ノラネコとホイッスルの妖精
ノラネコとホイッスルの妖精
あるところに、一匹のノラネコがいました。
ノラネコは、たくさんのネコのなかまといっしょに、毎日気ままな生活をおくっていました。
「あーあ、たいくつだニャア……なにかスリルのあることでもないかニャ? 」
ノラネコはそんなことをかんがえながらあるいていました。すると……
「あれ? なんニャ、アレは? 」
そこには、人間の女の子に、今にも襲いかかろうとしている、大きなイヌがいました。女の子おびえてブルブルふるえています。
「ヤバイニャ! 」
ノラネコはいきおいよくダッシュしてイヌに強烈なタックル! とつぜんのできごとにビックリしたイヌはそのまま遠くに逃げさっていきました。
「ありがとう! ネコちゃん! 」
女の子はノラネコを抱きしめてお礼を言いました。
「かっ……カワイイ……」
ノラネコは女の子のコトを好きになってしまいました。
「この気持ち、あの子につたえたいニャ」
そんなノラネコのまえに、とつぜん小さなホイッスルが空から落っこちてきました。
「ニャっ……ニャにごと? 」
ノラネコはおどろいたものの、そのホイッスルが気になってしかたがなく、「ピュー! 」とひといき。ホイッスルを鳴らしてみました。そしたらどうでしょう!
「なうなうなうなう! ワシをよびだしたのはだれじゃ? 」
ホイッスルのなかから、ヒゲを生やした妖精があらわれたじゃありませんか!
「だれニャ? ビックリしたニャ! 」
「ワシはホイッスルの妖精じゃ。ワシを呼び出したおまえに、2つだけねがいごとを叶えてしんぜよう」
「2つ? なんだかこういうのって、1つか3つなのが普通だニャ」
「文句があるならワシは帰るぞ」
「待つニャ! ちょっと待つニャ! 」
ノラネコは必死に妖精をよび止めて、どんなねがいごとを頼むか考えました。
「よし! きめたニャ! まずは、ぼくを人間にしてほしいニャ! 」
「人間? わかった! お安いごよう! なうなうなうなうな~う! 」
妖精は呪文をとなえるとノラネコを人間にかえました。
「やった! ありがとう! 」
人間になったノラネコはよろこびました。
「満足か? では2つめのねがいはなんだ? 」
「それは、ちょっと待って」
「どうしてだ? 」
「ぼくが、もう一度ネコに戻りたくなったときに使いたいんだ。それまでホイッスルの中で待っててもらってもいいかな? 」
「そうか、なかなか計算高いネコだな。よかろう。もういちどワシを呼びたい時は、またホイッスルをふくがよい!」
そう言うと妖精はホイッスルの中に吸いこまれるように消えていきました。
「よし! これであの女の子に、ぼくの気持ちをつたえることができるニャ…………じゃなくて、できるぞ! 」
ウキウキしながら人間になったノラネコは女の子に会いに行きます。
「待っててくれよ! 」
でも……なんということでしょう。ノラネコが女の子の元へたずねたころ、悲しいことに女の子は大きな病気にかかってしまっていたのです。
ベッドでずっと眠っている女の子は、もう二度と目を覚ますことはない。とお医者さんは言いました。
「そんなコトって……そうだ! 」
ノラネコはホイッスルをもう一度ふいて妖精を呼び出します。
「なうなうなうなう! どうした? 」
「2つめの願いだ! この女の子の病気を治してほしい! 」
「お安い御用だが、いいのか? 二度とネコには戻れなくなるぞ? 」
「それは……」
「それに、この女の子が目を覚ましても、お前のことを好きになるかどうかは分からないんだぞ」
妖精の忠告にノラネコは悩みました。女の子を治したら二度とネコとして気ままな生活をおくることができなくなるのです。
「さあ、どうするんだ? 」
ノラネコは悩みに悩んで答えをだしました。
「決めた! ぼくの
■ ■ ■ ■ ■
「あれ? 」
私は思わず声を漏らしてしまった。
嘘でしょ? ネコが悩みに悩んで結論を出そうとしていた、クライマックスの"良い場面"だったのに……
この絵本……「ノラネコとホイッスルの妖精」はそのストーリーの結末部分があろうことか……
ごっそりと破かれてしまっていたのだ……
「ねえ、ちょっと。この本、これじゃオチが分からないじゃない……何なのコレ、とんだ生殺しじゃないの」
私はこの絵本を持ってきた"張本人"にクレームを入れる。
「え? ウッソ? やっべ、気が付かなかったわ……まさか図書館にそんな欠損品が置いてあるとは思わなかったわ。めんごめんご」
私の傍らで、別の絵本に読みふけっている友人は、目で字を追いながら気持ちのこもっていない謝罪でこの場をやり過ごそうとしている。こっちくらい向けって!
