システムダウンと上妻さんの一日
図書部の受付システムが順調な滑り出しをして二週間が経過していたころだった。
「宗川部長! アプリが使えません!」
未だに慣れない部長呼びに戸惑う。
結局、俺は部長になることを選び、コンピュータ部は図書部の受付システム使用料と、女子コンピュータ部の部室使用料三万円を引き継ぐ形で発足した。
何かあると部長である俺に報告が来ることになっているのだが、システム運用の役割を担っている鷹師上妻さんが、ポニーテールを乱しながらわざわざ高等部校舎まで来て直接報告をしてくれたということは結構な緊急事態のようだ。
鷹師さんをはじめとする中等部のメンバーはスマホにsshクライアントをインストールしており、どこでもサーバーにログインして状況を確かめることができるらしい。サーバー自体はクラウドサービスを使っていて、現物が桜千住学園内にあるわけではない。
俺にはsshクライアントが何かはわからないが、手元のアプリもタイムアウトエラーが出るのでサーバーに接続できない状況であることは間違いないようだ。
「わかった。木本さんに報告してくるから、朝ちゃんの指示のもと、復旧に努めて」
技術的なことの陣頭指揮を執るのは妹川さんしかできない。ハナ様は勘を取り戻しつつあるようだが、実戦経験がまだ浅いようで陣頭指揮を執るようなリーダーシップは発揮できなかった。ちなみに中等部女子にはBLを絡めて話す方法が通じるので、コミュニケーションレベルは問題ない。というか、俺よりツーカーだ。
「了解しました」
いうが早いか鷹師さんは走っていった。すごいフットワークである。コンピュータ部って文化系の部活だと思っていたが、体力勝負な面が多々あるな。いや、体力だけではなく、精神力も求められるから、武道と並ぶようなコンピュータ道がありそうだ。
まあ、あるとしても絶対に取り入れないけどな。
俺は適当なことを考えながら三年の教室へ向かった。木本さんを呼び出すと、すぐに来てくれる。
「受付システムがダウンしました。現在、原因を調査しています。復旧時刻は現時点で未定ですが、わかり次第、LIMEへ連絡します」
「わかったわ。ありがとう。図書部のみんなに連絡して、手作業での受付に切り替えるわね」
木本さんはそういうとスマホを取り出してメッセージを送信する。
「これで大丈夫。原因調査、よろしくね」
本当によく出来た人だな、木本さん。普通、こういうわけのわからないトラブルが起こると、なんで?どうして?が先に来るものだが、冷静に対処してくれた。
認めたくはないが、斉藤がトラブルが発生したときの対処方法をマニュアル化して図書部の人たちに教え込んでいたことも大きい。
「とりあえず、部室行くか」
俺が行ってもやることはないのだが、復旧予定がわかったら木本さんに連絡する役割がある。原因がわかるまでエロゲでもやっていようと思った。
「あ、宗川部長。原因わかりました」
部室につくと早速鷹師さんが報告してくる。
「急にアプリの使用者が増えたため、ログでwebサーバーが死んだようです」
なるほど、F5攻撃みたいなものか。いや、攻撃を受けた訳じゃないんだが。
「いま、負荷分散と増強するためのwebサーバーを作っています。三十分未満で復旧予定です」
何をいっているかわからないが、アプリが必要になる時間帯には間に合いそうな感じである。アプリはなくても運用できるが、あとで手作業で貸し出した履歴をデータベースに入力する手間があるため、短い時間になったほうが図書部の人たちも負担が少ない。
「復旧したよー」
妹川さんが大きな声で復旧を告げる。まわりのメンバーもひと安心といった感じだ。
「じゃ、ブログとアプリに復旧報告流します!」
鷹師さんは自分のパソコンに座ると、あらかじめ作っていたであろう文章の日付と時刻を入力して投稿していた。運用なんて考えたことなかったけど、鷹師さんを見ていると、運用も準備が大事だなと思った。
鷹師さんと入れ替わる形で、妹川さんが俺の前に来た。
「朝ちゃん、すごいね。こんなにはやく復旧するとは」
「えへへ。でも、障害起こしちゃったので、誉めないでください」
人間はミスをするものである。朝ちゃんがいくら優秀でも三日で作ったシステムを完璧にすることはできない。
「ところで、ハナ様は?」
「ハナ様はレア物の本の委託販売が開始されるとかで、はやく帰りました」
ハナ様らしいけど、これからを考えると、ある程度は俺も覚えておく必要あるかもな。
「でも、トラブルの原因とweb増強はハナ様がリモートからやってくれたんですよ」
「え?」
そうなの? 俺、覚える必要ないかも。
「じゃあ、俺は木本さんに報告するね」
そう言いながら、スマホで木本さんへメッセージを送る。すぐに「わかったわ。お疲れ様。ありがとう」という返信がきた。
「そう言えば、次のシステム開発は決まったんですか?」
俺は木戸さんの質問に答えかねる。決まったと言えば決まった。しかし、木戸さんに開発してもらうわけにはいかない。なんと言っても機密事項の多い超重要案件なのである。
言い換えれば、やましいところ満載のシステムなので、中等部女子に手伝ってもらうのは気が引けるようなものであった。
「あー、まだなんだ。次のシステム開発が決まるまで、出来れば斉藤のゲーム開発を手伝ってやって」
「はい。いいですよ。Unityの勉強になりますし」
斉藤の作っているゲームは、イラストを書くのが部長しか居ないため、なんかプログラムが凄い贅沢になっていた。色んな機能が詰め込まれた結果、デバッグも凄い量になり、割と大変なんだそうだ。
「じゃあ、俺は木本さんに報告に言ってくるね」
報告は先ほどスマホで送ったメッセージで十分なのだが、一応顔を見て話しておいた方がいいだろう。今回のことで図書部へ与えた影響も知りたいし。
更に言えば、これから田貫さんと合う予定もある。次の開発の打ち合わせのためだが、気が載らぬ。
「いってらっしゃい」
問題を先送りにしたいな、と思いながら部室を出た。




