裏24話 思い出の文化祭⑧ 白雪姫を観に行くわヨ♡ 高二 二学期
文化祭の出し物を一つ一つ見ていくには、とてもじゃないけど時間が足りない。
優先順位をつけて賢く回る必要がある。
オレと湖宵が優先する出し物 · 展示といえば性転換を題材としたものを於いて他に無いだろう。
Q極TS技術は人間の在り方を変える革新的かつ革命的な技術であるので、トランスジェンダーではない人々からも関心は高い。
故に性転換をテーマにした出し物はオレ達のクラス以外にも沢山ある。
女装 · 男装した喫茶店、ゲームコーナー、屋台、ミニライブなどだ。
ワンポイント (リボンなど) を着けただけのプチ女装 · プチ男装をしただけの所もあれば、頭の天辺から爪先までガッツリと女装 · 男装している所もある。正にピンからキリまでだ。
だけれども、普段出来ない体験を楽しんでいるという点は皆共通しているようだ。
湖宵は女装 · 男装生徒達と周りのお客さんの楽しそうな反応を食い入る様に見つめていた。
また湖宵はQ極TSに関するお堅い研究発表にも熱心に目を通していた。
内容はQ極TS技術が誕生してから今日に至るまでのニュース番組 · 新聞記事のまとめや、一般家庭から募った意見 · 感想の聞き取り調査など。
オレも一緒に目を通したが、何というかDr.グレースがQ極TS技術を産み出した為に、世間一般の人々は大変に振り回されて混乱させられてきたという事実を再確認してしまった。
その一方で、若い学生達やお客さん達は文化祭で女装 · 男装を楽しんでいるんだから世の中は着実に変わっているんだなぁとも感じた。
人々がQ極TS技術を自然に受け入れられる世の中に変わって欲しい。
沢山の性転換ものの出し物の中で湖宵が一番注目しているものは何か?
それは演劇部の「男女逆転演劇 · 白雪姫」だ。
初めに言っておくがこの演劇にはおふざけは一切無い。
数々のコンクールで何度も受賞した演劇部が、真剣に異性になりきり役を演じきる意欲作なのだ。
性転換というものに最も真摯に向き合った出し物だからこそ、湖宵の期待値は限りなく高い。
講演の時間が近付いてきたので講堂へ向かって、湖宵と並んで席に着いた。
湖宵は次第にドキドキしてきたみたいで段々口数が減ってきた。ネコちゃんのあみぐるみをぎゅっと抱いて劇が始まるのを今か今かと待っている。
やがて開演を告げるブザーが鳴り、幕が上がる。
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのはだあれ?」
白雪姫の継母である悪いお妃様は大柄な男子生徒が演じる。
迫力のある演技だが粗野な印象は無く、むしろ堂々とした気品を感じる。
「世界で一番美しいのは、白雪姫です」
「何ですって! あんな小娘がこのワタクシよりも美しいですって!?」
嫉妬に狂うお妃様。
冷静に見れば、デッカイ男子生徒が髪を振り乱しながら「白雪姫さえ居なければワタクシが誰よりも美しいのに!」などと叫んでいるのに、笑いは一切起こらない。
むしろ熱の入った演技に引き込まれて彼が本当の女の人だと錯覚しそうになる。
場面は変わって、世界で一番美しい白雪姫の登場シーン。
とは言っても、男子生徒を女装させて世界一の美少女でございと言うのはいささか無理がある。湖宵じゃあるまいし。
白雪姫を演じる男子生徒は湖宵程じゃあ無いにしろ美少年だ。湖宵程じゃあ無いにしろ。
ちゃんとメイクもしているようだし笑いを誘う程可笑しいという訳では無い。だがやはり、違和感は拭えない。
湖宵を差し置いて世界で一番美しいなどとは笑止千万。
鏡よ鏡? お前さん曇っているんじゃないかい? 磨いてやろうか? 粉になるまで研磨してやろうか?
