達みたいに友達として接して欲しい、といった人気者の湖宵ならではのものまで。
中でも一番の不満は女の子としてオレと一緒に思い出を積み重ねていきたかった、ということだった。
オレ個人としては湖宵と過ごしてきた思い出はどれも最高に楽しくて美しいものだったが、湖宵はそれに加えて 「もし自分がNB女子だったら夢みたいに素敵だったのに」 というモヤモヤした想いもずっと一緒に抱えていたんだ。
その事実に今まで気付けていなかったのはショックだった。
やっぱり気持ちをぶつけてもらって良かった。
「あぁ~全部まるっと打ち明けちゃったよぉ~……こんなこと言ってもどうにもならないのに! ワガママだって自覚してるんだよ!? ボクは誰よりも恵まれてる。だって三五がボクの全てを受け入れて愛してくれてるんだから……。でも心のモヤモヤが晴れてくれなかったんだよぉ! 恥ずかしいぃ~!」
「ワ、ワガママなんかじゃないよ! オレは大きな悩みだと思うよ! 打ち明けてもらえて良かったよ!」
「……確かに口に出したらモヤモヤがスッキリしたかも。それにボクが今後、どうするべきかがわかったよ」
そう言った湖宵は顔をキリッと引き締めて深呼吸を一つした。
そしてクリアになった胸に新たに芽生えたその決意を表明する。
「ボクは……神に反逆する!」
もの凄くスケールのデカいこと言い出した!?
一体どうしたよ湖宵!?
「ボクは女の子としての幸せを極める! ただQ極TSするだけじゃ足りない! 内面も素敵な女の子になって家族や世間にも認められて、普通の女友達もたくさん作ってQ極TS女子の仲間とも仲良くして、三五をちょ~メロメロにしてご寵愛を一身に集めるスーパーなお嫁さんになってやるぅぅ!」
な、なるほど。
男の子として生を受けた湖宵が完璧な女の子になって全ての幸せを手にするということは、神の定めに反逆するってことになるのか。
「うぅぅ……三五、泣いちゃってごめんなさいっ! それに聞き苦しい本音も全部吐き出させてくれてありがとう! 許してね! お願いね!」
ペコリと頭を下げる湖宵。
「良いんだよ。謝ることなんて無いんだよ。むしろ全部言わせちゃってごめんね。それに……」
「それに?」
「オレもさ、神に反逆するよ。特別なものを持って産まれなかったオレだけど、特別な存在になる! 湖宵の隣にいるのが相応しいと誰もが認める男に!」
「キャアァァ~♡ 三五カッコイイィィ~♡」
決意を表明し合い、ひとしきり大騒ぎをしたら気持ちが落ち着いてきた。
すると一日の疲れも相まってか急に眠気が押し寄せてきた。
色々あったし今日はもう寝よう。
二人仲良くベッドに入ると早くも湖宵の瞼がトロ~ンと落ちてきた。
さっき大騒ぎしたのと旅の疲れもあってドキドキはしていないみたい。
この状態の湖宵に腕枕をしてあげるとドキドキどころか、すぐに気持ち良くなっちゃってあっと言う間に夢の世界に旅立ってしまった。
「ムニャムニャ……三五ぉ……今度Q極TSしたら、わたしのこと……好きにして良いからね。……ふぁぁ……言うこと……何でも聞く……zzz」
ちょっと湖宵イィィ!?
よくそんな爆弾発言しながら寝落ち出来るね!?
眠気が吹っ飛んじまったんだがぁぁ!?
うわぁぁぁ~っ! ドキドキするうぅ! ね、寝らんねぇ~っ!
割と早めの時刻に床に着いたというのに、オレが眠りに落ちたのは結局深夜2時を回ってからだった。
まったく、湖宵ってば小悪魔さんだね!