我々には、選択肢がない
俺にはなんでも出来ると信じていたときがあった。
いつも可能性に満ちていた。俺はあのときの全能感を思い出す。
コンペの下調べをしているときに、俺は一種の理想形のシステムを思い描いていた。
図書館の受付システムは、図書館のルールを守らせることに主眼を置いたものが多かった。しかし、図書館の役割というのは「ルールを守らせる」ことではない。図書という知識を効率よく、たくさんの人に浸透させることが目的なのだ。日本十進分類法という図書分類法も、本来の目的を助けるためのツールに過ぎないのだ。
図書受付システムは、図書館の本来の役割を取り戻し、利用者を増やすものでなくてはならない。
既存の図書受付システムはすべて「受け身」のシステムだった。利用者が能動的に動かないと図書館は力を発揮できないようにできていた。
それではだめだと俺は思ったのだ。
「図書館をもっと利用してもらうためにコンピュータ同好会はスマホアプリに一工夫します」
もったいつけるわけではないが、そこで一呼吸置いた。
「具体的には?」
木本さんが俺に問う。
俺は部長の顔を見た。部長は俺が何を言おうとしてるかわかっているようだ。
三人で話したとき、かなり難易度が高い機能だから、コンペの内容から外そうという結論に至った機能がある。それを今、ここで「作る」と宣言しようとしているのだ。
「生徒のスマホに対してレコメンド通知を出します」
「レコメンド通知?」
「オススメの本をお知らせするのね」
紀子の疑問に木本さんが答えた。
「それ、面白そうね」
木本さんに限らず、女子コンピュータ部の二人も興味津々だ。
「借りた本の履歴から、他の人の履歴と似た傾向を探しだし、まだ読んでない本をオススメしたり」
これはAmazon風なレコメンド機能だ。
「さらにGPSやbluetooth情報からいつも一緒に行動する友達を割り出し、友達の行動ログから話題に出来るような本をオススメします」
「すごいわね!」
紀子は単純に感心していた。部長は頭を抱えている。そして、妹川さんは「さすがハナ様!」という顔で頷いていた。
ごめん。ハナ様の了解は取っていない。ハナ様が作れるか今はわからん。
「もし、それが実現出来るなら私たちの負けは決定ですね」
姉葉は冷静に俺の話を聞いていたようだ。具体的なシステム案がないゆえに、今話した内容だけでも穴がたくさんある。
「あ!」
と紀子が手を打った。
「もしかして、スマホに通知を出せるなら生徒会からのお知らせもできるんじゃない?」
「なるほど。図書館のイベントもお知らせできるわね」
スマホのプッシュ通知を何に使うか、アイデアを出し始める紀子と木本さん。今、言ったことはレコメンド機能に比べたら簡単に実現できる。
「夢が広がるわね。宗川くん、それもお願い出来る?」
俺は木本さんのその質問でほぼコンピュータ同好会の提案するシステムに決まったことを確信した。それならば、ここは黙って機能追加すべきだろう。
「わかりました。実装しましょう」
木本さんと紀子が楽しそうに通知機能を何に使うか話し合っている。自分たちが考えた機能が盛り込まれるのはすごく嬉しいのだろう。
「じゃあ、コンペは終了です」
我孫子がつまらなそうに、みんなに終了を宣言した。残念だったな、我孫子。お前の思い通りにはならなかったぞ。
「一応、図書部のみんなともどちらがいいか話し合ってみるわ。返事は来週でいいかしら?」
「大丈夫?」
紀子が俺と妹川さんに聞いた。
「はい。大丈夫です」
「我々も問題ない」
採用の返事をもらうまでもなく、作り始めればいいことだからな。コンペの準備と発表で俺の役目は終わった。
みんなの保留分を確認したら部室使用料も二ヶ月はなんとかなりそうだし、余った活動費でエロゲを買って遊ぶんだ!
部室に帰るとハナ様が黒い画面に向かって、パソコンのキーボードを叩いていた。その音はリズミカルで心地よい。
「ただいま。ハナ様」
「おかえりなのよ」
ハナ様は画面から目をはなさないで答えた。
「勝ったよ、我々」
「当たり前なのよ。ハナ様が作るんだから、自称弟子なんかに負けるはずがないのよ」
珍しく普段のハナ様とは違って闘争心がかいまみえる見える。
「ハナ様、ちょっと話しておくことがある」
部長が重々しく言った。
「なんなのよ? ハナ様は貯めたBL成分が切れないうちにプログラミングしなきゃならないのよ? 忙しいのよ」
「追加機能がある」
部長の言葉にハナ様の手が止まった。
「なぜなのよ?」
ハナ様が絶望的な顔をしてこっちを向く。俺はその顔を見て「ごめん!」と思わず謝っていた。