JCは女子コンピュータ部の略
コンペのなんたるかを知っているものは、我々の中にはいない。なんと言っても他人と関わり合いを持ちたがらない三人の集まりである。世間一般常識とはかけ離れていた。そして、そういうことを質問できる間柄の友達もいない。
そこで、部長が提案してきたのは、コンペの準備をしているであろうJCの様子を探ることだった。JCは女子中学生の略ではない。女子コンピュータ部の略である。
JCは我々とは違い、天才プログラマーである妹川朝臣が創部した列記とした部活動である。ハナ様からプログラムを教わったらしく、ハナ様を人生の師と言って憚らないらしいのだが、五歳の頃の話らしくハナ様は全然覚えていないということだった。っていうか、ハナ様、五歳からプログラムしているとか、本当なら今頃は天才プログラマーになっていたんじゃなかろうか。
何はともあれ俺は中等部の教室に向かう。
尋ねる先は田貫の教室である。「田貫きつね」という冗談みたいな名前の女の子だが、その名前でいじめられるようなこともなく、逆にいじめにあっている子を口八丁手八丁で助けるという正義感あふれる一面も持っている。
だが、俺は見てしまった。田貫はいじめっ子を高圧的な態度で脅している場面を。よく聞こえなかったが、なんらかの弱みを握っているらしく、いじめっ子が田貫に泣きながら懇願していたのだ。それを見てから俺はなるべく近づかないようにしていたのだが、背に腹は代えられない。JCへのつながりを作ってもらうべく、会うことにしたのだ。
ちなみにハナ様からメールを送ってもらったら即落ちだった。
「あら、先輩でしたか」
「ハナ様でなくて悪かったな」
俺は気負いもなく話しかける。ちなみにハナ様を崇拝しているらしく、ハナ様よろしく黒髪ストレートのぱっつんで、ハナ様と並ぶと姉妹と勘違いするほどのおっとり美人だ。それだけに豹変した田貫は背筋が凍るような迫力がある。
「ちょっとハナ様も含めて、我々はピンチにあってな」
「存じております。なんでも部費が止まってしまったとか」
「そう、そうなんだよ。それで、中等部の女子コンピュータ部と、図書部の受付システム開発をかけたコンペをすることになってな。できればJCがコンペの準備をどうやっているか知りたいんだよ」
「そのくらいたやすいことですが、いいのですか?」
「何が?」
「わたくしが妹川さん当たりを脅して手を引かせれば簡単にけりがつきますのに」
あー、その発想はなかったー。
「それはやめておくよ」
その手を使うと、今度は俺たちがやり返される可能性がある。なんと言っても今日の我々は弱小同好会である。女子コンピュータ部と比べれば存在価値などゴミに等しい。特に常磐線がなにをするかわかったものではない。いろいろ難癖をつけて我々をつぶそうとするのは目に見えていた。
「そうですか。では、妹川さんを連れてきましょう。場所はどこがよろしいですか?」
「えーと、そうだな」
この時、適当に答えてしまった俺がバカだと思った。
放課後の屋上。そこにはすでに妹川が待っていた。妹川はなんぞ、もじもじしている。夕焼けのせいか顔が赤く見えて、変な雰囲気を醸し出している。
「せ、先輩! わ、私にはハナ様という人がいて……」
用事があって呼び出したのは俺なのに、妹川から話始める。俺は緊急事態の最中にいるからか、ちょっとしたこの異常事態に気が付いていなかった。
「どうしてもというのなら、お友達からということでどうでしょうか!」
俺としては友達でも知り合いでもなんでもいいのだが、妹川から要求があるのなら、ここは飲んでおいた方が無難だと考え、「では友達で」と答えてしまった。
「は、はい。よろしくお願いします!」
どうでもいいが、妹川はテンパりすぎである。
「そんなに緊張しないでよ。ハナ様の大事な後輩に変なことする気はないからさ」
妹川はそんなことを言う俺を少しまぶしそうに見た。
「ハナ様は先輩とすごい信頼関係があるのですね……うらやましいです」
何をどうしたら、そういう結論になるのかはさておき、ハナ様から信頼されている宗川保からのお願いということで、現在準備しているコンペの内容について答えてもらおう。
「ところで、今度のコンペだけど、準備はどう?」
「コンペですか……準備は主に姉葉さんがやってるんですけど、順調ですよ。技術的に難しくないシステムですし」
「へ、へぇ……」
中学生でもコンペ知ってるんだ。我々はどんだけ無能物の集まりなんだろうか。
しかし、ここで落ち込んでいる暇はない、コンペがどんなものか聞きださねば。
「我々、コンペってしたことがなくってさ。やり方を教えてもらえないかな……?」
必殺の下目使い!と行きたかったところだが、妹川の方が小さかったので、手を合わせて拝み倒すことにした。
「ちょ、ちょっと、やめてください。教えます! 教えますから!」
俺は下を向きながらにやりと笑った。
結果的に検索するよりも詳しい上に今回のシステムのコンペについて具体的なことを教えてもらった。
感想としては正直なめていたとしか言えない。コンペに出すものは、システムの完成予想画面はもちろんのこと、図書部の「業務フロー」が現状と導入後でどう変化し、システムがもたらす利益をわかりやすく具体的に説明する資料でなければならない。
そのうえで、相手のシステムとの優位性を確保して、最終的に選ばれる確率を上げる必要があるということだった。
コンペの開催日は今週末で、あと三日しかない。三日のうちに全部をするのは無理なので、田貫に色々手伝ってもらうことにした。田貫にしても来年はコンピュータ同好会に入ることが決定しているので、他人事ではない。
その上で、相手のシステムと比べた場合の優位性について、検討することにした。インターネット上で調べてみると図書受付システムというのは割と多数存在しており、その実現方法もさまざまだった。
先日、図書部の部長である木本さんと話したときは、ここまで考えていなかった。本当に見通しが甘かったと言わざるを得ない。
「ハナ様、こんなシステム本当に作れるの?」
「ハナ様は頑張る。ハナ様がやらないとBLがもう窘めなくなってしまうもの」
ハナ様の家は厳格な家庭らしく、同好会の部室に置いてあるBL本以外はまったくもっていないという。持っているのが見つかってしまったら、母親にすべて捨てられてしまうということだった。
「わかった。あとは優位性という面で考えたんだけど、部長は確かアプリが作れたんだよな?」
「クロスプラットフォームでコンパイルできるから、アプリでもデスクトップでもなんでも来いだよ」
「じゃあさ、アプリを使って……」
俺は思いついた案を部長とハナ様に話し始めた。