だけど違和感は白雪姫の演技が始まるにつれて徐々に小さくなっていった。
「小鳥さんたち、おはよう♪ お花さんたちも、今日もとってもキレイね♪」
無邪気に小鳥と戯れ花を愛でる白雪姫。
その可憐な仕草と表情を見ている内に、ちょっと身体付きが男っぽい事なんて段々気にならなくなってきた。素直に感心だ。
ステレオタイプな美少女である白雪姫を妬みに妬むお妃様は、狩人に白雪姫を殺すよう命じる。
「あの娘を森へ連れ出して殺すのよ。その証拠にあの娘の内蔵を引きずり出して持っておいで」
「は、はいっ! 仰せのままに!」
お妃様の命令に戦慄すれども、一介の狩人に逆らえる訳も無い。
葛藤しつつも狩人は白雪姫を森の奥深くへと連れて行く。
狩人の様子がおかしかったので自分がこれから殺されるのだと気付いた白雪姫。彼女は涙目になって狩人の足元にすがり付く。
「どうかわたくしの命を取らないで下さい。わたくしは森の奥に入って出て来ませんから。貴方にご迷惑はお掛けしません」
狩人はもちろん女子が演じていて、自分よりも身体の大きな白雪姫にすがり付かれている絵面は結構シュールだ。
だが白雪姫の儚げで憐れみを誘う懇願は妙な色気すら感じるくらいで、狩人が魅了されていく心境が良く伝わってきた。
結局狩人は白雪姫を殺せずに見逃してしまって、代わりに獣の内蔵をお妃様の元に持って行った。
お妃様は狂喜してその日のディナーに白雪姫の (ものだと思い込んでいる) 内蔵をペロリと食べてしまった。普通に恐ろしい。子供が見たら泣くんじゃないかな。
一方、白雪姫は森の闇に怯えながら歩いていく。
そして歩き疲れた頃に一軒の家を見付けた。
疲れ果てた白雪姫は勝手に上がり込みテーブルに載っていた食べ物を少しずつつまみ食いしちゃう。お腹一杯になったらベッドでおねむ。自由だ。
やがて、家の主である七人の小人達がドヤドヤと騒がしく帰宅する。
七人の小人達に何故家に上がり込んだのかと尋ねられると、白雪姫は涙ながらに自分の境遇を語る。
同情した小人達は、自分達が働きに出ている間に家事をするのならばこの家にいても良いと提案し、白雪姫は是非そうさせて欲しいと言う。
それからしばらく白雪姫と小人達の楽しい暮らしが続いた。
掃除、洗濯、食事の支度を笑顔でこなす白雪姫に小人達はもうすっかり骨抜きだ。
小人達は全員女子が演じている訳だけれど、デレデレした表情で白雪姫をチヤホヤもてはやしている姿を見ていたら男って悲しい生き物だよなぁと思わざるを得ない。
場面はまたお城に変わる。
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのはだあれ?」
「それは森の奥深くで七人の小人と共に暮らしている、白雪姫です」
「何ですって! 白雪姫が生きている! ああ憎い! あの女さえ居なければこのワタクシが誰よりも美しいのに!」
お妃様のあまりにも深い呪いはやがて鮮血よりも真っ赤な林檎へと変化した。
「この呪いの林檎を白雪姫に食べさせて今度こそ殺してしまいましょう!」
お妃様は林檎売りに変装して森の奥深く、七人の小人の家へと向かうのだった。
「もし、林檎はいかが?」
「ごめんなさい。七人の小人達に誰が来ても戸を開けてはならないと言われているのです」
「ならば窓から覗いてごらんなさい。真っ赤に熟した、とても美味しい林檎ですよ」
「まあ、こんなに真っ赤な林檎は初めて見たわ!」
林檎の赤い色があまりにも鮮やかだったので白雪姫はつい林檎を手に取ってしまった。そして取り憑かれたかのように口へと運んでしまう。
