お仕事を見つける保くん
「じゃあ、宗川君。お願いね」
木本林さんは、なんで急にコンピュータ同好会がシステム開発を請け負うことになったのか、一切の疑問を抱かないような人のよい部長だった。
うちの部長とは大違いだ。
図書部の部長らしくおかっぱに黒縁メガネという特徴のある顔に、ちょっと厳しい性格を思わせる口調と態度。見る人が見ればひとめぼれ間違いなしの逸材だ。
部費がなくなったという話の後、我々は役割分担を話し合った。
曲がりなりにもコンピュータ同好会。プログラミングスキルのある部長とハナ様がシステム開発をし、その他の部から使用料を徴収すればいいんじゃね?という結論に落ち着いた。
俺は全然知らなかった興味がなかったが、部長はUnity、ハナ様はlaravelというプログラム開発ツールやフレームワークを使えるということだった。
当然ながら、俺にはどちらが開発ツールでどちらがフレームワークなのかさっぱりわからん。フレームワークってなんじゃらほい?というレベルだ。
だが、人と(まともに)話せるレベルのコミュニケーション能力があるのが、俺しかおらず、仕方なしに俺が仕事探しをしていたということなのだ。
何人か知り合いに聞いたところ、図書部が受付システムを(やっと)導入しようとしているということを知った。
そこで、システム開発を提案してきたのだ。納期は来月末。あと一カ月半もあるので余裕だろう。受付システムなんて、本を誰に貸したのか登録して、返却をチェックすればいいんだから。
と、この時の俺は考えていた。
図書部のシステム開発を受けた日、珍しく俺は遅く学校を出た。もうすでに街灯もついており、空は真っ黒だった。いつもはエロゲをするために部活動などせずに帰宅しているので、こんなに遅くなったのは久しぶりだった。
「たーもーつ!」
後ろから小走りで近づきながら声をかけてきたのは、紀子だ。生徒会長をしていて、優しい人柄に、家も名家、品行方正、文武両道、おまけに華のある美人で非常に人気が高い。ちなみに苗字は清華だ。
「あい、お疲れさん」
なぜか知らないが、宗川家と清華家はつながりがあり、小さいころから紀子と仲がいい。いわゆる幼馴染というやつだ。幼馴染ではあるがエロゲのような展開にはならず、紀子は俺を真っ当な人間にしようと躍起になっている。
真っ当な人間だってエロゲをする! むしろエロゲをしない人間の方が頭がおかしい!
と思っているが、口に出したらクズの烙印を押されそうなので、心の中で叫んでみた。
「木本さんから聞いたよ。図書部の受付システムをコンピュータ同好会で作るんだって?」
「情報早いな……。まあ、部長もハナ様もプログラムできるみたいだし、これなら創立者の藤田さんの真似をしてシステム利用料で儲けられるんじゃないかって思ってな。図書部は部費も潤沢だし、月額十五万円とは言わなくても三万円ぐらいだったら払えるらしいし」
「うんうん。いいことね」
紀子は非常に満足そうに頷いた。
「保はやればできるのよ。これでお父様も……」
やればできる子というのは小さいころから何度も聞かされてきた。そりゃ、やればできるに決まっている。だが、その過程でどれだけの努力をしたのか見もしないんだから気楽に言えるよな。
「あ、あのさ。コンピュータ同好会って部長が抜けて来年には二人になるのよね? そしたらつぶれちゃわない? わ、わたしが入って」
「来年は新入生が一人入ってくる予定なんだ」
俺は不穏な雰囲気を感じ、紀子の言葉を遮った。
「え?」
私、聞いてない!という驚愕の表情になる紀子。心なしか絶望を感じる。だが、ここで紀子をコンピュータ同好会に入れるわけにはいかない。あの部活は俺の聖域だからだ。
「田貫さんっていうハナ様の後輩で、これまたBL好きの子が来るんだ」
「ま、また女の子?」
紀子はすごい不安そうになる。エロゲによくいる鈍感系主人公を気取るわけではないが、紀子の考えはよくわからん。俺のそばで俺を真っ当な人間にしようと監視したいのか、それとも俺のことが好きで俺の周りに女の子が増えることが嫌なのか、どっちなんだろうね。
「心配するな。俺の恋人はエロゲだけだから」
「それは別の意味で心配よ。エロゲが好きなのはわかるけど、ほどほどにしてね。あと、す、すこしは私と、な、仲良くしてくれてもいいと思うんだけど」
「ん? 仲いいだろ? これ以上、どう仲良くなるんだ?」
何気なしに聞いた俺の問いに、紀子は急に真っ赤になる。
「わ、わたしの口からは言えない! じゃあね、私、朝早いからもう帰るね!」
ちょうど紀子の家の前についていたらしい。紀子は玄関にすっ飛んでいった。バタンと大きな音がしてドアが閉じた。
騒がしかった空気が一瞬で静かになる。最近は暖かくなってきたといえども、まだ春に入ったばかり。少し肌寒い。
「俺も帰るとするか」
今までの保留分も含めればシステム納品まで部室使用料は持ちそうだし、とりあえず、部室の確保だけはなんとかなりそうだ。
翌朝、登校すると教室で常磐線が待っていた。何を言っているかわからねぇと思うが、俺もわからねぇ。
「宗川。待っていた」
無駄にイケメンなのがむかつく。教室にいる女子が常磐線に熱い視線を向けているのがわかる。一部のハナ様は違う意味で熱い視線を向けている。俺と常磐線をそういう目で見るのはやめていただきたい。
「おまえ、図書部を騙しているそうだが、残念だったな。そんなことは、僕が許さない!」
こいつ、公衆の面前で何を言ってくれてるんだ? 図書部を騙しただと?
「月額三万円なんて高額のシステムが図書部に必要なわけないと!中等部の女子コンピュータ部の面々が言っていたぞ」
ぐっ……俺もそんな気がしてたんだ。月額三万円と言えば、六十回払いで百八十万円。単純なシステムにそんなに要らないと思っていたんだ。
「まあ、僕も鬼じゃない。チャンスを上げよう。中等部の女子コンピュータ部と図書部受付システムをコンペで競ってもらう」
コ、コンペだと?
「なあ、コンペってなに?」
自慢じゃないがコンパなら聞いたことがあるが、コンペが何かしらない。
「要はこれから作るシステムをプレゼンして、図書部にどちらか一方を選んでもらうってことだ」
「え?」
「中等部の女子コンピュータ部はお前たちとは違って真面目に活動しているからな。今回の受付システムも素晴らしいものを作ってくれるだろうよ」
絶望的になる俺を見て笑いながら常磐線は教室を出ていった。