第10話 高波 三五 VS 童貞チンパン
「あれ? あそこに居るのって高波じゃね?」
「本当だ。ウワッ! すンげえ美人連れてんぞ」
「はあアアン!? 何でアイツがあんなカワイイ女の子とお手々繋いでお出かけしてんのオォ!?」
間違い無い。
向かいの通りに居るのはオレとこよいのクラスメイト達だ。
しかも最後に大声で叫びやがったのは我が校でも悪名高い女好きの悪童だ。
思いっ切りこっちまで聞こえてんだよ。
せっかく上機嫌で楽しんでいたこよいが驚いてビクッとしてしまったじゃないか。
ああ、表情も何だか不安そうで痛ましい。
何てデリカシーの無いヤツらなんだ。
とはいっても、まさかヤツらもワザワザ声までは掛けてこないだろう。
何てったってオレ達はお手々繋いでデート中。
更にダメ押しでもう一手。
「こよい、この近くにカワイイ雑貨屋さんがあるんだよ。見に行こう」
「う、うんっ」
フフフ、女の子向けのお店に入ってしまえばヤツらは追っては来れま……。
「オオォ~イッ! 高波イィィ~っ!」
なっ! 何って空気の読めなさ! クラスメイトの男子生徒三人組がこっちにやって来やがった!
大声を上げながら全力でこっちに走ってくる猿野郎が一匹。
しょーがねーなーなどと言いつつ止めもせずに猿の後を追って来るのが二人。
何たるお邪魔糞虫!
こよいがオレの後ろに隠れてプルプル震えちゃってるだろうが!
「うオ~ッ! す、すっゲェカ~ワイ~ッ! 誰だよォ! 誰だよその女の子ォォォ!」
オノレこの無礼者がアァ! 初対面の女性に対する態度じゃ無いだろうがアァ!
「テメェにゃ関係ねんだよ! このクソチンパン野郎が!」
「ハイ辛辣MAXぅぅ! お前、普段女っ気無いクセによぉぉ! 何ちゃっかりおめかししてこんな美人と仲良くおデートしてるんだよ!」
「五月蝿ぇ! 帰れ! さもなくば地獄に堕ちろ!」
「オレなんて今月だけでもう五人にフラレてんのによォ! ズリィぞ!」
話を聞きやがらねぇ! 人をこんなにウゼェと思ったのは生まれて初めてだ……! ドタマをかち割ってやりてぇ……!
「オイオイ。おもくそ邪魔になってるっぽいぞ」
「仲良さそうだしな。この娘、高波の彼女?」
ツレの二人も追いついてきた。
しかし嫌な質問するなあ。
正直にこよいとはまだ付き合って無いって言うと、それじゃあ紹介しろとか言うんだぜ、どうせ。(猜疑心の塊)
しかし告白を控えている身としては、この場でこよいと付き合っているとは断言しにくい。
なのでオレはこよいと繋いでいる手をヤツらに見せつけ、こう言った。
「ご覧の通りだよ。今デートしているから、また今度な」
ほぼ告白しているみたいなモンだが致し方ない。
こよいはカァ~っと顔を真っ赤に染めて、はにかみながらも微笑んでくれた。
「「おおーっ! ヤルねぇ!」」
こよいの様子を見た猿のツレ二人が囃し立てる。
せっかくのデート中につまらん邪魔が入ったが、これでようやく……。
「グゥゥゥ~ッ! い、いや、まだだぁっ! 明言を避けたという事は、まだ恋人未満と見たあぁぁぁ! ならば入り込む余地有り! 彼女を紹介しろぉぉ!」
こ、こ、こ、この厚顔無恥の擬人化男がぁぁ!
こいつは学校一の女好きかつ下心丸出し野郎という触れ込みだが、どうやらウワサ以上の様だな!
「お前さあ、そんなんだからフラレるんだよ」
「な。いやホント、スゲーわ。脳髄が股間まで繋がってんじゃね?」
ツレの二人ですらドン引きしてんじゃねーか!
「帰れやカス! 空気読め、童貞チンパン!」
「断じて読まん! 空気なんぞ読むものかぁぁ! その娘を紹介しろやこのムッツリ男がぁぁっ!」
童貞チンパンが目を剥きながら垂直に跳び、アスファルトを両足でバッシンバッシン打擲する。
「童貞チンパンかあ」
「ピッタリだな」
クソモブ二人組もはよコイツ回収して地平線の彼方まで消え失せろや! クソカスボケカスドスゥ!
