ずっと斉藤のターン!
「木本さん」
俺は目の前に据わる木本さんと斉藤を見た。
図書部の部室で部長やハナ様、女子コンピュータ部が作り上げた受付システムの説明をしたのだが、まだ「残課題」があるとかで納品は認められなかった。
「うーん、宗川くんの言い分もわかるんだけど、図書部として、そこは譲れないの。わかって」
木本さんが言うには、図書部としては受付システムのキャラクターはBL風イケメンではなく、猫にしてほしいということだった。さらに言えば、AR機能を付けて猫に図書の返却場所を案内させる機能を付けてほしいということだった。
俺としては断るのが当たり前の追加機能だったが、斉藤がでっちあげた「最初の打ち合わせ議事録」によって既成事実ができあがってしまっていた。
しかも、この追加機能はよく考えられていて、女子コンピュータ部の力がなくても、部長とハナ様がいれば実現可能な範囲なのだ。
「わかりました。百歩譲ってキャラクターは猫に変えましょう。しかし、図書部の担当者は斉藤から別に人に変えてください」
「え? どうして?」
俺が選んだから遠慮していたんだが、権力を悪い方向に使うやつなど面倒なだけで、一緒に開発なんかしたくない。
「斉藤はハナ様のBL本を読んでばかりで、仕事してないですからねぇ」
俺は最初の方の斉藤を話した。後半は役に立っているので秘密だ。
木本さんは俺の言葉にびっくりして斉藤を見た。
「し、仕事してましたよ。しなきゃ、こんなスムーズに使い方の説明できないでしょう?」
「そうよね」
木本さんは騙されている。斉藤は人を見て態度を変えるからな。だが、斉藤は甘い。
「木本さん、この監視カメラの映像をご覧ください」
俺は何かの役に立つであろうと思って、部長が仕掛けていた監視カメラの録画映像をスマホで再生する。
「うああああわあああああ」
すごい勢いで斉藤がスマホを奪おうと突っ込んでくるが、スマホを木本さんに手渡し、斉藤を羽交い絞めにする。斉藤も図書部女子の例に漏れず力がある方だが、ここまでがっちり羽交い絞めできていれば容易に拘束は解けない。
その間に木本さんは動画をじっくりと見る。
「斉藤さん」
見終わった木本さんの声は低かった。
暴れていた斉藤がピタッと動かなくなる。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
「コンピュータ同好会は楽しそうね。図書部にいるときよりリラックスできているみたいね」
きつい美人が繰り出す嫌味は破壊力が高い。
「あの、部長」
急にしおらしい声を出す斉藤。木本さんはうつむいている斉藤の顎を持って自分の方に向かせる。怖い。これは怖い。怒られるわけではない俺も冷たい視線を食らっていた。
「私は図書部が好きなわけではありませんでした」
緊張した雰囲気の中唐突に始まる告白。あれだけやる気のない性格なんだから、図書部が好きではないのはバレていたんではないだろうか。
「そう」
木本さんは何を言うわけでもなく、単に相槌を打つ。
「でも、コンピュータ同好会にあった本を読んだら、世界が広がったんです。それから私はコンピュータ同好会でゲーム作りをしました」
実際にしていたのは部長でお前ではないと言いたかったが、なんかシリアスな雰囲気だったのでやめた。
「そしたら、それが楽しかったんです。そのあとも図書部の受付システムの作成を手伝いました。図書部員としてですが、コンピュータ同好会での活動はとても楽しかったんです」
「別に図書部を辞めてもいいのよ」
木本さんはさらりと言う。
「でも、コンピュータ同好会は受け入れてくれないんです」
入会届出してないからな。
「コンピュータ同好会に私が入ると、宗川先輩のやることがなくなって、宗川先輩が要らない子になってしまうので、私を入れてくれないんです」
ちょっと前まで確かにそうだったが、今は姉葉がいるため、俺だけではなく斉藤も要らない子仲間である。
「宗川くん」
そこまで聞いた木本部長は俺に斉藤の拘束を解くように目で指示をする。素直に解く俺。
「斉藤さんをコンピュータ同好会に入れてあげてくれないかしら。彼女がここまでやる気になっているのって、すごいことだと思うの」
木本さんはいいひと過ぎるな。でも、斉藤を入れること自体は何の問題もない。
「決めるのは部長ですけど、入会届を出してくれれば入ること自体は大丈夫だと思いますよ」
活動費が目減りするという問題はすでにないしな。
「そう。じゃあ、斉藤さんをお願いね」
「わかりました。でも、図書部はそれでいいんですか? システムをスムーズに導入するために斉藤をコンピュータ同好会へ派遣してくれたんでしょう?」
「しばらく斉藤さんを図書部に貸してくれるかしら?」
「もちろん、OKです」
「え……」
斉藤が割と大変な仕事が自分に降りかかってきて絶句する。今までは発注者として偉そうにしていれば、コンピュータ同好会の誰かがやってくれた作業も自分でしなければならない。
さて、最初の仕事は何にしようかな。
俺は斉藤の嫌そうな顔を見ながら、顔がにやけるのを抑えることができなかった。




