トイレの中の作戦会議
俺は今、部長とトイレの個室の中にいる。ハナ様が見たら大喜びしそうなシチュエーションだ。そして、声を出さずにスマホでチャットしている。
『情報が漏れたことは仕方ありません。どうやって勝つか考えましょう』
『もうどうでもいい。コンピュータ同好会は終わりだ。いや、某の人生はここで終わる』
部長が自殺をほのめかす文章を送ってくる。まあ、「某」なんて一人称を使っている時点で、まだ余裕があると思う。
『コンペでコテンパンに熨せば、姉葉も本当に「部長素敵」ってなるかもしれませんよ。あいつ、すっごい自信満々でしたし』
『あんな美少女が某みたいなオタクに話しかけてくれるなんておかしいと思っていたんだ』
俺は部長のフォローを諦めた。これは一朝一夕で回復するようなダメージではない。でも、ハナ様だってかなりの美少女だ。そのハナ様と話しているんだから、いまさら美少女コンプレックスはないだろう。
『ハナ様は「少女」ではない』
部長は女子中学生専門か。大体、俺の頭の中を読むとは、どこの妖怪サトリだ。部長はもう放っておこう。まだ精神的なゆとりはあるようだ。
今のままだと完全に後手に回る。同じものを見ても二度目の感動は薄い。
ハナ様に相談できないのは痛いが、ここは機能を増やすしかない。
『機能を増やすのだけは止めておけ』
部長の方を見ると真剣な顔をして首を横に振っている。
「でも」
と思わず声に出したときだった。
「宗川、もう腹はいいか?」
常磐線が呼び掛けてきた。くそ、タイムアップか。運命は俺のプレゼンに託された。
しかし、部長やハナ様と意思の統一が出来なかったのが痛い。色々、口から出任せを言うにしても「出来ること」にしなければお金をもらえない。
ドアを開けると少し心配そうな顔をした我孫子が立っていた。ちょっと意外だ。窮地に追い込まれて腹を下した俺を笑いに来たと思っていた。
「腹の具合は大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「大丈夫だ」
顔色が悪い原因は腹じゃないからな。我孫子の顔も見ずにトイレから出る。
「うわ!」
俺のあとから出てきた部長に驚く我孫子の声がした。あ、忘れていた。このままでは本当にBL展開キタコレになってしまう。
しかし、俺はそんなことに構っている余裕はなかった。どうせ、リアル女子にモテる必要なんてないんだ。部長と恋人同士でも別に構わん。
プレゼン会場の教室に戻ると木本さんと姉葉が仲良く談笑していた。どうやら読んでいる本の趣味があっているらしい。そして、姉葉の好感度はガンガン上がっているだろう。
だがしかし、俺の好感度は最低になっているからな。姉葉め。
「保の番だよ」
紀子が水を向ける。
俺は深呼吸すると、自分のパソコンにあるファイルを開いた。
「では、コンピュータ同好会の提案するシステムの説明をいたします」
俺は努めて冷静に、そして、|一言一句間違えないように《・・・・・・・・・・・・》説明を続けた。説明を続けてしばらくすると次第にざわざわしてくる。
「ちょっと待って」
「なんだ? 紀子。説明はまだ終わってないぞ」
「これって中等部の女子コンピュータ部の説明と全く同じじゃない」
「そうだ。元々は同じものだったからな」
「宗川が女子コンピュータ部の提案を盗んだということでは?」
常磐線が横やりを入れてくる。
「盗んだのは女子コンピュータ部だ!」
部長が震える声で訴えた。それに驚く一同。俺は別の意味で驚いた。部長がこんな大勢の前で喋るとは。
「某は姉葉さんに我々のシステムの独自性について話していた。それが女子コンピュータ部の提案に盗用されたのだ」
え?という顔で、妹川さんは姉葉の顔を見る。姉葉は無表情で、その視線を受け流していた。
「本当なの? 姉葉さん」
「はい。本当です。それがどうしたというんですか?」
「そんなことをしたらコンペにならないじゃない」
紀子は詰問口調だ。ちょっと怖い。
「しかし、アイデアは形にするまで権利にはなりません。そして、秘匿すべき情報を漏らしたのはそちらの責任です」
しれっと盗用を認める姉葉は、どことなく焦っているように見えた。何があっても自分の味方であるはずの妹川さんの責めるような視線が想定外のようで、目を向けられずにいる。
「なんで、そんなことを……」
妹川さんが呟く。あきれるような、信じていたのを裏切られたような、喪失感に満ちた声だった。
「まあ、おあいこだよ。俺も妹川さんからシステムのことを事前に教えてもらっていたし」
場の空気が変わる。妹川さんは自分のしたことを棚にあげていたのに気がついたようだ。
「それに、ワザワザ同じ言葉で説明したのは盗用を問題にしたいからじゃない」
俺の言葉にみんな?マークを頭の上に浮かべる。
「我々のシステムの優位性を明確に示すためだ。これから説明することが我々のシステムの優位性になります」
俺はもう覚悟を決めるしかなかった。勝算がある訳じゃない。あとで部長やハナ様に謝るなら勝って謝りたいと思っただけだ。
「じゃあ、宗川くん。続けて」
眼鏡をキラリと光らせて、木本さんが俺を見た。