要件定義は難しい
「この項目とこの項目は矛盾しているのではないか?」
「ここってどういう意味ですか?」
みんなモニタに向かって好き勝手に意見を言っている。
今、俺は野良アプリに対抗するための『公式アプリ』を作るための要件定義を部長やアンちゃんや椿を含めてレビューしてもらっている。
部長はともかく初等部のアンや椿を入れているのはアプリの使いやすさを確かめるためだ。
野良アプリがここまで流行してしまった原因は公式アプリに機能が足りなかったこと、そして、野良アプリの方が使いやすかったことなどがあった。
つまり、初等部でも使いやすいアプリでないと野良アプリを駆逐することは難しいと考えて、アンちゃんや椿を入れて要件定義をレビューしている。
なるべく難しい言葉遣いを避け、平易な言い回しで、簡素に書いたつもりだが、人によって解釈が異なる文章になっている部分があるようで、指摘が多数あった。
ここで説明を足して納得させることは可能だが、それでは要件定義の意味がない。
鳳さんに教えてもらった基本に忠実に要件定義をまとめている。
アルバイトの時間がかなり削れているのだが、それも致し方ない。コンピュータ同好会がつぶれて、その話が藤田さんに伝わってしまうとクビになってしまう。それよりマシだった。
「じゃあ、今指摘されたことを直してくるよ」
「ふむ。なんだかんだ言っても保くんは優しいでござるな」
部長が変なことを言う。
「優しい?」
「だって、アンちゃんのために野良アプリを駆逐しようとしているのでござろう?」
なんで「ござる」しゃべりなのか気になるが、部長は勘違いしている。これは俺のためであって決してアンちゃんのためではない。
「まあ、恋人だからな」
適当なセリフで誤魔化そうとしたら、アンちゃんが急に真っ赤になった。酸欠だろうか。息をした方がいいぞ。
「まあ、保さん! 椿のためにも何かおっしゃってください」
椿が調子に乗って俺に要求をしてくる。
「椿、ちょっと難しいことを手伝ってもらっているけど、我々の未来のために頑張ってほしい」
「うれしいです。プロポーズなんて……」
テンプレ的な勘違いをしている椿を無視して俺は要件定義の項目を修正していく。
要件定義は各モジュールごとに別れており、同じような文言がどのモジュールにも書かれていることがある。これらを修正する必要があるのだが、面倒なんで一括置換である。
余談だが「おきかえ」と読むらしい。「ちかん」でもいいと思うのは俺だけだろうか。
「ところで、アンちゃんたちは三人組と仲直りできたのか?」
最近は藤田姪もちょくちょく部室に遊びに来ているのだから、もう仲直りしていてもいいだろう。
「うん。仲直りできた」
「じゃあ、裏サイトのパスワードは貰ったのか?」
「保さんのおかげでもらえました。ありがとうございました」
椿が深く頭を下げてくる。
「そりゃ良かったな」
これで後は野良アプリを駆逐して、コンピュータ同好会の予算を守れば万事解決である。
「裏サイトの運営は止めたのか?」
ちょっと気になって聞いてみた。あの糞みたいな掲示板がどうなったのだろうか。
「いいえ、野良アプリが駆逐されるまでは続けようかと」
裏サイトと野良アプリは補完関係にあるようなので、それも仕方がない。
それに裏サイトのもつ機能も『公式アプリ』に入れる予定だ。
公にはなってないが、裏サイトだけに『裏技』を使うと表示されるようになる。『裏技』とは言ってもサイドからスワイプして隠しメニューを引き出すだけなんだが。
「まりながコンピュータ同好会に入りたいと言っていました」
「入れば?」
「それはダメでござる!」
部長が反対している。平川まりなは部長の妹で、モデル並みのスタイルを持つ初等部である。
ちょっと、いや、ヤンデレのけがある。芝居だと言っていたが、俺は芝居ではないような気がしていた。
「なんで反対するのよ」
アンちゃんは部長の前に仁王立ちしている。ちょっと怒っているようだ。
「そうです。いくら兄だからと言ってまりなちゃんの部活まで干渉するのはよくありません」
椿も同様だ。
「し、しかしだな……」
俺は部長の気持ちもよくわかっている。俺の妹である彩がコンピュータ同好会に入るなどと言ったら、どんな手を使っても阻止したことだろう。
だが、他人の妹など関係ない!
俺は部長を無視して要件定義の修正を続けるのであった。
3年ぐらい要件定義だけをするお仕事をしていたのですが、各部署との調整や文言の細かな言い回しなど、本当に神経が磨り減る仕事でした。あとの工程で何かミスがあれば要件定義を再確認するので、間違いは少ない方がいいのです……