むむ!? ここでプルプルしていたこよいがググッと力を込めてオレの袖を握り、隠れていた顔を前に出した。
「わ、わたし、あなたの事キライです! 視線がネトネトしててちょ~気持ち悪いしっ! 存在そのものが無理ですっ! キライキライ! だいっキライ!」
ここで援護射撃ィ! こよいの元男ならではの、心を抉る弩ストレートな口撃は最早、艦砲射撃級!
「アアアァァァぁぁあ゛あ゛~っっっ!!!!」
崩れ落ちる童貞チンパン。二度と立ち上がれまい!
「ま……だ……だ……!」
バ、バカな!? まだ顔を上げられるだと!?
「まだオレは……負けて無いッ!」
「「「「うっそだろお前ッッッ!?」」」」
思わずこの場に居る全員でツッコミを入れてしまった。
だってコイツ、今のセリフを本気で言ってやがるもんよ。目が死んでねぇ。
童貞チンパンの覇気に思わず目を見張るオレ。
コイツは 「モテたい」 というたった一つの指針に忠実に人生を送っている。
その為に実はスペック自体は割りと高めで、ルックスだって全然悪くない。
何故か急に童貞チンパンを恋のライバルとして認識してしまっている自分を否定出来ない。
コールタールの様にしつこく粘ついてくるナンパですら、ヤツの存在理由を賭けた執念を感じて侮れないと思ってしまう。
「高波ィィ! この娘を紹介シロォォォ! するんだァァァ~ッ! カノジョジャナインダルォォ!」
「キライだっつってんでしょ! あなたなんかが三五さんに勝てる訳ないッ! これ以上デートの邪魔するなら通報するわよ!」
「グッハァァァ! くぅぅっ! ハァ! ハァ! ああ! 通報するがいいさ! 残りの夏休みを鑑別所で過ごす事になろうとも構わない! 何故ならそれがオレの愛の証だから!」
官憲すらものともしない!?
コイツを止めるにはどうすれば良い?
こよいが湖宵だとカミングアウトするか?
いや、きっとそれじゃコイツは止まらない。
くぅぅぅ……こ、この場を収めるには……!
「こ、この娘は、オレの……!」
「さ、三五さんっ!」
「おおっ!」
「こ、ここで告白タイム!?」
この場を収めるには最早、こよいはオレの恋人なんだと宣言するしかない。
「こ、この娘はぁぁっオ、オレの……っ!」
「さ、三五さんっ、さんごさぁぁぁんっ」
うるうる揺れる熱い瞳でオレを見つめるこよい。
くぁぁぁぁっ、カワイィィィィ!
しかし! しかしこの場で本当に告白してしまっていいのか!?
夏祭りという特別な舞台でキッチリ気持ちを整理してカッコ良く告白して、一生心に残る思い出にしようと思ったのに!
こ、こんな場当たり的に告白させられるハメになるとは。
な、何て言えば、何て言えばいいんだぁ~っ!
「このこはぁぁぁ~! オレのぉぉぉ~!」
あ~! もう!
「この娘は!! オレの!!」
気が付けばオレは、こよいをぎゅっと抱き締めてそう宣言していた。
何言ってんだオレはぁぁ~! これじゃ恋人を通り越して自分の所有物だと宣言している様なモンじゃないかぁぁ!
「うわァァァ~ッッ♡♡♡ そのっ通りですゥゥゥ~ッ♡♡♡ わたしは三五さんだけのモノッ♡ 断じてそこのお猿さんに付いてったりする様な、浮気者なんかじゃ無いですッ♡」
うわァァァァ! こ、こよいが! オレに力一杯、抱き着いてくれているゥゥゥ!
「んん~っ♡ スリスリスリ♡ はあぁ~っ♡ 最高ぉぉ~っ♡」
しかも、オレの胸にカワイイお顔を押し付けて無限スリスリしてくる!
カ、カワイィィィ~ッ!
ああぁぁ~ッ!
もうこの場で「好き」と言ってしまいたい!
「ウ、ウ、ウ」
はっ。童貞チンパンジーさんが小刻みに震えておられる。
「ウキィィィ~ッッ!」
「あァ~ッ! チンパンが! 童貞チンパンが!」
「僕達の童貞チンパンがぁ~ッ!」
童貞チンパンが号泣しながら人を掻き分け、飛び跳ねながら去っていった。
あたかも猿の様に……。
そうだよな。ここまで完膚なきまでにフラレたら、リアルにチンパンジーと化すしかないよな。
「おお~い! 待てよ~っ!」
「バナナシェイク奢ってやるからよ~っ!」
ツレの二人もどこか芝居がかった動作で童貞チンパンを追う。
う~ん、青春の一ページやなぁ。