「こうしてアンタが絵本を持ってきてくれるのはありがたいんだけど……あそこの図書館そういうチェックが甘いんだよねぇ……」
絵本作家を目指している私は、こうしてしょっちゅう"コイツ"が持ってきてくれる絵本を一緒に読みつつ「あーだ」「こーだ」と言い合うことが日課になっている。
私が一人で話を考えていたり絵を描いている時も、容赦なく押しかけてくるコイツ。ほとんど毎日……ハッキリ言って親の顔よりもコイツを見る回数の方が多い……ホントに迷惑なヤツだ。
「……はぁ……プリン食べてて底のカラメル部分までたどり着く前にお預けくらった気分……」
「プリンのカラメルって、上にあるんじゃないの? 」
「アンタ、男のクセにちゃんと皿に移して食べてるのね……プリン」
「それは男女関係ないでしょって」
と、そんな他愛もない会話をしつつ、私はちょっとコイツに、豊か創造力が要求される、知的な質問を投げかけようと思った。"気の利いた"コイツの頭を、ちょっと試してやる。
「ねぇ、アンタはこの絵本、読んだワケ? 」
「お前がさっきまで音読してたから、内容は分かるよ」
コイツ、別の絵本を読みながら、私の声もちゃっかり聴いてたのか……なかなか器用なヤツ……
「それじゃ~さ、この絵本のノラネコちゃん、けっきょく妖精に何をお願いしたと思う? 」
「え? 」
多分、凡庸というか、よくある話のパターンで言えば、ノラネコは最後の願いで女の子の病気を治して「ぼくはあの女の子の幸せな姿見られるなら……それで満足さ……」的な自己犠牲的グレーなハッピーエンドで終わるんだろうけど……さぁ、アンタならどんな話を思いつく?
「う~ん……」
「何か思いつかない? 」
「一つ思いつくけどさ……まずはお前の考えた話を聞きたいな」
「えぇっ!? 」
「作家目指してるんでしょ? お手本を聞かせて欲しいな」
「うっ……」
そう来たか……くそう……私が作家志望だというコトを知ってるからこそのカウンターか! ここで何か答えなきゃ、その志が疑われてしまうって流れか! このヤロー! 策士め!
「わ、わかったって……え~とね……」
「うんうん」
「こ……この話にはね、盲点があるの」
「もうてん? 」
「そう。このホイッスル……話を読み返すと"願い事は2つだけ"以外は何にも制約が書かれていないの! 」
「ほうほう」
「つまりね……話の流れから勘違いしがちだけど、このホイッスル……ノラネコちゃん以外でも、吹けば妖精が現れるってことね」
「はぁ」
「だからね、答えは簡単! 人間になったノラネコちゃんは女の子にホイッスルを吹かせたってワケ! それで病気を治しちゃったってこと。ノラネコちゃんと女の子はお互いに願い事を一つ残したままハッピーになれるってことよ! この本はね、どんな時も自分本位で考えずにね、もっと広~い視野で状況を見渡しなさい。って教訓話なの! そういう絵本なの! 」
「ふ~ん……」
勢いで考えたので、色々と自分自身でも疑問符が沸き上がる答えだったけど……まぁそれなりの答えは提示できたハズだ……と思う。
「それじゃ、アンタの答えを聞かせてもらおうじゃないの」
「そうだなぁ……」
頭をポリポリと掻きながら、コイツは急に私の方へ顔を向けてきた。いきなり何なの? ビックリするじゃない。
「オレだったらね……」
「アンタだったら……? 」
「妖精に"女の子の病気を治せる医者にしてくれ"って頼むかな」
「え……」
「そうすればさ……女の子の病気も治るし、ノラネコもその子と関われるしさ……上手くいけば……先生……私の病気を治してくれてありがとう! ステキ! なんて展開になりそうじゃん」
「まぁ……」
「ね、一石二鳥でしょ? 」
「そうだね……まぁアンタはそういうヤツだよ」
私がそう言うと、コイツは妙にニヤケた顔を作り「あ、もうこんな時間じゃん、帰らなきゃ! じゃあね~! 」と、颯爽と部屋から出て行ってしまった。
私は今日も、いつもありがとう……って言いそびれてしまった。
アイツが出て行って、部屋の中は冷めたココアみたいに味気無く、寂し気な表情に変わってしまった。近くの小学校から子供の騒ぐ声が耳に入り込む。
ふと、窓の方へと視線を向けると、遠くの景色の中に見える街路樹の葉っぱが、つい最近まで青々としていたと思っていたのに、茶色いカラメル色になっていたコトに気が付く。
もう"ここ"に来て、そんなに経つんだなぁ……
私は、今日も明日も……多分来月も……この代わり映えしない殺風景な病室で、多くの時間を過ごすのだろう……
しつこく訪れる"アイツ"が、この部屋に色彩を帯びさせてくれる僅かな時間を楽しみにしながら……
ホイッスルの妖精さん……もしもアンタが本当にいるのなら、まずはアイツの不器用でおせっかいな性格を治してくれないかい?
私の病気は、その後でいいからさ。