まだ続いていたシステム開発
「保によい贈り物があるのよ?」
コンピュータ同好会に戻った俺は、いつも通りエロゲをしていた。「はじめてのおにぃちゃ」もすべてのルートを探索し終わったので、違うエロゲを物色しているところにハナ様が声をかけてきたのだ。
あられもない姿の少女がパッケージには描かれているのだが、ハナ様は気にした風もない。
「新しいエロゲ?」
「違うのよ? 監視システムの新機能なのよ?」
え? それってまだ続いていたんだ。
「画期的な機能なのよ? これなら風紀部の貧弱な予算でも維持運営できるのよ?」
確かに風紀部の役割と比べたら貧弱な予算だよなぁ。物が必要ないというのもあるのだろうが、今回のようなケースでシステムへの投資するならある程度の予算を付けてあげた方がいいような気がする。今度、我孫子に言っておいてやろう。
「それで、どんな機能なの?」
「ハナ様は映像を解析することに重きを置いていたのよ? でも、キーポイントは映像ではなかったのよ?」
「映像ではないというと音声?」
「そうなのよ? ハナ様は音声をテキストに落としてナイーブベイズフィルターにかけることを思いついたのよ? これでいつでもBLな場面をウハウハなのよ?」
最後の方に本音が出てしまっていたが、その機能がどれだけ役に立つか理解できた。ハナ様が欲しい場面を見逃さないようになるということは、風紀部から依頼されていた証拠集めも問題ないということだろう。
この前は部長が被害者(?)だったので問題なかったが、別の誰かが被害者にならないとも限らない。証拠を集めてつぶしておいた方がよいと思った。
「そのナイーブベイズフィルターってなに?」
「迷惑メールの分別にも使われているPOPFileを改造したのよ? 最初の学習は手作業でやる必要があるけど、すぐに賢くなるのよ? ひとまとまりの会話単位で学習するから、とてもはかどるのよ」
説明されてもさっぱりわからなかったが、とりあえず、風紀部に持って行ってみた方がよさそうだ。
「龍ヶ崎にデモしてもらえる?」
「了解なのよ? ハナ様の天才度合いを認識させてやるのよ?」
ハナ様は技術者特有の「すごい思い付きを人に話したくてたまらない」という状態に陥っているようだ。
風紀部の部室にくるとハナ様がシステムの使い方を一通り説明する。題材はいかにしてBL場面を見つけるかだ。
デモを見ているとすごい精度で目的の場面が見つけられる。映像を解析する技術というのはわかりやすいが、人間がわかりやすいこととコンピュータが活躍する方法は別なんだなと思った。
「す、すごいな……」
龍ヶ崎はまともな感想が出てこない。ちなみに俺も驚きでいっぱいだ。
「この学園でこんなにも破廉恥行為が行われていたのか……」
ハナ様のデモで「見える化」されたのは桜千住学園にいる隠れ男子が好きな男子だった。本当に驚くほど多い。
「生徒会にも協力をしてもらって、規制する校則を追加しよう」
龍ヶ崎の言葉を聞いてハナ様の顔色が変わる。俺はこの結果が分かっていたが、あえて黙っていたのだ。もちろん自由恋愛を否定する気はないが、物事には限度がある。俺がコンピュータ同好会の部室以外でエロゲをしないのも限度を超えないようにしているからだ。
「ハナ様、ショックなのよ。ハナ様が考えなしの行動をしたから、この学園からBLが駆逐されるよの?」
いや駆逐されるわけじゃないと思うけど。
「まあ、ハナ様はいいことをしたんだよ。BLに節度をもたらしたから、BLが変な目で見られるのを避けられたと思えばいいんじゃない?」
俺は適当な慰めの言葉をかける。
「保はやさしいのよ? でも、ハナ様はショックなのでしばらく開発はおやすみするのよ?」
肩を落としながらハナ様は風紀部の部室を出て行った。
「さて、宗川には生徒会室までつきあってもらおう」
「システムあればいらんだろう?」
「一応、システム利用料の調整もあるからな。あと風紀部から予算を出すにしても風紀部の予算を増やしてもらわなければならない。今回のシステムの有用性を説いてくれないか」
口下手な龍ヶ崎のことだから我孫子辺りに丸め込まれるのは分かっているのだろう。そこで我孫子に強い俺を連れていきたいということのようだ。そういえば我孫子はちょうど予算を作っていると言っていたので、ひっかきまわしに行ってやろう。
「わかった。つきあおう」
生徒会室には珍しく我孫子しかいなかった。紀子は地域の生徒会連合という謎の組織の会合に出ているらしい。
「我孫子、風紀部の部費を毎月二十万円上乗せしろ」
「何の話だ。予算作成中だから、適当なことを言っているとあとで殺すぞ」
おっと、我孫子にしては過激な発言が出てきた。紀子がいないからかもしれない。我孫子と紀子の二人は二人そろっていないとどちらも暴走気味になるんだな。今度から気を付けよう。
「風紀部で新しい防犯システムを作った。ついては、それに関する説明と運営費の相談に来た」
龍ヶ崎は順序だてて説明た。こういう論理的な説明なら、我孫子も聞き入れてくれるだろう。俺はいらなかったんじゃないだろうか。
「忙しいから十五分しか時間が取れない。それでいいか?」
「ああ」
龍ヶ崎は今学園で起こっていることと、対処を話した。俺が横からシステムの説明をハナ様から聞いた通りにする。システム運営費に関してはコンピュータ同好会に支払う部費の中から出すので、それに上乗せした額を増額したいと申請した。
「ふむ。学園内の自由恋愛は可能な限り認めたいが、行き過ぎると余計な反発と厳しすぎる規制を招くからな。わかった。この件は生徒会長に話しておく。予算の確定は生徒会長が戻ってからになるが、要求額通り出すようにしよう」
やっぱり我孫子は優秀だ。その上にイケメンなのでむかつく。
「ではお願いした」
結局、俺は大した仕事もなく生徒会室を後にした。ここまでスムーズに事が進んだのはたぶん紀子がいなかったからだと思う。




