まだデバッグ班はいなかった
次の日も鳳さんの会社へアルバイトだ。
これから夏休みが終わるまでの期間、休みの日は鳳さんの会社でアルバイトをすることにしていた。
俺たち4人がいつも全員来るわけではなく、全日出るのは俺とハナ様だけで、きつねと紀子は1週間に1日か2日という感じだ。
「おはよう。宗川くんには聞きたいことがたくさんあったんだ」
会社に入ると鳳さんがコーヒーを片手に話しかけてきた。今日はいつもと違って出来るOLって感じのファッションだった。
「おはようございます。今日はデキル女!って感じで格好いいですね」
「あ、ありがと」
出来るOLがちょっと恥ずかしがる姿は破壊力が高いな……。
「鳳さん、保に聞きたいことってなんですか?」
紀子が俺の後ろから顔を出した。今日は紀子と一緒だった。
「宗川くんは前作をやりこんでいるって聞いたから、よっぽど楽しかったんだと思うんだけど、どこがおもしろかったのか詳しく聞きたかったの」
「あ、それは私も聞きたいです」
紀子が鳳さんの横に並ぶ。
胸が大きい鳳さんの横に並ぶと紀子がより子供っぽく見えるな。ツインテールは止めたらどうだろう。
「じゃあ、会議室借りているから行こうか」
鳳さんの会社には会議室はない。簡単なミーティングテーブルはあるのだが、そこで長い時間話をしていると開発者の集中を妨げるとかで、ある程度長い会議をするときは近くにある会議室を借りることになっていた。
喫茶店で出来ない話も多いので必然的にそうなったとのこと。
会議室に行く前に各自で飲み物を調達する。アルバイトの俺たちにも飲み物代を出してくれるらしく、鳳さんが領収書をもらっていた。
会議室につくと、鳳さんはスマホの録音アプリを起動して会話の録音を始めた。このアプリは以前にハナ様がしていたような音声からテキストに変換する機能がついているそうだ。
そして、画面に表示されたボタンを押すごとに区切りを指定でき、発言者ごとにタグ付けされるため、ダラダラ書かれたテキストでもある程度読みやすいと言っていた。
「動画でもいいんだけど、動画だとながら操作や後で見返すとき大変だからね」
とアプリを使う理由を言っていた。
「では、『はじめてのおにぃちゃ』のどの辺が面白かったか教えてもらいましょう」
俺はここに来るまでの間、ある程度筋道を立てて説明できるように言い方を考えていた。
「4つあります」
「4つ……」
急に真剣な顔になって説明を始める俺に二人は唾をのみ込んだ。
「1つ目はインターフェースのレスポンスの良さです」
ここで鳳さんは意外だという顔をした。
確かにエロゲを語るときに重要なのは「イラスト」「シナリオ」「Hシーン」だろう。しかし、エロゲに限らずどんなゲームも何十回、何百回、いや一万回以上インターフェースに向き合うのだ。
よくキャラクタが現れるシーンをそれっぽく見せようと、フェードイン・フェードアウトでふわふわふわと出すゲームがある。初回はいいだろう。しかし、テキストスキップ時にもそのアニメを適用してテキストスキップの速度を落としてしまうとユーザーのストレスになる。
ストレス解消するためにエロゲをする人がほとんどなので、ストレスが積み重なるのはいただけない。
「2つ目はHシーンの選択肢による分岐」
Hシーンが目的のエロゲではあまりないのだが、Hシーンの中に分岐があるというのは個人的にはヒットだった。選ぶ選択肢によって行動が異なる女の子。なんとなくだが、俺のやっていることにちゃんと反応してくれた気がしたのだ。
「3つ目はせせらぎちゃんの可愛さですね」
せせらぎちゃんはモブキャラである。名前がついているのにモブキャラ扱いされているのは、攻略キャラではないからだが、せせらぎちゃんがいることで、はじめてのおにぃちゃは完成したと言える。
「4つ目は鳳さんが作っていることですね!」
最後のセリフを言った瞬間に「死ねばいいのに、保」と紀子がつぶやいた。
ひそかに俺もそう思っているだけに何も言い返せない。
「ありがとう……」
対して鳳さんは複雑な表情だ。
以前に執事喫茶で「はじめてのおにぃちゃ」の名前を出さずとも、開発している本人の前でこき下ろしたしな……。
「じゃあ、1つ目から詳しく説明をお願いします」
気を取り直して俺は鳳さんに説明し始める。時折、理解できないところを「言い方をかえてお願い」と言われて言われた通りに言い方を変えて説明する。
不思議なことに紀子も俺の話をおとなしく聞いていた。
「保はHなことを考えてゲームをしていたわけじゃないのね」
などとうれしい方向へ勘違いしているようだ。
エロゲをするときにエッチなことを考えないわけないじゃないか。むしろエッチなことを考えたいがためにゲームに「面白さ」を求めているのだ。
買ってきた飲み物がなくなるころ、会議室の時間が来たようで俺たちは会社に戻った。
「紀子ちゃん。録音データを送るから議事録お願いします」
「わかりました」
こういう事務仕事は紀子の得意とするところなので、喜んで引き受けていった。
「宗川くんは、こっちでちょっとお勉強しようか」
何気なく言われた一言でちょっとエッチなことを考えてしまった。お勉強と言えばエッチなことだよね!
「考えていることはなんとなくわかるけど、PMOのお勉強だよ」
鳳さんの手にはすごい分厚い本があった。エロゲが全然関係ない勉強をしなければならないのかと思うと、俺は逃げたかった。