次の瞬間、白雪姫は糸が切れた人形の様にその場に倒れてしまった。
仕事から帰ってきた七人の小人達は、突然の白雪姫の死を嘆き悲しむ。
しかし死してなお白雪姫の美しさは全く損なわれなかったので、小人達は白雪姫を埋葬せずに花畑に安置したガラスの柩の中に眠らせた。
小人達は来る日も来る日も白雪姫の柩を囲んで、彼女の死を悼む。
するとある日、白馬に乗った王子様が花畑の側を通りがかった。
「ああ、何て美しい娘なのだろう。この世にこんな人が居たなんて!」
昏睡している白雪姫に一目惚れした王子様は、二言目に白雪姫を妻に迎えるとか言い出した。
すげ~なこの男。いや、演じているのは女子なんだけど。
「王子様、白雪姫は呪いをかけられて目覚めることはもはや無いのです」
「構わない。彼女は私の妻になるべき人だ。例え二度と目覚めなくとも私の愛は変わらない」
恋は盲目とはこの事か。
オレもそんな気持ちに覚えはあるけれど他人のを客観視するとちょっと引くわ。
燃え上がった王子様は白雪姫にキスをした。
そして奇跡が起きて呪いは解ける。
白雪姫がゆっくりと目を開いた。
「白雪姫、私は貴女を愛している。私と結婚して我が国の妃になってほしい」
「はい、喜んで」
こうして王子様と白雪姫は電撃結婚した。
一方、白雪姫に呪いをかけたお妃様はまたしても鏡の前に居た。
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのはだあれ?」
「それは隣国の王子様の花嫁になるお方です」
「まあ……何て、何てことなのっ!」
狂乱するお妃様の元にタイミング良く隣国の王子から結婚式の招待状が届いた。
嫉妬にかられたお妃様は王子様の花嫁の姿を見ずにはおれず、すぐに隣国へと赴いた。
「ああ……白雪姫! 何故お前が生きているの!」
王子に寄り添う白雪姫を一目見たお妃様は驚愕し、凄い形相で白雪姫に詰め寄ろうとする。しかし兵士達に阻まれ、それはかなわなかった。
「現れたな魔女め! よくも私の妻に呪いを掛けてくれたな!」
愛する者に呪いを掛けた張本人に激昂して叫ぶ王子様。
彼はお妃様の前に、真っ赤に燃えた鉄の靴を用意させた。
「お前の罪は万死に値する! その靴を履いて死ぬまで踊り続けるがいい!」
「わああぁぁぁぁ~っ!」
死の運命を悟ったお妃様はその場で泣き崩れた。
そして突如、段幕が下り始めた。
このシーンで終わりかよ! 何ちゅう幕切れだ!
色々ビックリしたけれど、一番印象に残ったのは幕が下りきる直前に白雪姫がニヤリと冷たく笑った事だ。
無邪気だった白雪姫のものとは思えない、魔性の女の笑みにオレの背筋がゾクッとして冷たいものがはしった。
パチパチパチパチパチ!
オレと湖宵は手だけは他の観客と同じように拍手を送っていたが、しばし呆然としてしまっていた。
それ程に男と女の生の感情が鮮烈なこの演劇にのめり込んでいたのだ。
彼等が男女逆転した役を演じていた事なんて途中からすっかり忘れてしまっていた。
「凄かったね……湖宵」
「う、うん。本当に凄かった。きっと異性の役になりきる為にいっぱい努力したんだね」
演劇部が演じた「男女逆転演劇 · 白雪姫」。
この演劇には観衆の心を震わせるパワーがある。
きっとこの演劇を観た今日のお客さんは、今話題になっているQ極TSについて、改めて思いを巡らせたことだと思う。
恐らく、これから性転換を題材にした創作表現がもっともっと世に出回るだろう。
それらの作品に触れる度に、皆がQ極TSを望むトランスジェンダーの人達の事を考えてくれる、そんな優しい世の中になって欲しいと心から思う。