第7話 落ちこぼれに迫る危機
突如吹いた一陣の風がザックたちをなぎ倒す。
「えっ……?」
何が起きたのか理解できなかったセイヤは、今にも途切れそうな意識を何とかとどめ、風の吹いてきた方向に目を向ける。
「ジンくん!?」
そこにいたのは手を前にかざしたままの体勢の短い銀髪の少年。風属性中級魔法である『風牙』を放ち、ザックたち三人を木に打ち付けたのはジン=ハイント。上級魔法師一族ハイント家の魔法師だ
ジンの使った魔法は風属性中級魔法『風牙』。これは風属性初級魔法である『風刃』を同時に複数放ち、刃で牙を作るといった魔法である。
『風刃』を同時に撃つ際、少しでもタイミングにズレが生じとお互いにぶつかり合い威力がなくなってしまう。そのため『風牙』はかなりの技術を必要とする魔法である。
「てめぇ……」
木に打ち付けられたザックが、立ち上がりジンのほうを睨む。一方、ホアとシュラの二人は木に打ち付けられた衝撃で意識を飛ばされ、リタイヤした。
「ジン。どういうつもりだぁ? 人の獲物を横取りするとは」
「別に、ただ目の前に三人いたから倒しに来ただけ」
ザックの問いに対し、ぶっきらぼうに答えるジン。その態度がザックのことをさらに苛立たせる。
「てめぇ! ふざけんなよ」
「ふざけてない」
ジンの行動は普通であり、ザックが文句を言える筋合いはない。ましてや相手はザックよりも上の上級魔法師一族。
もしジンがザックのように気性の荒い少年だったならば、制裁があってもおかしくはない。だがそんなことにも気づけないほど、ザックは興奮していた。
「チッ。ふざけやがって」
「ふざけてない」
ジンの態度が、ますますザックを苛立たせる。今にもジンに飛び掛かかかりそうな様子のザックだが、どうあがいたって実力が違っていた。
そのことを本能的に理解していたザックはただ吠えるだけだ。
「その言動がふざけ……あぁ?」
再び文句を言おうとしたザックだったが、その時ザックの胸を何かが背後から貫く。
「なんだこれ……」
ゆっくりと視線を下ろし、自分の胸を見たザックは自分の胸を貫く光を見つける。
「まさか……」
ザックは振り返り、その光を辿っていく。するとそこにはうつぶせに倒れながらも、顔と右腕だけをこちらに向けているセイヤの姿があった。
「アンノーン……てめぇ……」
セイヤのことを、憎しみを含んだ目で睨みつけるザックだが、次の瞬間には光の塵となってリタイヤする。
(やった……)
ザックのことを自分の手でリタイヤさせたセイヤは心の中で喜ぶ。
最初こそ反撃する気はなかったセイヤだったが、ジンの登場によってザックに最大の隙が生まれた。
そこからはただ無心に後先考えずザックに向かって光属性初級魔法である『光延』をホリンズに行使した。
『光延』はセイヤが四時間目に練習した魔法だ。あの時は枝を折ってしまったりしていたが、今は不意打ち。剣の耐久度などは関係ない。
ただザックに届くぐらいの長ささえあればいい。
セイヤはそうして魔法を行使して、初めてザックのことをリタイヤさせた。まさかアンノーンである自分を助けてくれるクラスメイトなどいないと思っていたセイヤは、ジンに礼を言う。
「えっと……ジン君助けてくれてありがとう」
「助けてない」
「えっ?」
衝撃の答えが返ってきてセイヤは戸惑う。
「でもさっき三人を倒すって……」
「それはお前が倒れていて見えなかったから。そしてお前も倒す」
「えっ?」
次の瞬間、セイヤの意識はぷつんと切れた。
セイヤが目を覚ますと、目の前に広がるのは見慣れた天井。天井を見ただけでセイヤはすぐに自分が保健室に寝かされているのだと理解する。
大方リタイヤ後に目を覚まさないセイヤをラミアが保健室に運んだのだろう。
「うっ……」
倦怠感を感じながら、体を起こすセイヤ。そして起き上がると、ふと自分の右手を見る。
(僕、とんでもないことをしたんだな……)
右手に残る感触。それはザックを始めて見返した証拠でもあった。
セイヤのやったことは今までの自分だったら後悔したくなるが、不思議とこの時だけは後悔などなかった。
だがそれも束の間のことだった。
「よぉ、アンノーン。気分はどうだ?」
「!?」
そこでセイヤは初めて気づく。自分の隣に誰かいたことを。セイヤはその人物の顔を見ずに誰かを察する。
「感謝しろよ」
