堕ちたお姉ちゃん
龍ヶ崎は今でこそ古風な言い回しになっているが、小さいころは普通の話し方をしていた。
それがある時を境に古風な言い回しに変わったのだ。あれは俺が美少女剣士ものにはまっていたときだったと思う。
容姿が近い龍ヶ崎に頼んでゲームに出てくる台詞をいってもらったことがあるのだが、それからいたく気に入ったようで、古風の言い回しを使っていた。
「お姉ちゃんは、理由を聞いてくれないのか?」
「理由?」
「そう。俺がわざわ初等部三人組の話を聞きたがり理由」
「……わかった。理由までは聞こう」
かかった。理由を聞いて放っておけるほど、龍ヶ崎は非常にはなれない。
「まず、三人組が何をしたかから話そう」
俺は学園で流行っている悪性の野良アプリと、学園の裏サイトの話をする。
「ふむ。すると、アンと椿が中心でやっていたが、コンピュータ同好会を乗っ取るという目的が果たされたから止めようとしたところ、件の三人がパスワード変更して乗っ取ったということか」
龍ヶ崎のまとめはほぼあっているのだが、なにか違和感があった。俺が説明したそのままを言葉にしているだけにも関わらず違和感があるということは何か見落としをしているにちがいない。
「三人組はアンや椿のことを悪く言っていたか?」
「いや、その名前は今、保くんから聞いて知ったばかりだ。三人組はパスワード当てゲームなるものをしていて、本当にたまたまアカウントとパスワードを当てたようだ」
パスワード当てに偶々はない。なぜなら風紀部のクラウドストレージのパスワードはランダムな32文字だからだ。これを現実的な時間内に当てることは絶対にない。
「あと、三人組にパスワードを漏らしたやつはいたか?」
「漏らしたという事実は確認できなかった」
「何か疑いが?」
「三人組の中に道山の妹がいた。ただ道山はパスワードを暗記しており、スマホを妹に貸したこともないそうだ。あと、趣味の問題もあり、スマホはロックをかけて厳重に管理していると言っていた」
成田の趣味と言えば野獣先輩的な動画なんだろうか。そりゃ他人に知られてとやかく言われたくないよな。俺も似たような状況だから気持ちはわかる。
「アンや椿はパスワードを知っていた。偶々見つけたとしらばっくれていたが、風紀部か、我々の誰かのスマホから漏れたと考えるのが妥当だ」
野良アプリが流行り始めた時期とパスワードが割れた時期が近いのが気になる。
椿は何も言ってなかったが、もしかしたら野良アプリにキーロガーでも仕掛けられているんじゃないか? またはキンタマウイルスとか。
「ふむ。それならば尚更三人組は仁義を通しているな。きっとアンや椿に類が及び罰が下ることを恐れているのだろう」
「なんでだ? 仕返しが怖いからとか?」
「いや、アンや椿を含めた五人はとても仲が良いのだろう。だから、現行犯だった三人以外を巻き込みたくなかったのではないか?」
「なら、なぜ野良アプリを流し続ける?」
「そこまでは私にもわからん。ただ、アンや椿を助けるつもりなのだろう」
野良アプリでアンや椿の立場は悪くなっている気がするのだが、どうも俺には他人のつもりになって考える能力が不足しているようだ。
「わかった。ありがとう。お姉ちゃん」
「た、保くんのためだ。いつでも頼ってくれ」
「じゃあ、あの台詞言ってよ」
「え、あ、あの台詞……」
龍ヶ崎は真っ赤になって、すごい恥ずかしいようだ。
「産まれた日は違えども死すべきときは同じと願わん」
でも言ってくれた。これは美少女剣士のエロゲでヒロインの美少女剣士が三国志の桃園の誓いを借りて主人公に告白するときに使われた台詞だ。
龍ヶ崎がヒロインの年齢と同じになったこともあって、そっくりだった。
「大好きだよ、お姉ちゃん!」
主人公はそのあとめちゃくちゃおいたするのだが、現実でそんなことは出来ないので龍ヶ崎をからかう程度に押さえておいた。
「――――っ!!」
龍ヶ崎は声にならない声をあげて、畳に座り込む。
「大丈夫か?」
俺が近寄るよ龍ヶ崎は赤い顔で俺にすがるように見る。
「大丈夫……ではない。ずっと幼馴染みの姉を演じようとしたがもう限界だ」
なにか嫌な予感がする。
「保くん、私と付き合ってくれ」
「だが、断る」
龍ヶ崎は美人でスタイルもいい。恋人にしたい男子も多いだろう。だが、一人娘の龍ヶ崎には龍ヶ崎家がもれなくついてくるのだ。婿に入るのはやぶさかではないが、龍ヶ崎家だけはごめんだった。
「なぜだ! ここは付き合う流れだろう?」
現実に流れなどない。あるのは打算と強制だけだ。
「龍ヶ崎は大変魅力的だ。しかし、俺にはすでに形而上学的な彼女を含めて彼女がたくさんいる。龍ヶ崎は定員オーバーだ」
「たくさんいるのなら一人ぐらい増えてもいいではないか!」
なんて無茶苦茶なことをいう風紀部の部長なんだ。
「わかった。ただし、条件がある」
「飲む」
「即決だな……」
「今を逃したら絶対に後悔するからな」
女子の底力を甘く見ていたようだ。龍ヶ崎がこんなに追い詰められているとも思わなかったが。
「条件は追々話すよ。でも、もうお姉ちゃんとは呼べないね」
龍ヶ崎はそれに気がついてなかったようで絶望的な表情になる。
「うそうそ。恋人同士でも呼び名は自由だよな?」
「そうだ。そうだよな!」
お姉ちゃんに元気が戻ってよかった。やっぱり面倒だな。リアル彼女って。




