監視カメラは安心を売るか?
本日三話目です
「保はアホなの?」
別にアホではない。しかし、利口でもない。俺は中庭の端でハナ様にののしられていた。見る人が見ればうらやましい光景なのだろうが、俺は遠慮したい。
「きつねの言うことを聞く必要なんてないのよ? あの子は、保をからかって遊んでいるだけなのよ?」
田貫さんが俺をからかうためだけに、あれだけの監視カメラを設置したのだと言うのなら、俺はどれだけからかい甲斐のある人間なのか。
田貫さんは俺をからかうために仕事を用意したわけではないと思うんだよな。あの子は割と真面目な性格だし、義理堅い。それに独自の基準とは言え、一般的な価値観に照らし合わせると『正義感』を持ち合わせている。
むしろ、俺をからかっているのはハナ様の方が多い気がするな……。
「まあ、そうは言わずに田貫さんの出した要件に見合うシステムを設計してよ」
図書部の受付システムではあまり気にしていなかったが、普通はシステム開発をする前に『設計書』なるものを作るようだ。システムがどんな動作をするのかを具体的に記載した書類ということだが、種類が多すぎて俺にはよく理解できなかった。
「ハナ様じゃなくてもいいのよ? たぶん木戸さん辺りでもできるのよ」
スキル的にはそうなんだろうけど、今回は別の要件がある。ハナ様じゃなきゃだめなのだ。
「ハナ様ができないというのなら、仕方ないから鳳さん辺りに依頼するか……」
俺がため息をつきながらつぶやくとハナ様は大きく息を飲んだ。
「だ、だめなのよ? 神の手を煩わせてはダメなのよ? ハナ様がやるのよ、その仕事」
ちょろいもんである。
「じゃあ、お願いね」
ハナ様はふらふらしながら部室に戻っていく。俺は設計の資料はどんなものを作るのか見るためにハナ様の後をついていった。
自分の席に座ったハナ様は、Atomというテキストエディタを起動した。テキストエディタはみんなこだわりがあるらしく、いろんなものがある。やたらと画面がごちゃごちゃした統合開発環境というものを使う人もいれば、メモ帳みたいなテキストエディタを使う人もいる。
ハナ様が使っているAtomはちょうど中間ぐらいのエディタで、画面を三つに分割して使っていた。ひとつひとつをペインというらしいのだが、ファイル管理ソフトのようなツリー上のペイン、文字の並ぶ普通のメモ帳のようなペイン、最後に文字の内容が図になって表示されるペインになっていた。
「それ、面白いね」
エロゲのフラグやルート管理をするときに使えそうな図だった。
「Atomは偉大なのよ? plantumlでさらに便利なのよ? astah*はもういらない子なのよ? さらに言えばsublineエディタを超えるかもしれないソフトウェアなのよ?」
plantumlに、astah*やsublineが何かわからないのだが、とりあえず頷いておく。ハナ様のAtom自慢話を聞いているうちに設計資料が出来上がったようだ。出来上がった資料をハナ様は田貫さんのSlackへ送信し始める。
Slackというのは開発者の間で使うLIMEのようなソフトらしい。チャットアプリなど、LIMEと何が違うかわからないので、俺は使っていない。
「きつねからOKが返ってきたのよ? これで開発を進めるのよ?」
なんか作業が早すぎる気がするけど、田貫さんもハナ様と並ぶような頭の回転の速さを持っている。天才同士が仕事をするというのはこういうことなんだろうと思う。
「たぶん、明日には出来上がるのよ? きつねに報酬を用意しておくように伝えるのよ?」
そのSlackは誰とチャットしているんだよ!と持ったが、俺は特にすることがないため、素直に頷いた。言われた通り、LIMEで田貫さんに報酬を用意しておくように伝える。田貫さんからはすぐに了解が来た。
「報酬もばっちりだって」
「さすがきつねなのよ? 持つべきものは優秀な後輩なのよ?」
さっきまで酷評していた気がするのだが、ハナ様は鼻歌交じりにプログラミングを続けている。俺はハナ様の邪魔をしないように、ハナ様の視界に入らない位置にノートパソコンを運ぶと、エロゲを開いた。
『はじめてのおにぃちゃ』に神パッチが出たのだ。パッチは有志によるものでメーカー公式のものではない。パッチを充てると不具合が多発するという普通とは逆のパッチだった。しかし、このパッチのすごいところは、今まで一本道だったシナリオに分岐ができ、見たことのないイラストが出てくるようになるのだ。
もちろん、バグで出てくるようになるイベントシーンはあとからギャラリーで閲覧できない。それにいつバグで止まるかわからないので、セーブ枠をたくさん使う。管理がすごい大変だった。
「この神パッチは、なんか公式のスタッフが出したくさいんだよなあ」
俺がそう考えるのには訳があった。あの値段にネット上では凄い不満が流れていたのだが、神パッチが出た瞬間に店売り、通販は売り切れ。さらにオークションは十万円に届くかという値上がりをしている。
リリースが延期に次ぐ延期だったことから、開発は難航していたのだろう。しかし、製品にするにはとりあえず最後まで不具合なく動作する必要がある。
だが、それではゲームの面白さを失って魅力にかける。だから、自分の責任で遊べるヘビーユーザーに向けて神パッチを流したというシナリオだ。
掲示板界隈では似たような解釈が溢れていた「まあ、どうでもいいか。せせらぎちゃんペロペロ」
俺は難しいことは考えないことにした。面白ければなんでもいいのだ。
なぜか、天敵とも言える風紀部の部室にいた。田貫さんが出来上がったシステムの説明会をお願いしますと依頼してきたので、ノコノコと待ち合わせ場所に行ったら、案内しますと言われて来たのがここである。
「田貫! お前もか!」
裏切られた人の定番の台詞を言ってみた。
「宗川先輩がいけないのですよ」
田貫はノリノリだ。
「何を騒いでいるのだ? はやく席につけ」
風紀部の部長である龍ヶ崎三峰が二人の漫才を止める。
「風紀部なんて聞いてないぞ」
「先に知ってたら断ってたんじゃないですか?」
田貫の言うとおりである。流石、たぬき。人を騙すのはお手のものだ。くそ。
「宗川の普段の言動は耳にしているが、今は見てないことにする」
龍ヶ崎の隣に座っているツルッパゲが何かを言っている。こいつは確か、俺を目の敵にしている道山成田とかいう高等部一年だ。
先輩に対してこの言いようである。面倒なので、無視して逃げることが多かった。
「成田。おまえは、そんな態度でいいのか?」
「あ?!」
俺が反抗すると、成田は凄い睨みを効かせる。ハゲで体格もいいだけに怖い。どう考えてもこいつは風紀部に取り締まられる方だろう。
「俺に敬意を払えないようじゃ、これから聞くシステム開発の話は断ってもいいんだぞ?」
「そんなことしてみろ、二度とマウスとチンコを持てないようにしてやるぞ」
成田が俺の胸ぐらを掴んで引き寄せようとするところで、田貫が何か呟いた。すると成田は「ちっ!」と言って俺を放して大人しく席に戻る。
なに言ったんだよ、田貫。俺にも教えてくれ。
「まあ、落ち着いてくれ。これは宗川にしか頼めないことなんだ」
龍ヶ崎は俺の手をとると、顔を近づけて話始めた。
YOGA book欲しい……