「倒れていたアンノーンを運んできてあげたんだからな~」
セイヤを運んできたのはどうやら彼ららしい。といっても、善意など皆無だろうが。
「わかっているよなぁ、アンノーン?」
「ザック君……」
ザックは問答無用でセイヤの胸ぐらをつかむと、そのまま保健室から引き釣り出す。
セイヤが連れてこられた場所学校の敷地外にある路地裏。そこは人通りも少なく、なかなか人目につかない場所だ。ましてや今は授業時間内。学園の職員も当分はこの路地裏には来ないだろう。
そんな路地裏で、セイヤに対する制裁という名の暴行が始まった。
「おらっ! アンノーンさっきはよくも俺を刺してくれたなぁ」
「アンノーンの分際で中級になろうなんて生意気なんだよ」
「あれ~どうしたの、アンノーン? なんか言ってみたら~?」
「ゲホッゲホッ……」
体中を蹴られ、踏まれ、傷を負うセイヤ。
ここには訓練所のような結界はなく、当然ながら肉体に傷が残る。
セイヤの呼吸が苦痛によって乱れる。
「ハァハァ……」
「おいアンノーン。まだまだ終わらないぞぉ? 調子に乗ったんだからちゃんと責任取れよ。おらぁ! お前みたいな雑魚が中級魔法師一族になろうなっておこがましいんだよ」
「そうだ! 学園長に媚びを売りやがって!」
「そうだぞ~。お前みたいな最弱は一生初級の底辺にいればいいんだ~」
「ウッ……」
三人は誤解したまま暴行を加えるが、すでにセイヤの中に誤解を解くという選択肢はない。たとえ真実を話したところで、三人が信じるわけもない。
逆に反抗ととらえられて、さらに暴行を受けてしまう可能性だってある。それならこのままおとなしく暴行が終わるのを待てばいい。
激痛の中でセイヤはぼーっと考えていた。
「このクズ魔法師が!」
「悔しかったら正々堂々と戦いやがれ」
「そうだ~そうだ~」
いったいどれだけ蹴られただろうか。
セイヤは考えようとしたが、脳がそれ以上考えることをやめている次第に意識が遠くなっていく。セイヤの顔には切り傷や痣がたくさんできていた。
(まだ終わらないのか……)
セイヤは制裁の時間をいつも以上に長く感じた。いつもは訓練のため、肉体にダメージは来ないが、今は違う。蹴られた分だけ体には傷が残り、負担がどんどんのしかかる。
加えていつも以上に長い制裁がさらにセイヤの心に負担を与える。
精神と肉体への同時の負担は、想像以上だった。
(痛い……痛いよ……誰か……誰か助けて……)
急に目頭が熱くなり始めるセイヤ。それは自分の心の奥底に眠る弱いセイヤだ。セイヤは朦朧とする意識の中で必死に祈る。
(誰でもいいから……助けて)
セイヤがそう思った直後、涙目になりながら揺れる視界に人影を捉えた。
(あれは……)
この惨状を見つけた街の人が止めに来たのだろうか? そう期待したセイヤだったがすぐに違うと確信する。そして同時に、とてつもない悪寒がセイヤのことを襲った。
複数の男たちが路地裏へと入って来るが、その雰囲気は平和とはいいがたく、彼らの手には拳銃型の何かが握られている。
魔法のあるこの世界で拳銃は存在するが、今日では魔法に劣るため流通していない。使うとしても非魔法師で構成される犯罪組織ぐらいだろう。
それに拳銃と言っても一発一発の間の間隔が非常に長く、使い勝手も悪い。魔法師相手に拳銃を使うのは無謀だ。
しかしザックたちはセイヤに暴行を加えることに集中しており、背後の存在に気づいていない。
セイヤは後ろから危険が迫っていると伝えようとするが、激痛で言葉が出ない。
「うっ……うし……」
「ああん? 聞こえないなぁ」
「うぅっ」
どうにかしてザックたちに背後の脅威を伝えようとするが、ザックたちはセイヤの言葉に耳を傾けるわけがない。
胸が圧迫され、呼吸ができないセイヤ。その視線の先にはザックたちに向けて拳銃を構える男たち。
パスッパスッパスッ
拳銃から撃ち出された弾がザックたちに被弾すると、彼らは一瞬して意識を失う。おそらく強力な麻酔銃だろうとセイヤは思った。
「捕獲完了だ」
「よし馬車に乗せろ。研究室まで運ぶぞ」
「ああ」
その手際の良さを見て、セイヤはすぐに魔法師を狙った人攫いだと理解する。
だが傷を負った体では何もできない。
(何か手掛かりを残せば聖教会が……)
パスッ
何かしらの手がかりを残そうとしたセイヤだったが、麻酔銃によって気を失うのであった。